イエスは、万人の筆頭者になりたい者は、万人の最後になれと言われ、心を入れ替えて、子供のようにならなければ天の御国に入れないとまで言われた。 子供には、自分は誰々より偉い・劣っているという意識が無く、そうした意識がある者は、先ずそれを十字架につけるべきであり、「私が」ではなく「イエス様が」主人公になる者こそ天の御国に入る…
カテゴリー: マルコによる福音書
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主イエスが怒る程嫌いな事(マルコ9:14-29) 한국어예배 礼拝メッセージ音声
: 主イエスが怒る程嫌いな事(マルコ9:14-29) 한국어예배 礼拝メッセージ音声 今日の箇所からは、イエスは「信仰が無い事」をとても嫌われる事が分かる。 信仰が無ければ主は御技を為す事ができない。信仰とは、人の神に対する信頼と、神の人に対する応答という、双方向の関係である。 信仰が無く人を癒す事ができない場合、その…
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本人も気付いていない召し(マルコ9:9-13) 한국어예배 礼拝メッセージ音声
: 本人も気付いていない召し(マルコ9:9-13) 한국어예배 礼拝メッセージ音声 変貌山での出来事の後、弟子達はエリヤについて尋ね、イエスはエリヤは既に来て、そして人々は彼に好き勝手な事をした、と示し、弟子達はバプテスマのヨハネの事を言っているのだと気付いた。 当のバプテスマのヨハネはエリヤとしての役割に気付かず、自…
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モーセでもなくエリヤでもなく(マルコ9:2-8) 한국어예배
: モーセでもなくエリヤでもなく(マルコ9:2-8) 한국어예배 ペテロは、自分達の師であるイエスがモーセやエリヤと話している様を「素晴らしい」とし、記念の幕屋を建てようと言ったが、天からの声は「わたしの愛する子に聞け」だった。 モーセもエリヤも水を分けて渡ったが、イエス様は私達の越える事のできない、死の川の中を通って…
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失う者は得る(マルコ8:34-9:1) 한국어예배
: 失う者は得る(マルコ8:34-9:1) 한국어예배 「自分を捨てなさい」「自分の命を救いたいと思う者は失い、わたしのためまた福音のために命を失う者はそれを救う」これらの言葉は、福音や教会のため滅私奉公せよと解釈されがちだが、そうではない。 この箇所に出てくる「命」は全て原語ではプシュケー(心理作用)、それを捨てると…
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下がれサタン(マルコ8:31) 한국어예배
: 下がれサタン(マルコ8:31) 한국어예배 なぜペテロはサタン呼ばわりされたのか。「サタナス」とは「敵」の意味で、神のことがらよりも人のことがらを優先したいと願い、「イエス様それでは困るのです、そんな事があってはならないのです、どうかお考え直し下さい」とイエスを自分の所に引き寄せて諌める時、例え直前に素晴らしい信仰…
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あなたはイエスを何者と言うのか(マタイ16:13-20) 한국어예배
: あなたはイエスを何者と言うのか(マタイ16:13-20) 한국어예배 イエスについて、ある者は誰々だと言い、別の者は何々だと言うが、ペテロは「生ける神の御子、キリスト」であると告白した。 この幸いな告白をする事ができたのは人間によるものでなく天の父なる神からであり、聖霊によるのでなければ誰もイエスを主と告白できない…
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人が木のようだ(マルコ8:22-26) 한국어예배
: 人が木のようだ(マルコ8:22-26) 한국어예배 盲人ははじめにイエスに手を置いていただいた時、人を「木のようだ」と言った。そして再び手を置いてもらうと、はっきり見えるようになった。 全ての人は元々、霊的に盲目であり、人が木のように見えて、人にたいして対応してはならない事をしてしまい、それは特に、インターネットの…
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パン種の議論とパンの議論(マルコ8:14-21) 한국어예배
: パン種の議論とパンの議論(マルコ8:14-21) 한국어예배 イエスはパリサイ人のパン種に気をつけなさいと言われたが、パンを持っていないという事で議論を始め、しるしを間近で見ながら何も悟らないというパリサイ人のパン種に陥っている弟子達に戒めている。 ヘロデのパン種とは人の目を気にするという事と思われる。彼はそのわず…
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天のしるしよりも時代のしるし(マルコ8:11-13) 한국어예배
: 天のしるしよりも時代のしるし(マルコ8:11-13) 한국어예배 ファリサイ派の人々が天からのしるしを求めて来たがイエスは「ヨナのしるしの他は与えられない」(マタイ16:4)と言い、彼らをそのままにして舟に乗って向こうへ行かれた。 こういう者達はしるしを行っても決して信じず、我々も無理に論破したり何かを行ったりせず…