モーセはかつて主に呼び出された時、「あなたがたは、この山で、神に仕えなければならない。」と言われていたが、いよいよその山のふもとへと、イスラエル民族を導いて来た。 今日の箇所は、神とイスラエル民族が契約する前の、双方の最終確認で、モーセがその介在人となっている。 主はまず民に言われる。 『あなたがたは、わたしがエジプト…
カテゴリー: 出エジプト記
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重荷を分かち合う時は(出エジプト記18:1-12)
(本日の引用は口語訳ではなく新共同訳からです。) 『あくる日モーセは座して民をさばいたが、民は朝から晩まで、モーセのまわりに立っていた。モーセのしゅうとは、彼がすべて民にしていることを見て、言った、「あなたが民にしているこのことはなんですか。あなたひとりが座し、民はみな朝から晩まで、あなたのまわりに立っているのはなぜで…
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異国の祭司も主をほめたたえる(出エジプト記18:1-12)
イスラエルがアマレクとの戦いで勝利した後、モーセのしゅうとでありミデヤンの祭司であるイテロが、モーセの妻・チッポラと二人の息子とを連れて、モーセを訪ねて来た。 このレフィディムの地は、イテロの住んでいる所から近く、つまり、神が当初モーセに現れ礼拝場所として定めておられた神の山から近い所にイスラエルの民は来ているのである…
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主はわが旗(出エジプト記17:8-16)
マサの事件があったレフィディムにて、水の心配が無くなったと思ったら、今度は外敵・アマレクが戦いを仕掛けて来た。 彼らは、イスラエルの疲れて弱っている、隊列の後ろの人達を攻め打った。(申命記 25:17-19) アマレクは「国々の中で首位のもの」と言われ(民数記24:20)、後にもたびたびイスラエルに戦いを仕掛けてくる、…
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荒野でついて来る岩(出エジプト記17:1-7)
前回は、この箇所から現象的な面を学んだが、今回は霊的意義を学びたい。 荒野で水が無い事により苦境に立たされた場面は後にもある。ツィンの荒野についた時も、民は同じように、水が無い事でモーセとアロンに逆らった。 『「あなたは、つえをとり、あなたの兄弟アロンと共に会衆を集め、その目の前で岩に命じて水を出させなさい。こうしてあ…
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メリバでの試み(出エジプト記17:1-7)
シンの荒野を出てレフィディムで宿営し、主が示されていたホレブ山へと近づいたが、再び問題が起こった。水が尽きたのである。 『それで、民はモーセと争って言った、「わたしたちに飲む水をください」。モーセは彼らに言った、「あなたがたはなぜわたしと争うのか、なぜ主を試みるのか」。』(出エジプト記17:2) 以前も水やパンが無かっ…
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マナの性質(出エジプト記16:31-36)
『イスラエルの家では、それをマナと名付けた。それは、コエンドロの種に似て白く、蜜の入ったウェファースのような味がした。』(出エジプト記16:31 新共同訳) このマナは、まことのパンであるキリストの性質をよく表している。 マナはコエンドロ(コリアンダー)の実のように小さく、丸く、大人でも子供でも誰の口にも入る。 キリス…
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安息日の休み(出エジプト記16:22-30)
『モーセは彼らに言った、「主の語られたのはこうである、『あすは主の聖安息日で休みである。きょう、焼こうとするものを焼き、煮ようとするものを煮なさい。残ったものはみな朝までたくわえて保存しなさい』と」。彼らはモーセの命じたように、それを朝まで保存したが、臭くならず、また虫もつかなかった。』(出エジプト記16:23-24)…
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「これは何だろう」(出エジプト記16:11-21)
主が約束しておられた通り、夕方にはうずらが飛んできてイスラエルは肉を得、朝には天からのパンが与えられた。 『その降りた露がかわくと、荒野の面には、薄いうろこのようなものがあり、ちょうど地に結ぶ薄い霜のようであった。イスラエルの人々はそれを見て互に言った、「これはなんであろう」。彼らはそれがなんであるのか知らなかったから…
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荒野での第一課程(出エジプト記16:1-10)
イスラエルの民がエジプトを出て1ヶ月目、彼らはエリムとシナイの間にあるシンの荒野に入った。 その時、イスラエルの全会衆は、またしてもモーセとアロンにつぶやいた。 そのつぶやき内容の低俗さは、前回よりパワーアップしている。 『イスラエルの人々は彼らに言った、「われわれはエジプトの地で、肉のなべのかたわらに座し、飽きるほど…