______________ ダビデが、ウリヤの妻・バテシェバと性的な罪を犯し、夫であり忠実なしもべであるウリヤを謀殺した後、預言者ナタンからその罪が指摘された時に祈った祈りが、詩篇51篇だった。 詩篇51篇は、彼の罪を悔い、悲しみ、罪に対してどうしようもない自分に恵みを施し、造り変えてくださるよう祈った祈りであるが、…
カテゴリー: 詩篇
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朝明けの祈り(詩篇5篇)
_____________ 聖歌隊の指揮者によって笛にあわせてうたわせたダビデの歌 5:1 主よ、わたしの言葉に耳を傾け、わたしの嘆きに、み心をとめてください。 5:2 わが王、わが神よ、わたしの叫びの声をお聞きください。わたしはあなたに祈っています。 5:3 主よ、朝ごとにあなたはわたしの声を聞かれます。わたしは朝ご…
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安らかな眠りにつくために(詩篇4篇)
______________ 詩篇4篇は、ユダヤでは夜、寝る前に捧げるテピラー(תפלה:祈り)である。 これもまたダビデが作者であり、おそらく、3篇の祈りを捧げた後に平安が与えられ、その時に祈った祈りだと思われる。 4:1 聖歌隊の指揮者によって琴にあわせてうたわせたダビデの歌 わたしの義を助け守られる神よ、わたしが…
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「セラ」の名人ダビデ(詩篇3篇)
_______________ 詩篇3篇の表題は「ダビデがその子アブサロムを避けてのがれたときの歌」である。 聖書で、詩篇の中の「表題」部分は、節として数えられない訳は多い。しかし元々、ユダヤ人の聖書の詩篇には、表題もそのまま記載されている。 章節に分けたり、節にも数えずに表題として分類したりするのは、異邦人的な分類な…
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御子であられるメシヤの詩篇(詩篇2篇)
______________ 詩篇1篇は、幸いな人と、そうでない者の両方の道が示されたが、2篇も同じである。 この2篇は、王でありメシヤであられる御子キリストが預言されている。 作者は記されていないが、使徒4:25によるとダビデが作者である事が分かる。 すなわちダビデが、聖霊によってメシヤであられるキリストを見せられ、…
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主の教えを喜びとする者の幸いと、悪しき道に留まり続ける者の災い(詩篇1篇)
_______________ 詩篇全体を流れるアシェルの概念について、二回に渡って学んだ。 今回は、詩篇1篇の全体から、幸いな者の道と災いな者の道とを学びたい。 1:1 悪しき者のはかりごとに歩まず、罪びとの道に立たず、あざける者の座にすわらぬ人はさいわいである。 詩篇1篇は、幸いな人(アシェルな人)と、その対極にあ…
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アシェルな人になるために(詩篇1:1-3)
______________ 1:1 幸い(アシェル)なことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。 前回、この「幸い(アシェル)な人」、な人が得る幸いとはどのような幸いであるのかを学んだ。 今回は、そのアシェルな人になるには、どうすれば良いかを学びたい。 アシェルの祝福は…
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アシュレイ! ハ イシュ : 何と幸いな人だろう!(詩篇1:1)
_______________ 1:1 幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。 詩篇の最初の言葉は「アシュレイ・ハ・イシュ」、アシュレイは「אֶשֶׁרエシェル(祝福、幸い)」の間投詞(感嘆詞)、ハは冠詞で、イシュは「人」の意味である。 ヘブライ語で祝福と言えば…
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詩篇概要(詩篇1:1)
______________ 本日より、詩篇の講解説教に入る。 詩篇は、ユダヤ的な分類では、ヨブ記と同様「諸書(ケトゥビーム)」に、また異邦人の分類では「詩歌・文学」に当たる。 ヘブライ語ではテヒリーム、すなわち、テヒラー(賛美)の複数形で、「賛美たち」がその意味する所である。 実際、イスラエルでは、ダビデの時代より、…