わたし・主が、あなたのはなはだ大いなる報酬である(創世記15章) 2026/01/13 火 早天礼拝

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わたし・主が、あなたのはなはだ大いなる報酬である(創世記15章)

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『これらのことの後に、主の言葉が幻の中で(アブラム)に臨んだ。「恐れるな、(アブラム)よ。わたしは(あなた)の盾であり、(あなた)への、はなはだ大いなる報酬である。」』(創世記15:1 逐語訳)

神様は、アブラムに向かってこう語られました。

「わたしが、あなたの報酬だ」と。

物でも、成功でも、地位でもなく、

主ご自身が報酬である──

これは、聖書の中でも非常に大胆で、深い約束です。


まずは、宣言から始めましょう

この宣言には、ぜひご自分の名前を入れて読んでみてください。

イエス様が__のご褒美です!

イエス様が__の相続財産です!

イエス様が__の相続地です!

イエス様が__のお給料です!

イエス様が__の盾です!

イエス様にあって__が受ける報いは、非常に大きい!

このイエス様が、わたしの主です!

イエス様のお名前によって宣言します。アーメン!

宣言は、信仰を現実に引き寄せる霊的な行為です。


それでも、心には「まだ不安」が残る

神様が「わたしが報酬だ」と言われたあと、

アブラムは正直な心を主に差し出します。

「神、主よ。

私に何をお与えになるのですか。

私にはまだ子がありません。」
(15:2)

約束を聞いた。

信じようとしている。

けれど、現実は変わっていない。

アブラムが主に差し出したのは、

子孫に関する切実な現実でした。

これは、不信仰ではありません。

信じたい者の、正直な祈りです。


神は、具体的に答えられる方

主は言われます。

「あなた自身から生まれ出て来る者が、

あなたの跡を継ぐ。」
(15:4)

そして、夜空へと連れ出し、こう語られました。

「天を見上げなさい。

星を数えられるなら、数えなさい。

あなたの子孫は、このようになる。」
(15:5)

ここで書かれていることは、とても重要です。

「彼は主を信じた。

主はそれを、彼の義と認められた。」
(15:6)

行いではありません。

完璧な理解でもありません。

信じたこと、それ自体が義と認められたのです。

これは昨日学んだ通り、

「神が遣わしたお方を信じること」

──それが、私たちにできる唯一の神のわざです。


信じていても、100%でなくていい

それでもアブラムは、こう言います。

「それが私の所有であることを、

どのようにして知ることができましょうか。」
(15:8)

信じている。

しかし、まだ100%ではない。

私たちも、同じではないでしょうか。

そして主は、

「叱る」のではなく、

「具体的なステップ」を示されます。


信仰には、従う行動が伴う

主はアブラムに、具体的な指示を与えられました。

犠牲を用意し、

それを裂き、

主を待ち続ける。

途中で猛禽が来ても、

追い払い続ける。

ここに、大切な霊的原則があります。

  • 主のことばを、実際に行う必要がある

  • 犠牲を伴うことがある

  • すぐに主が現れるとは限らない

  • 約束をついばむものが先に来ることもある

  • 主が来られるまで、目を覚まして待つ必要がある


主は、暗闇の中でも語られる

深い眠り、

暗黒の恐怖。

その中で主は、

未来の歴史を具体的に語られます。

苦難、

解放、

祝福、

そして平安な最期。

信仰とは、

「楽な未来」だけを約束されることではありません。

それでも、主の計画は途中で止まらないのです。


見える形で、契約を結ばれる神

ついに、主ご自身が

煙のかまどと燃えるたいまつとして現れ、

裂かれたものの間を通られます。

そして言われました。

「わたしはこの地を、

あなたの子孫に与える。」
(15:18)

境界線まで、

民族名までも、

驚くほど具体的に。

神は、

抽象的な希望ではなく、

現実に触れられる約束を与えられる方です。


暗い所を照らす、ともしびとして

新約の言葉で、この章は私たちにこう語りかけます。

「確かな預言のみことばを、

暗い所を照らすともしびとして、

それに目を留めていなさい。」
(Ⅱペテロ1:19)

夜が明けるまで。

心の中に、明けの明星が昇るまで。

主のことばは、

今日も、あなたの人生を照らしています。

主ご自身が、

あなたの盾であり、

あなたの報酬であるからです。