礼拝音声:終わりの時代に勝ち取る栄光(ルカ21:7-19) 週報/メッセージ(説教)概要 終末の時代の徴(ルカ21:7-19) 終わりの時代には、戦争や暴動、地震、疫病などの災いが起こる事が、主から予告されている。 そのような苦難の予告は、主はシナリオライターのように思いつきや気まぐれで組み立てているのではない。 人間…
投稿者: tenseiadmin
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御言葉をのべ伝えなさい(?テモテ4:1-8)한국어예배 礼拝説教メッセージ音声
) 私達の主イエスは慕わしく麗しい、近くにおられ、兄として友として親しいお方であるが、敵にとってはとても恐ろしいお方である。 死を目前にしたパウロが、聖徒達のために残そうとした言葉において、真っ先に、しかも偉大なるお方の御前で命じたのが「御言葉をのべ伝えなさい」である。 パウロが命がけで御言葉をのべ伝えたのは、彼は後に…
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栄光の冠を勝ち取ろう(黙示録3:7-13)한국어예배 礼拝説教メッセージ音声
) 終末の時代の艱難の話を聞くとクリスチャンであるのが重苦しくなるだろうか。 しかしその向こうには栄光があり、クリスチャンには誉れ高いつとめがある。 終わりの時代に守られる者とは、力のあるなしは関係ない。イエスの言葉を守り、イエスの名を否まない者であり、その者には栄光の冠が与えられる。 パウロは信仰の戦いを立派に戦い抜…
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終わりの時にも守られる主(ローマ8:18-25)한국어예배 礼拝説教メッセージ音声
) この世が苦しみの呪いの内にあるのは、人間の選択の結果であり罪の結果である。 終末にはこのような事が起こると主は予め言われたが、そのような苦難が起こるのは、主はシナリオライターのように思いつきや気まぐれで組み立てるのではなく、人間が誤った選択をした結果、そのような苦しみのシナリオが起こる事は確定しており、主も悲しまれ…
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大きな艱難の時(マルコ13:14-23)한국어예배 礼拝説教メッセージ音声
) 終わりの時代には大きな艱難があるが、主の民のための助けはある。 神は遠くにおられる神ではなく、いてもいなくても変わらないような神ではない。 イエスキリストの名を否まない者には艱難の期間は縮められ、聖霊の助けをいただき乗り越える事ができる。 主は古の時代のクリスチャン達に助けを差し伸べてこられたし、現代においても変わ…
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戦争の騒ぎ(マルコ13:1-13)한국어예배 礼拝説教メッセージ音声
) 昨日、韓国と北朝鮮で砲撃戦が起きた。 戦争の騒ぎや地震、ききん等の終末のしるしは必ず起きると書かれてあるが、主はシナリオライターのように思いつきやきまぐれでシナリオを作るのではない。 人の原罪に埋め込まれている邪悪さがある結果、それら災害は起こるべきものとなってしまい、そこを主はうめきと悲しみをもって語っておられる…
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ダビデの子メシア(マルコ12:35-37)한국어예배 礼拝説教メッセージ音声
) ダビデ自身がメシアを主と呼んでいるのに、どうしてメシアがダビデの子なのか。 子(子孫)より父親(先祖)の方が偉大という見方が普通だが、なぜダビデは後に出てくる子孫を主と呼んだのか。 ダビデは王であったが、彼の後に出てくるメシヤが、彼よりはるかに勝った王であるその姿を聖霊によって見ていたのである。 イエスがここで引用…
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皆が見落としていた良きサマリヤ人(ルカ10:25-37)한국어예배 礼拝説教メッセージ音声
) 良きサマリヤ人のたとえと言えば「このサマリヤ人のように困っている人は見て見ぬ振りをせず助けてやりなさい」「助ける側になりなさい」という解釈で有名だが、今回よく文章を読んでみたい。 律法にあるのは「隣人を愛しなさい」であって「困っている人の隣人になりなさい」ではない。 当初の律法学者の質問「隣人とはだれか」の答えは、…
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収穫感謝礼拝 - 種と実と収穫と(マルコ4:26-29)礼拝メッセージ音声
礼拝音声: 種と実と収穫と(マルコ4:26-29) 礼拝週報 神の国のたとえ(マルコ4:26-29) 神の国(バシレイア・トゥー・テウー)は、一定の国ではなく、神の統治領域であり、「神が王であること」である。 それ故「神の国」は、神の支配が行き届いているまさに人間の中にあり、そのような人がいる場所や集会、経営する会社な…