カテゴリー: 2サムエル記
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ダビデに買い取られたエブス人アラウナの打ち場(2サムエル記24:18-25)
『その日ガデはダビデのところにきて彼に言った、「上って行ってエブスびとアラウナの打ち場で主に祭壇を建てなさい」。』(2サムエル記24:18) 主が、預言者ガデを通して祭壇を立てるように指図された、この「エブス人アラウナの打ち場」は、一体どういう場所なのか。 そこはとても重要な場所である。 ここは後に、エルサレム神殿が建…
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人の罪の結果さえ用いて最善へと造り変えて下さる主(2サムエル記24:10-17)
『しかしダビデは民を数えた後、心に責められた。そこでダビデは主に言った、「わたしはこれをおこなって大きな罪を犯しました。しかし主よ、今どうぞしもべの罪を取り去ってください。わたしはひじょうに愚かなことをいたしました」。』(2サムエル記24:10) ダビデは部下の静止をふりほどいて民の数を数えたが、調査結果が出て、有限で…
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サタン由来の”感動”に動かされてしまったダビデ(2サムエル記24:1-9)
いよいよ2サムエル記も最終章となった。 前章では、ダビデの最後の言葉が記され、ダビデを支えた勇士たちも記され、そこで一旦完結しても良かったような気もするが、なおもうひとつ、時期的にもう少し遡った時に起きた出来事、すなわち、ダビデが主の御前に犯した一つの罪の出来事が記されている。 ダビデ記とも言える第二サムエル記の最終章…
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ダビデに仕えた勇士たち – 登録された三十勇士と除外されたヨアブ(2サムエル記23:18-39)
前回に続き、ダビデに仕えた勇士たちが名を連ねている。 『ゼルヤの子ヨアブの兄弟アビシャイは三十人の長であった。彼は三百人に向かって、やりをふるい、それを殺した。そして、彼は三人と共に名を得た。彼は三十人のうち最も尊ばれた者で、彼らの長となった。しかし、かの三人には及ばなかった。』(2サムエル記23:18-19) ヨアブ…
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ダビデに仕えた勇士たち – 三十人の長の三勇士(2サムエル記23:8-17)
ダビデは、自分は偉大な王にはなったけれども、そのすべてはただ主から与えられた、主が自分を立ててイスラエルを治める者としてくださった事を、最後の言葉で告白した。 この23章8節以降は、ダビデに仕えた勇士たちの名前が記されている。 『ダビデの勇士たちの名は次のとおりである。』(2サムエル記23:8) ダビデ記とも言えるこの…
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ダビデの最後の言葉(2サムエル記23:1-7)
『これはダビデの最後の言葉である。』(2サムエル記23:1) 22章はダビデの人生を象徴的に表す詩だったが、今回はダビデが後世へと残した遺言である。 信仰の偉人・ヤコブやモーセ、ヨシュアが残した最後の言葉に比べれば、非常に短くシンプルである。 『エッサイの子ダビデの託宣、/すなわち高く挙げられた人、/ヤコブの神に油を注…
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主、褒め讃えるべきお方(2サムエル記22:47-51)
ダビデの人生を象徴的に表す詩の、最終部分である。 ダビデは詩の最後で、彼をずっと守り、全てを良いほうへ導いて下さった主を褒め称えている。 『主は生きておられる。わが岩はほむべきかな。わが神、わが救の岩はあがむべきかな。 (NKJV: "The Lord lives! Blessed be my Rock! Let Go…
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主が与えて下さる勝利に妥協してはならない(2サムエル記22:38-46)
ダビデは、それまで経験して来た戦いについて、そして敵に対し、主がどのようにされて来たかを、今回記している。 『わたしは敵を追って、これを滅ぼし、/これを絶やすまでは帰らなかった。わたしは彼らを絶やし、彼らを砕いたので/彼らは立つことができず、わたしの足もとに倒れた。あなたは戦いのために、わたしに力を帯びさせ/わたしを攻…
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神、その道は完全。主のみことばは純粋。(2サムエル記22:31-37)
『この神こそ、その道は非のうちどころなく、/主の約束は真実である(the word of the LORD is tried)。彼はすべて彼に寄り頼む者の盾である。』(2サムエル記22:31) 人の意思は移ろいやすく、神様に喜ばれる生き方を守ろうとしても、罪を犯してしまう事があるし、完全さを保とうとしても、どこかしら弱…