(音声データは後程アップします) 『ヨシュアはまた民に言った、「あなたがたは身を清めなさい。あす、主があなたがたのうちに不思議を行われるからである」。』(ヨシュア記3:5) 主が御業を行われるためには、まず、私達の側が身を清めなくてはならない。 身を清めるとは、自分の中にある主の「聖」に相応しくない肉的な事、特に、性的…
カテゴリー: ヨシュア記
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今まで通った事のない道を行くには(ヨシュア記3:1-4)
斥候から報告を受けた後、ヨシュアは全イスラエルと一緒にシティムを出発し、ヨルダン川の川岸まで行って、そこに泊まった。 彼らの目前には、これから超えるべきヨルダン川が横たわっている。 『三日の後、つかさたちは宿営の中を行き巡り、「レビびとである祭司たちが、あなたがたの神、主の契約の箱をかきあげるのを見るならば、あなたがた…
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苦もなく安息に入る人の特徴(ヨシュア記2:15-24)
『そこでラハブは綱をもって彼らを窓からつりおろした。その家が町の城壁の上に建っていて、彼女はその城壁の上に住んでいたからである。』(ヨシュア記2:15) ラハブは、城壁の中に建て込まれていた”マンション”の一室に住んでいたため、彼らを安全に送り出すために、その窓から吊り降ろした。 このようにして助けだされた二人は、約束…
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求める人にはご自身を現して下さる主(ヨシュア記2:8-14)
ヨシュア記の多くは、カナンでの戦闘と土地分与の記録に多くの文量を割いているが、この2章については、遊女ラハブと2人の斥候のやり取りに終始している。 この遊女ラハブが取った行動と、その行動の結果、彼女とその家族とが得た救いの有り様は、私達異邦人の救いの有り様とよく似ており、それは新約を生きる私達にとって重要だからであろう…
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真の権威に従順だった遊女ラハブ(ヨシュア記2:1-7)
『ヌンの子ヨシュアは、シッテムから、ひそかにふたりの斥候をつかわして彼らに言った、「行って、その地、特にエリコを探りなさい」。』(2:1a) ヨシュアは、もしかしたら恐れがあったために斥候を遣わしたのかもしれない。しかし、この敵情視察は、最終的にヨシュアに励ましと勇気をもたらした。 主は、恐れるギデオンにも、羊の毛のし…
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指導者ヨシュアの最初の指示(ヨシュア記1:10-18)
主はヨシュアに再三、強く、雄々しくあるようにと励ましたが、彼はそれを受けて、早速、指導者として”初の”アクションを起こした。 『そこで、ヨシュアは民のつかさたちに命じて言った。「宿営の中を巡って、民に命じて、『糧食の準備をしなさい。三日のうちに、あなたがたはこのヨルダン川を渡って、あなたがたの神、主があなたがたに与えて…
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強く、雄々しくある根拠(ヨシュア記1:7-9)
『ただ強く、また雄々しくあって、わたしのしもべモーセがあなたに命じた律法をことごとく守って行い、これを離れて右にも左にも曲ってはならない。それはすべてあなたが行くところで、勝利を得るためである。』(ヨシュア記1:7) 「強くあれ、雄々しくあれ」という励ましは、キリスト教会ではよく語られるが、実際にその言葉の通りに、強く…
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「何者も立ちはだかる者なし」という特別パス(ヨシュア記1:5-6)
『あなたが生きながらえる日の間、あなたに当ることのできる者は、ひとりもないであろう。わたしは、モーセと共にいたように、あなたと共におるであろう。わたしはあなたを見放すことも、見捨てることもしない。強く、また雄々しくあれ。あなたはこの民に、わたしが彼らに与えると、その先祖たちに誓った地を獲させなければならない。』(ヨシュ…
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既に与えられている所へ踏み出せ(ヨシュア記1:3-4)
人は、初めから強く雄々しくあるわけではない。 強くなるにはそれなりの鍛錬が必要だし、雄々しくなるには、それなりの根拠が必要である。 聖書の中の、ヨシュアの言動は、まことに強く雄々しいが、彼はどのようにして強さを身に着け、何を根拠にして雄々しくなれるのだろうか。 彼が雄々しくなれる根拠、それは、主にある。 そして彼の強さ…
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ヨシュアという人(ヨシュア記1:1-2)
聖書は、神が人を救うための全容が記された書物である。 最初の人アダムは、エデンの園で神の命令に背き、そうして人には罪と死が入り、滅ぶ存在となってしまった。 神は人類を救うために、一人の人・アブラハムを選び、神の基準である「律法」をモーセを通して与え、アブラハムの子孫であるイスラエルが、それを守り行う事により、全人類に主…