) イエスが金持ちに示したのは十戒のうちの後半6戒だった。これらは人間関係についての戒律で、金持ちは幼い時から守っていると自負したが、より大きな命令である「憐れみ」をおろそかにしていた事に気付いていなかった。 イエスは別の箇所でパリサイ人に、ぶよは濾すが、らくだは無意識に飲み込んでしまうと言い、些細な決まり事は細かく気…
投稿者: tenseiadmin
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あなたは誰と戦っているのか(2コリント10:3-6)
) 10/10/31 週報 ある映画において、見えない敵から攻撃を受け、混乱してやみくもに同士討ちしている所に、上官が 「落ち着け、敵はどこだ、おまえ達は一体誰と戦っているんだ」と言うシーンがある。 私達も、見えない敵に攻撃されて混乱に陥り、やみくもに兄弟姉妹を傷つけ、平和であるべき日常に無駄な争いを持ち込み、無駄な時…
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奉仕と献金について(2コリント9章)
) 私達の奉仕や献金は「愛による動機」こそがかぐわしい香りとなり、評価される、奉仕の内容や献金の金額は全く関係無い。 人と比べる事はナンセンスであり、一人一人がそれぞれに与えられた分に応じて捧げれば良い。 神は私達を常にすべてのことに満ちたり良いわざにあふれる者とするために、あらゆる恵みをあふれるばかり与えることのでき…
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らくだと針の穴(マルコ10:17-31) 한국어예배 礼拝メッセージ音声
) ある金持ちがイエスに「どんな善い事をすれば」と尋ねたが、イエスの答えは「善いお方」であった。主は、金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通るほうが易しい、と言われた。 らくだはこぶに水を溜め込み遠距離まで行けるが、針の穴は通れない。 針の穴を通るには、自己の行いは何の関係も無く、ただ善きお方の前に全てを降ろし…
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子供のように(マルコ10:13-16) 한국어예배 礼拝メッセージ音声
) 弟子達は子供をイエスにさわっていただこうとした者達を叱ったが、イエスはそれを憤られた。 神の国は、子供のような者達のものであり、成熟した大人達のものではない。 子供は素直で、あまり疑わず、難しい事を考えない。感情を自由に表現し、小さく、弱い。 私達も主の御前では子供のように、自由に生き生きとした交わりを持ちたい。 …
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唇を守る(詩篇39編1-3)
: 唇を守る(詩篇39編1-3) ダビデは唇で罪を犯さないよう気をつけたが、良い事にも口を閉ざしたため内に炎が燃え上がったように苦しみが増し加わった。 我々は偽りに対しては口を閉ざし、真理については口を閉ざしてはならない。 過去の定期祈祷会 2010/8/20以前の定期祈祷会集
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離縁問答(マルコ10:1-12) 한국어예배 礼拝メッセージ音声
) 神が一つ軛に合わせられたものは本来、人間は離してはならないものである。 離縁状を渡して良いのは不貞があった時であり、人間が好き勝手に引き離して良いものではない。 主は姦淫や離婚を憎まれる。不貞に満ちている現在にあって、創造主から与えられた結婚の本来的な祝福を、存分に享受できる皆さんでありますように。 早天祈祷礼拝メ…
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地の塩(マルコ9:49,50) 한국어예배 礼拝メッセージ音声
) 塩は良いもので、料理には欠かせず、味を引き立たせる役割や防腐作用もある。 主は私達を「地の塩」と言われた。私達はこの世に味付けをする事に欠かせず、味気ない世の味を引き出し、腐っていくのを防ぐ役割を果たす者達であるはずである。 もし私達が塩の良い役割を果たさなければ、投げ捨てられ踏みつけられるだけである。 人は試練の…
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つまづきを与える者(マルコ9:42-48) 한국어예배 礼拝メッセージ音声
) つまづきとは、道、真理、いのちから、離れさせる事である。 イエスはつまづきを与える者がいかに災いであるかを強調した。 43節以降は、もしキリストの体のある部分(者)が、体全体をゲヘナに導くようなら、切り離してしまうほうが良いという事を言っていると思われる。 真理ではない異物を持ち込む手、正しい道から離れさせる足、い…
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災いの深みから救い出される主(ダニエル3 章)
: 災いの深みから救い出される主(ダニエル3 章) 10/10/24週報 ネブカデネザル王は約27mの金の像を作り、これを拝めと皆に命令した。(ダニエル3章) ネブカデネザル王は自分の構築した像を拝め、さもなければ殺すと言ったが、人は自分の編み出した主義主張という偶像に跪く事を要求し、さもなければ殺したい、という欲望が…