_______________ ダビデの祈 17:1 主よ、正しい訴え(ツェデク)を聞き、わたしの叫びにみ心をとめ、偽りのないくちびるから出るわたしの祈に/耳を傾けてください。 ダビデは、彼をつけねらう者達によって悩まされている状況である。 特に、サウル王とその側近の追跡から逃げている時に記した詩篇と言われている。 そ…
カテゴリー: 詩篇
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主こそわたしの相続である、とした人の幸いの数々(詩篇16篇)
_______________ ダビデのミクタムの歌 16:1 神よ、わたしをお守りください。わたしはあなたに寄り頼みます。 ミクタムは、意味の説明として,「苦しめられている」「攻撃を受けている」「黄金の」「宝石の」「書き記されている」「隠されている」「重要な意味を持ったもの」等あるが明確ではない(実用聖書注解) 16…
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神との出会いがいつまでも続き、神の宮に留まり続けられる人の性質(詩篇15篇)
_______________ 15篇もダビデが作った詩篇であり、彼の問いかけから始まる。 ダビデの歌 15:1 主よ、あなたの幕屋にやどるべき者はだれですか、あなたの聖なる山に住むべき者はだれですか。 神の幕屋は、モーセの時代において神と出会う場所、すなわち、礼拝をする場所であり、聖なる山は、ダビデが神殿を建てようと…
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「神はいない」と言う者は「腐れ果てている」(詩篇14篇)
______________ 聖歌隊の指揮者によってうたわせたダビデの歌 14:1 愚かな者は心のうちに「神はない」と言う。彼らは腐れはて、憎むべき事をなし、善を行う者はない。 詩篇10:4にも書いてある通り、悪人や愚かな者の人生の根底に流れている価値観は、「神はいない」である。 クリスチャンは神を恐れ敬っているので、…
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「演歌の祈り」と「下さいの祈り」、そして「ダビデの祈り」(詩篇13篇)
_______________ 表題: 聖歌隊の指揮者によってうたわせたダビデの歌 詩篇13篇もダビデの賛歌で、彼に悩みがある時の祈りである。 短い祈りではあるが、三つの段階があって、段を進んで行くごとに、成熟した祈りへと発展して行く。 13:1 主よ、いつまでなのですか。とこしえにわたしをお忘れになるのですか。いつま…
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主により頼む者に与えられる保証(詩篇11篇)
______________ 聖歌隊の指揮者によってうたわせたダビデの歌 11:1 わたしは主に寄り頼む。なにゆえ、あなたがたはわたしにむかって言うのか、「鳥のように山にのがれよ。 詩篇11篇は、ダビデがサウル王から逃れていた時のものとされている。 ダビデにアドバイスする人は言う。「鳥のように山にのがれよ。」と。なぜな…
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悪者の人生の前提条件=「神はいない」(詩篇10篇)
______________ 詩篇9編では、国々への正統なさばき、即ち、主の慰めが宣言されていたのに対し、10編は、神の民の間に入り込んでいる悪者を訴える祈りが記されている。 詩篇10編は表題が無く、9編と形式・用語に共通点が見られるためか、70人訳では、9編と10編が1つの詩篇とされている。 そうだとするなら、10編…
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国々を正当にさばかれる主と、「言いつけ上手」「訴え上手」なダビデ(詩篇9篇)
______________ 9編の表題は「聖歌隊の指揮者によってムツラベンのしらべにあわせてうたわせたダビデの歌」である。 ムツラベンのしらべは、どのようなメロディだったのだろう。 ムトは「死」、ラ・ベンは「息子の」の意味であり、また16節には「ヒガヨン・セラ」という、聖書中ここにしかない「セラ」があるが、ヒガヨンの…
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人とは一体何者なのでしょうか(詩篇8篇)
______________ 詩篇8編もまたダビデの作で、新約聖書の各所で引用されている。 彼はこの詩篇で、神の創造の素晴らしさを見るに、自分たち人間にこれらのものを委ねられたとは、いかに驚くべき事だろう、と、驚嘆を記している。 聖歌隊の指揮者によってギテトにあわせてうたわせたダビデの歌 8:1 主、われらの主よ、あな…
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心が直ぐな人の幸い(詩篇7篇)
______________ ベニヤミンびとクシのことについてダビデが主にむかってうたったシガヨンの歌 7:1 わが神、主よ、わたしはあなたに寄り頼みます。どうかすべての追い迫る者からわたしを救い、わたしをお助けください。 7:2 さもないと彼らは、ししのように、わたしをかき裂き、助ける者の来ないうちに、引いて行くでし…