第一列王記の講解説教は、いよいよ今回で終わる。 と言っても、原典ヘブル語聖書には元々、「第一」や「第二」の区切りは無かったので、この「第一」の終わりの内容も、何か物語の終わりを飾るに相応しいストーリー的な盛り上がりが特にあるわけではないし、第二列王記の始まりも、「第一」の続きがすぐに始まる。 そしてこの第一列王記の終わ…
カテゴリー: 1列王記
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イスラエル最悪の王として確定してしまったアハブの死(1列王記22:29-40)
『こうしてイスラエルの王とユダの王ヨシャパテはラモテ・ギレアデに上っていった。』(1列王記22:29) アハブは、真に主が語られたミカヤの預言を退け、彼おかかえの、自分に都合のいい言葉を言ってくれる”預言者達”にそそのかされ、戦いに進み出た。 しかし彼は、預言者達の”都合のいい預言の言葉”だけでは心配だったようで、自分…
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天の議会に連ならなかった偽預言者たち(1列王記22:15-28)
ミカヤを呼びに行った使者は、彼に「預言者たちは一致して王に良い事を言いました。どうぞ、あなたも、彼らのひとりの言葉のようにして、良い事を言ってください。」と言ったが、ミカヤは「主は生きておられます。主がわたしに言われる事を申しましょう。」と言った。 『彼が王の所へ行くと、王は彼に言った、「ミカヤよ、われわれはラモテ・ギ…
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偽預言者と真の預言者の違いと特徴(1列王記22:10-14)
『さてイスラエルの王およびユダの王ヨシャパテは王の服を着て、サマリヤの門の入口の広場に、おのおのその王座にすわり、預言者たちは皆その前で預言していた。ケナアナの子ゼデキヤは鉄の角を造って言った、「主はこう仰せられます、『あなたはこれらの角をもってスリヤびとを突いて彼らを滅ぼしなさい』」。預言者たちは皆そのように預言して…
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真実を伝える預言者を憎んで、耳障りの良い事を言ってくれる人達を大勢囲ったアハブ(1列王記22:1-9)
1列王記の最終章は、イスラエル最悪の王、アハブの死で終わる。 『スリヤとイスラエルの間に戦争がなくて三年を経た。しかし三年目にユダの王ヨシャパテがイスラエルの王の所へ下っていったので、イスラエルの王はその家来たちに言った、「あなたがたは、ラモテ・ギレアデがわれわれの所有であることを知っていますか。しかもなおわれわれはス…
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悪い事をした記憶は無いのに、災いの絶えないという人がチェックすべき項目(1列王記21:17-29)
アハブは再びエリヤと会合する。 『そのとき、主の言葉がテシベびとエリヤに臨んだ、「立って、下って行き、サマリヤにいるイスラエルの王アハブに会いなさい。彼はナボテのぶどう畑を取ろうとしてそこへ下っている。あなたは彼に言わなければならない、『主はこう仰せられる、あなたは殺したのか、また取ったのか』と。また彼に言いなさい、『…
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世の価値観と神の価値観が相対する時(1列王記21:1-16)
なぜアハブはイスラエル最悪の王と評されるのか。 その主な原因は、誰に対しても「イエス」と答えるけれど「ノー」を言えない、どっちつかずの性質ゆえであるが、そればかりでない。 彼は主から、見合わないほどの憐れみと助けを、何度も頂いておきながら、その時その時で「ラッキー」で終わらせ、学ぶ所が無く、主に恩を報いようとも、誠実に…
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主に聞かず、「おだて」に乗って、ほいほいと契約を進めてしまったアハブ(1列王記20:31-43)
主に対し罪ばかり犯してきたイスラエルは、主から保護されるような要素は一切無かったというのに、ただ、主の一方的な憐れみによって、勝てる要素の全く無い戦いに二度も勝利した。 アハブは、主に感謝しても、しきれない筈であり、その後はただ主に聞き従って、何事も主に相談して歩めば良いはずだった。 しかし彼は、自分勝手な道を歩み続け…
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主の憐れみを受けたときに学ばなくてはならない事(1列王記20:22-30)
イスラエルは本来、主から助けられるには全く値しないような、主に対して不誠実続きだったにもかかわらず、一方的に主からの恵みを受け、到底勝ち目の無いシリヤとの戦いは、勝利へと導かれた。 『時に、かの預言者がイスラエルの王のもとにきて言った、「行って、力を養い、なすべき事をよく考えなさい。来年の春にはスリヤの王が、あなたのと…
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無謀・無策のイスラエルに助けの手を延べられた主(1列王記20:13-21)
イスラエル最悪の王・アハブは、シリヤという敵に「いいえ」を言えず、部下にも「いいえ」を言えず、確固とした信念なしに、ただ全部にハイハイと答えて行った結果、その煮え切らない態度は、イスラエルという国を、無謀な戦争へと導いてしまった。 試験日を忘れていた生徒が、何の対策もしないまま突然試験に臨まれてしまったように、この圧倒…