しもべはアブラハムに命じられた通り、イサクの嫁に相応しい女性を探すために、アラム・ナハライム(メソポタミア)のナホルの町に出かけて行った。 当時、水汲みは女たちの仕事で、夕暮れ時に水を汲みに来るため、知恵のある彼は、夕刻、井戸の所に陣取った。 しかし、彼がイサクの嫁となるべき女性へと導かれるかどうかは、主の御手の内にあ…
投稿者: tenseiadmin
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独身のあせりの時は(創世記24:1-9)
イサクはリベカをめとった時、40歳(創世記25:20)、という事は、アブラハムはこの時点、およそ140歳であった。 創世記11章の系図を見ると、みんな2,30代で子を生んでいるので、40歳での結婚は、晩婚の部類に入る。 イサクはなぜその歳まで独身であったか。 それは、彼に相応しい助け手が中々見いだせなかったからであろう…
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寄留者として(創世記23章)
「サラは、カナン地方のキルヤト・アルバ、すなわちヘブロンで死んだ。アブラハムは、サラのために胸を打ち、嘆き悲しんだ。」(創世記23:2) アブラハム人生最大の試練、イサクを捧げる場面では、彼の感情表記は一切無かったというのに、ここでは、アブラハムは胸を打ち、嘆き悲しんだと書かれている。 彼がいかにサラを愛し、大切にして…
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死と復活、そして永遠の祝福(創世記22:15-24)
「主の山に備えあり」とよく言われている。 私達に与えられた最高の備え、最も感謝すべき備えとは、身代わりの羊である。 イサクは、身代わりの羊が備えられたお陰で、死ぬべきいのちが救われたように、イエス様が自らのいのちを投げ打ち、身代わりの羊として私達の罪を担って下さったからこそ、私達は救われたのだから。 『御使いは言った。…
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就任と離任
今日は教会の皆と共に富士純福音教会に行き、私達と親しくしている牧師夫婦の就任式兼離任式に参加させていただきました。 それまで、旦那さまのほうが牧師として導き、奥様は伝道師としてフォローしていたのですが、この度、旦那さまの病により、これ以上牧会をする事が難しくなったため、旦那さまは第一線を退き、奥様がこれから第一線に出て…
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主の山に備えあり(創世記22:9-14)
アブラハムがイサクをささげる場面には、キリスト者にとって重要な様々な予表が埋め込められている。 父が、大切な一人子を捧げる。 その事に、御父なる神の、ひとり子イエスキリストを犠牲にする葛藤を見る。 アブラハムは、自分のいのちよりも大切な一人子を、刀を取ってほふろうとしたが、主が備えて下さった雄羊を身代わりとして捧げ、そ…
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初? 家の付近を自転車で散策
月曜は、朝礼拝とメッセージ配信以外はお休みですので、溜まった家事をしたり、休んだりしていました。 一昨年に山手に引っこして以来、家の付近を散策するという事をあまりしていませんでしたので、今日はちょっと自転車で回ってみました。 家の付近は『コクリコ坂から』の舞台付近みたいで、坂が多く、道は狭くて複雑ですので、自転車ではち…
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唇という火の用心方法(ヤコブ3:1-12、マタイ12:33-37)
第二礼拝・説教音声:右クリックで保存 週報/メッセージ(説教)概要:右クリックで保存 一度焼いてしまったものは元に戻す事が出来ないように、一度唇から出た言葉は、戻す事ができない。 火は、何百年もかけて育まれてきた森を焼きつくし、何十年も働いてローンを払ってきた大切な家も、一瞬で失ってしまう怖さがある。同じように、唇から…