メッセージ - 不当な者から理不尽なそしりを受けた時の対処法(詩篇69篇)

不当な者から理不尽なそしりを受けた時の対処法(詩篇69篇)

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pastor 2020-7-27 8:16

 詩篇 講解説教

不当な者から理不尽なそしりを受けた時の対処法(詩篇69篇)

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詩篇69篇表題『聖歌隊の指揮者によってゆりの花のしらべにあわせてうたわせたダビデの歌』
・詩篇69篇は、ダビデが彼の信仰と主への忠実さゆえに人から苦しみや迫害を受けた事を主に訴えたものであるが、これはイエス様が通られた道であり、私達信仰者も必ず通る道である。
・だからこの詩は、新約において何度か引用されており、それも特に、イエス様の十字架の場面でよく引用されている。
 
・まずはダビデの窮状の訴えから始まる。
69:1 神よ、わたしをお救いください。大水が流れ来て、わたしの首にまで達しました。
69:2 わたしは足がかりもない深い泥の中に沈みました。わたしは深い水に陥り、大水がわたしの上を流れ過ぎました。
69:3 わたしは叫びによって疲れ、わたしののどはかわき、わたしの目は神を待ちわびて衰えました。
69:4 ゆえなく、わたしを憎む者は/わたしの頭の毛よりも多く、偽ってわたしの敵となり、わたしを滅ぼそうとする者は強いのです。わたしは盗まなかった物をも/償わなければならないのですか。
・4節はヨハネ15:25でイエス様が引用している。キリスト者も、そして私達の主イエス様も、神の敵から、ゆえなく憎まれる事は定まっている。
 
・ダビデは、何も悪い事はしておらず、ただ、神に仕えている、というだけで、そしりを受けている。そんなダビデによる、信仰者のためにとりなす、とりなしの祈りである。
・その内容は、人々が、迫害されているダビデを見て、ああ、自分も神に仕えるなら、ダビデのようになってしまうのか、と恐れて、彼らが信仰から離れてしまわないように、という祈りである。
69:5 神よ、あなたはわたしの愚かなことを/知っておられます。わたしのもろもろのとがは/あなたに隠れることはありません。
69:6 万軍の神、主よ、あなたを待ち望む者が/わたしの事によって、はずかしめられることのないようにしてください。イスラエルの神よ、あなたを求める者が/わたしの事によって、恥を負わせられることのないようにしてください。
69:7 わたしはあなたのためにそしりを負い、恥がわたしの顔をおおったのです。
 
69:8 わたしはわが兄弟には、知らぬ者となり、わが母の子らには、のけ者となりました。
・イエス様はまさに、肉親の兄弟からも理解されず、またイスラエルの同胞からも、のけものにされた。
69:9 あなたの家を思う熱心がわたしを食いつくし、あなたをそしる者のそしりが/わたしに及んだからです。
・ここはヨハネ2:17で引用されている。主を思う熱心のあまり、直情的な行動をして、それが人々からの攻撃材料になってしまう。その行動が、たとえイエス様のように正当であったにしても、あるいは、愚かさや浅はかさの故だったにしても。
・ダビデは5節で、自分の愚かしさを告白している。しかしそれが、義人達の攻撃材料にならないように、と、とりなし祈っている。
 
・10-12節では、ダビデが、迫害する者達から具体的にどんな行為を受けているのかを挙げている。
69:10 わたしが断食をもってわたしの魂を悩ませば、かえってそれによってそしりをうけました。
69:11 わたしが荒布を衣とすれば、かえって彼らのことわざとなりました。
69:12 わたしは門に座する者の話題となり、酔いどれの歌となりました。
・ダビデは主のためにあるいは誰かをとりなすために断食したり、粗布をまとっても、それがそのまま、ダビデをばかにする材料となり、酔いどれの歌のネタにされている。
 
・そこで、救いを求める祈りを主に祈る。それが13-18節。
 
69:13 しかし主よ、わたしはあなたに祈ります。神よ、恵みの時に、あなたのいつくしみの豊かなるにより、わたしにお答えください。
69:14 あなたのまことの救により、わたしを泥の中に沈まぬよう助け出してください。わたしを憎む者から、また深い水からわたしを助け出してください。
69:15 大水がわたしの上を流れ過ぎることなく、淵がわたしをのむことなく、穴がその口をわたしの上に閉じることのないように/してください。
69:16 主よ、あなたのいつくしみの深きにより、わたしにお答えください。あなたのあわれみの豊かなるにより、わたしを顧みてください。
69:17 あなたの顔をしもべに隠さないでください。わたしは悩んでいるのです。すみやかにわたしにお答えください。
69:18 わたしに近く寄って、わたしをあがない、わが敵のゆえにわたしをお救いください。
 
・以上、いわば防戦の、受け身の祈りだったが、19節以降は、攻撃の、賛美の、積極的な祈りに転換する。
 
69:19 あなたはわたしの受けるそしりと、恥と、はずかしめとを知っておられます。わたしのあだは皆あなたの前にあります。
・義人に対する迫害も、主を敬うゆえにばかにされた全ての事も、全ては、主の目の前で行われていた。主は見ておられた。その事を宣言する。
69:20 そしりがわたしの心を砕いたので、わたしは望みを失いました。わたしは同情する者を求めたけれども、ひとりもなく、慰める者を求めたけれども、ひとりも見ませんでした。
69:21 彼らはわたしの食物に毒を入れ、わたしのかわいた時に酢を飲ませました。
・イエス様が十字架上で、誰からもかえりみられず、酸いぶどう酒を差し出された。その事は、4福音書に記されている。
 
・22-28節は、敵に対する徹底的な呪いの祈りである。これは詩篇109篇に通じる。
69:22 彼らの前の食卓を網とし、彼らが犠牲をささげる祭を、わなとしてください。
69:23 彼らの目を暗くして見えなくし、彼らの腰を常に震わせ、
69:24 あなたの憤りを彼らの上にそそぎ、あなたの激しい怒りを彼らに追いつかせてください。
69:25 彼らの宿営を荒し、ひとりもその天幕に住まわせないでください。
69:26 彼らはあなたが撃たれた者を迫害し、あなたが傷つけられた者をさらに苦しめるからです。
69:27 彼らに、罰に罰を加え、あなたの赦免にあずからせないでください。
69:28 彼らをいのちの書から消し去って、義人のうちに記録されることのないようにしてください。
・こんな祈りをしても良いのか?!と思うかもしれない。しかし主は、私達の心を全てご存知である。「あ、こんな事を祈ったら主は喜ばれないかもしれない、だから、これは祈らないでおこう」という、心の一言一句さえも。
・だから、怒り悲しみ苦しみ嘆き、全て、主に吐き出すべきなのだ。ちょうど幼子が親に何もかも正直に感情をぶつけるように。
・もし、心に抱えているそれらを、主にではなく、人にぶちまけるなら単なる愚痴となって人を汚してしまい、また主にも人にもぶちまけず、一人抱えてしまうなら、精神を病んでしまう。
・しかし、主に吐き出すなら、それは訴えの祈りとなって、主に立ち上り、問題は主に移ったという事で、心に平安が来る。
 
・29-33節では、主に全てを打ち明けた事で心に平安が来たダビデの、救われる事への確信が表明されている。
69:29 しかしわたしは悩み苦しんでいます。神よ、あなたの救が/わたしを高い所に置かれますように。
・28節以前、主へ訴えをしていた時は、鬱憤に満ちた濁った感情があったが、全てを主にぶちまけた後、心がすっきりしている。
69:30 わたしは歌をもって神の名をほめたたえ、感謝をもって神をあがめます。
69:31 これは雄牛または角とひずめのある雄牛にまさって/主を喜ばせるでしょう。
・彼は主に、クリアな心で、賛美と感謝を捧げている。濁った心のままで賛美を無理矢理捧げるよりも、主に全てをぶちまけたほうが良い。
 
69:32 へりくだる者は、これを見て喜べ。神を求める者よ、あなたがたの心を生きかえらせよ。
69:33 主は乏しい者に聞き、その捕われ人をかろしめられないからである。
・5-7節では、そしりを受けているダビデを見た人達が試みに遭わないよう、とりなし祈っていたが、ここでは既に確信を得ている。
・それで彼は、へりくだる者、神を求める者には、主はちゃんと報いて下さるから、喜ぶように、心を生き返らせるようにと勧めている。
 
・34節以降、最後までは、確信に満ちた賛美で閉じている。
69:34 天と地は主をほめたたえ、海とその中に動くあらゆるものは主をほめたたえよ。
69:35 神はシオンを救い、ユダの町々を建て直されるからである。そのしもべらはそこに住んでこれを所有し、
69:36 そのしもべらの子孫はこれを継ぎ、み名を愛する者はその中に住むであろう。
・主は、主を敬う人をどうしてくださるか。動詞に着目すると、主は救い、建て直し、住み、所有し、受け継ぎ、住めるという報いが与えられる。その事をダビデは、確信をもって宣言し、主をほめたたえている。
 
・結局、人から受ける理不尽の悩みの時、主に全てを訴えるのである。そうするなら主は平安と確信を与え、そして実際に、主の救いが来るからだ。
・ダビデも、イエス様も、不当な苦しみを受けたが、最終的には父なる神に全てを打ち明ける事によって、勝利した。私達すべての信仰者も、それにならうべきである。
・この詩篇69篇の結論的な内容が、1ペテロ2:19-21に記されている。
 
1ペテロ2:19 もしだれかが、不当な苦しみを受けても、神を仰いでその苦痛を耐え忍ぶなら、それはよみせられることである。
2:20 悪いことをして打ちたたかれ、それを忍んだとしても、なんの手柄になるのか。しかし善を行って苦しみを受け、しかもそれを耐え忍んでいるとすれば、これこそ神によみせられることである。
2:21 あなたがたは、実に、そうするようにと召されたのである。キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、御足の跡を踏み従うようにと、模範を残されたのである。

 

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