韓国語通訳有 私達はできれば手厳しい事は言われたくないし、また、できれば人に厳しい事は、言いたくないものである。 パウロがコリント人達を手厳しく戒めたのは、コリントの人達を霊的な子として愛しており、良くなってほしかったからである。 「あのようなことを書いたのは、そちらに行って、喜ばせてもらえるはずの人たちから悲しい思い…
カテゴリー: 1コリント人への手紙
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あなたは競技者?それとも観客?(1コリント4:6-13)
韓国語通訳有 パウロは諸々の苦難、幾多の迫害や、鞭打ち、石打などを経て、やっとコリントに至り、福音を伝え、そして彼らは、いのちを得た。 しかし彼らは、パウロの言葉は哲学よりも愚かに聞こえるなどと、あたかも自らが誰よりも偉い王様のように、あるいは全てに満ち足りているかのような立場でいた。 確かに、キリストを信じる者は、王…
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忠実な管理者であれ(1コリント4:1-5)
韓国語通訳有 4章では、コリント人たちが高慢になっている事を指摘している。 神様を差し置いて、自分が善悪判断したり、罪定めしたりする、というのは、高慢である。 私達はキリストのしもべであり、支配する側ではなく、仕える側にあるのだ。 また、なんと私達は、神の奥義を管理している、というのである。(1節) 「そこで、イエスは…
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にわかに信じがたい事の連続(1コリント3:16-23)
韓国語通訳有 本日の箇所は、にわかには信じがたい事が連続して書かれている。 パウロは言う。あなたがたが、神の神殿である、と。 私達が「神殿」であるからには、私達という器は、神を宿らせている、という事であり、そして私達は、聖なるものである。 そうであるからには、私達を攻撃するものは、神を攻撃しているのであり、そのような者…
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キリストという土台の上に(1コリント3:10-15)
韓国語通訳有 パウロがコリントに行って伝えたのは、哲学など人間の知恵ではなく、説得でもない。 彼は、神の知恵の現われである、十字架のキリストを伝えに行ったのだ。 すなわち、パウロがコリントに行った時に据えた土台とは、イエスキリストという土台であり、このお方こそ、全ての教会の土台なるお方である。 人はその土台の上に、色々…
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目に見える人にではなく(1コリント3:1-9)
韓国語通訳有 「兄弟たち、わたしはあなたがたには、霊の人に対するように語ることができず、肉の人、つまり、キリストとの関係では乳飲み子である人々に対するように語りました。」(1節) 堅い食物とは、みことばの事で、霊的幼子は、御言葉を柔らかく噛み砕いてあげないと、食べない。 信じて間もない人にはそうする必要がある。 しかし…
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世の知恵にではなく御霊に(1コリント2:12-16)
韓国語通訳有 コリントの人たちが分裂しているのは、人間の知恵に頼っているからだ、と、パウロは指摘する。 神の国の事柄は、人間の知恵によっては決して理解できない。 神がおられるのかどうかも、21世紀の科学さえはっきりさせる事ができていないし、何千年も培ってきた叡智も哲学も道徳も、人の罪を除くことは出来なかったし、完全な国…
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人の知恵によるのでなく(1コリント2:6-11)
韓国語通訳有 人の知恵は、いかに勉強し、いかに経験するかによって増していくものだが、神の国の事柄は、人の知恵によっては理解し得ない。 人類歴史が培ってきた、科学や文学といった人間の知恵によっては、決して悟るとこはできないため、21世紀となった今となっても、神の存在を立証したのかしないのか分からない状態である。 「わたし…
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十字架につけられたキリストのみ(1コリント2:1-5)
韓国語通訳有 コリントは当時のギリシア文化の中心地で、哲学や雄弁術、詭弁学が盛んであり、色々な娯楽もあったため、コリント人の目と耳は、現代日本のように、非常に肥えていた。 それだから彼らがパウロについて気を留めたのは、御言葉のいのちではなく、外見の弱々しさや話ぶりのなってなさ、という、キリストのご性質とは関係の無いこと…
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誇る者は主を誇れ(1コリント1:26-31)
韓国語通訳有 十字架の福音とは、世の人からすれば、実に愚かである。 なにしろ、世界を救うメシヤが、裸にされ、あざけられ、十字架で公開処刑された、というのだから。 知者であればあるほど、また力ある者であればあるほど、それはばかばかしく、受け入れ難い。 福音はなぜ、わざわざ、そうなのか。 それは、この世の力ある者達をはずか…