メッセージ - キリストにあって圧倒的な勝利者である私達(ローマ8:28-39) 早天祈祷会 2026年3月25日(Wed)
キリストにあって圧倒的な勝利者である私達(ローマ8:28-39) 早天祈祷会 2026年3月25日(Wed)
- カテゴリ :
- 礼拝メッセージ説教音声配信 » 定期祈祷会メッセージ
- 執筆 :
- pastor 2026-3-25 6:20
キリストにあって圧倒的な勝利者である私達(ローマ8:28-39) 早天祈祷会 2026年3月25日(Wed)
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【概要】
神様は私たちを深く愛し、御子イエス・キリストを惜しみなく与えてくださいました。いかなる困難や被造物も、キリストにある神の愛から私たちを引き離すことはできず、私たちは主にあって圧倒的な勝利者となることができます。
【聖書箇所】
ローマ8:28-39
創世記15:1
【***詳細***】
本日は、ローマ8:31-39の聖書箇所から神様の恵みを受け取っていきます。はじめに、皆さんと共にローマ8:31-32の言葉を確認します。「では、これらのことからどう言えるでしょう。神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。」
愛するイエス様が、いつも私たちと共にいてくださり、私たちをじっと見つめ、愛し、そして常に私たちのために祈り、とりなしてくださっていることを心から感謝します。私たちは今、神様の御前に出て、御言葉をいただくためにここにいます。神様が直接語りかけてくださり、私たちがしもべとしてしっかりと耳を傾けることができるように、そしてその言葉が私たちの耳から心へ、そして体全体へと豊かに蓄えられていくようにと祈ります。
皆さんは、イエス様を自分自身の主として受け入れているでしょうか。もしそうであるならば、この地上に存在するいかなるものも、皆さんをイエス様から引き離すことはできません。神様の愛と導きから離れてしまうことは決してないのです。
ローマ8:28には、「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」とあります。神様は、私たちの人生に起こるすべての出来事を、まるでひっくり返すようにして「益」へと変えてくださいます。たとえ皆さんの過去やこれまでの人生が真っ黒に思えたとしても、イエス・キリストという存在が皆さんの心の中に投げ込まれるなら、すべては雪のように真っ白になります。
オセロゲームを想像してみてください。盤面がすべて真っ黒な石で埋め尽くされていたとしても、キリストという白い石が隅にしっかりと置かれるなら、オセロのルール以上に強力なイエス様の力によって、盤面は次々と白く塗り替えられていきます。皆さんがイエス様を信じ、キリストが皆さんの内におられるなら、過去のどんな暗闇や罪も、キリストによってすべて白く変えられるのです。神様は、世界の初めに暗闇があった時、「光、あれ」と宣言され、その光を見て「良し」と言われたお方です。神様の御心は、皆さんの人生が黒や闇のままであることではなく、白く光り輝くことです。
その神様が皆さんを愛し、ご自身の御子であるイエス様をさえ惜しむことなく、私たちのために十字架の死へと渡してくださいました。このキリストの愛が皆さんの心の中に満ちあふれ、とどまり続けているならば、その愛から皆さんを引き離すことができるものは何一つありません。もちろん、皆さん自身がその愛を拒絶してしまうなら話は別です。しかし、皆さんがしっかりとキリストにつながっている限り、キリスト・イエスにある神の愛から引き離されることは絶対にないのです。
神様は、あらかじめご自身の計画に従って人々を召し出してくださいました。ローマ8:29-30にはこのように書かれています。「なぜなら、神は、あらかじめ知っておられる人々を、御子のかたちと同じ姿にあらかじめ定められたからです。それは、御子が多くの兄弟たちの中で長子となられるためです。神はあらかじめ定めた人々をさらに召し、召した人々をさらに義と認め、義と認めた人々にはさらに栄光をお与えになりました。」
神様は、あらかじめ皆さんを知り、あらかじめ皆さんをご自分の子どもとなるように、そして雪のように白く清らかな存在となるように定めておられました。それは、御子であるイエス様が、多くの兄弟姉妹たちの中で長男のような存在となるためです。ですから、皆さんはキリストの弟や妹であり、私たちは皆、主にある兄弟姉妹なのです。
神様はあらかじめ定めた人々を召し、義と認め、さらに栄光をお与えになりました。これらはすべて、過去にすでに完了していることであり、決して変わることのない真理です。神様の側ではもうすでに確定しているのです。皆さんがこの約束の言葉を信じ、しっかりと握って手放さないでいる限り、この恵みは皆さんの人生において有効であり続けます。
しかし、神様は私たちに自由な意志を与えておられます。そのため、神様を掴み続ける自由もあれば、手放してしまう自由もあります。もし皆さん自身が「そんなことはない」「自分はダメだ」とこの真理を手放してしまうなら、それは皆さんが宣言した通りの結果になってしまいます。皆さんは、決して神様を手放してはいけません。神様によって召され、義とされ、神の子どもとされたという事実を、しっかりと信じ続けてください。
神様は、私たちが時として弱くなる存在であることをよくご存知です。だからこそ、今日の御言葉が与えられています。神様は御言葉を通して、「大丈夫だよ、私はこんなにもあなたを愛しているよ、しっかりとあなたを掴んでいるよ」と私たちに語りかけてくださっているのです。
ローマ8:32には、「私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。」とあります。神様は私たちすべてを愛するがゆえに、御子イエス・キリストを惜しむことなく十字架の死へと渡されました。そして、イエス様は死んで終わったのではなく、私たちのために復活されました。私たちもまた、キリストと共に復活の命にあずかり、御子の光の中で生きていくようにと、神様は定めておられるのです。
今年の初めに、私たちは「主ご自身が私たちの報酬である」という言葉を確認しました。創世記15:1には、「これらのことの後、主のことばが幻のうちにアブラムに臨んだ。『恐れるな、アブラムよ。わたしはあなたの盾である。あなたの受ける報いは非常に大きい』」と記されています。この言葉の本当の意味は、主を信じたらこの世の報酬がたくさんもらえるということではなく、「主ご自身が私たちにとって最大の報酬である」ということです。イエス様が皆さんのご褒美であり、皆さん自身の内にすでにおられるのですから、皆さんはこの地上で必要な助け、癒し、経済的な支えなど、すべてのものをすでに得ていることになります。イエス様を通して、すべての問題は解決され、必要なものが与えられていくのです。
私たちが生きていく中で、悪魔やサタン、あるいは自分自身の弱い心が、「お前は罪深い」「お前には価値がない」と囁き、訴えかけてくることがあるかもしれません。しかし、ローマ8:33-34にはこうあります。「神に選ばれた人々を訴えるのはだれですか。神が義と認めてくださるのです。罪に定めようとするのはだれですか。死んでくださった方、いや、よみがえられた方であるキリスト・イエスが、神の右の座に着き、私たちのためにとりなしていてくださるのです。」
もし心が暗闇の声に引き寄せられそうになったら、この御言葉の真理を宣言してください。神様が私たちを義と認めてくださっています。そして、天の右の座におられるイエス様が、私たちのことをじっと見守り、私たちが打ちひしがれている時も、喜んでいる時も、常に私たちのためにとりなしてくださっているのです。イエス様が私たちの味方となり、「これが歩むべき道だよ」と導いてくださっています。
ローマ8:35には、「私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。」とあります。使徒パウロの時代には、命に関わる現実的な迫害がありました。今の日本にはそのような直接的な迫害は少ないかもしれませんが、この時代特有の患難があります。それは、人々の心がキリストの愛を知らず、霊的な飢え渇きの中にあり、御言葉を伝えても無関心であったり、拒絶されたりすることです。時には、家族から反対されることもあるかもしれません。
しかし、どのような患難や苦しみ、迫害があったとしても、ローマ8:37が教えるように、「しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。」という真理は変わりません。たとえ目の前に危険が迫り、困難が取り囲もうとも、かろうじて勝つのではなく、イエス様にあって「圧倒的な勝利者」となるのです。野球で言えばゼロ対十以上のコールドゲームのような、比べ物にならないほどの完全な勝利を、イエス様と共にいる皆さんはすでに手にしているのです。
最後に、ローマ8:38-39の確信の言葉を見ましょう。「私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に来るものも、力ある者も、高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。」
死であろうと命であろうと、目に見えない霊的な存在であろうと、皆さんの報酬としてイエス様がともにおられるなら、皆さんを神の愛から引き離すことは絶対にできません。イエス様が味方であるなら、私たちは圧倒的な勝利者であり、この世のどのような恐ろしい存在であっても、私たちに勝つことはできないのです。
ですから、私たちはいつもイエス様をしっかりと捉え続け、とどまり続けなければなりません。教会から一歩外に出た途端に、世の中の荒波や厳しい現実に目を奪われ、イエス様を呼ばなくなってしまえば、波に飲み込まれてしまいます。弟子であったペテロは、水の上を歩く際、イエス様を見つめている間は沈みませんでしたが、波や風を見た途端に沈み始めました。私たちも同じです。世の中の荒波を見るのではなく、イエス様だけをしっかりと見つめ続け、イエス様と共に歩み続ける者でありたいと願います。
ハレルヤ。神様が私たちの友として、いつも共にいてくださることを感謝します。過去のどんな罪も、私たちが犯してきた過ちも、神様の愛から私たちを引き離すことはありません。なぜなら、イエス様が私たちの身代わりとなって十字架で死んでくださり、私たちを贖い、雪よりも白く清めてくださったからです。この地上に存在するいかなる悩みも、苦しみも、剣も飢えも、私たちをキリストの愛から引き離すことはできません。
私たちが世の荒波に目を向けて沈んでしまうのではなく、イエス様から決して目を逸らさず、どんな困難な状況であっても安定した歩みを続けることができますように。あなたご自身が私たちの盾となってくださり、イエス様を甚だ大いなる報酬として与えてくださっていることを覚えて、心から感謝いたします。
【結論】
神様は私たちに御子イエス・キリストを惜しみなく与えてくださるほど、私たちを深く愛しておられます。この世のいかなる患難も苦しみも、目に見えない力も、キリスト・イエスにある神の愛から私たちを引き離すことはできません。私たちは自らの弱さや世の荒波に目を向けるのではなく、常に私たちをとりなしてくださるイエス様を見つめ続けることで、すべてのことにおいて圧倒的な勝利者として歩むことができるのです。
