メッセージ - 神の使者としてのしるし(出エジプト記4:1-9)
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『モーセは言った、「しかし、彼らはわたしを信ぜず、またわたしの声に聞き従わないで言うでしょう、『主はあなたに現れなかった』と」。』(出エジプト記4:1)
前の章で神は「わたしがあなたを遣わす」「わたしはあなたと共にいる」と言われたのに、モーセはまだまだ不安だった。
もしパロやイスラエル人が、自分の言う事を気違いのざれ言のように受けてしまったら、そもそも何も始まらないのではないか、と。
そこで神は、神がモーセを使者として任じた事の証拠として、3つのしるしを与えられた。
一つ目のしるしは、彼が日常的に使っている羊飼いの杖を、蛇に変えるしるしである。(出エジプト記4:2-4)
蛇といえば真っ先にサタンを思い浮かべるが、一体なぜ神は、羊飼いの杖を蛇に変えたのか。
そしてなぜそれが、神がモーセを認証された事のしるしとなるなのか。
人がよく勘違いするのに、神とサタンは対等の勢力で、神は優勢の時もあれば劣勢の時もある、という考えがある。
それは大間違いで、神はサタンより絶対的に上に位置し、サタンは神に許可を得て動く他に無い。(ヨブ1章)
神はサタンに活動許可を与えて放つ事も出来れば、サタンをもつかんで封じる権威もあるのだ。
モーセもまた、蛇を地に放つ事も出来れば、蛇をつかんで羊飼いの杖にもすることが出来る事を、人々に示す事によって、彼にも神と同じような権威が与えられている事を示したのではなかろうか。
そして、私達にも蛇をもつかむ権威が与えられている。(マルコ16:18)
私達が羊達を支配する道具である杖を放棄し、地に放り投げてしまうなら、それは蛇となってしまい、サタンの野放し状態になってしまう。
私達はそうあってはならず、それを掴み、罪を治めるべきである。
神が与えた二つ目のしるしは、「らい病」という、律法上汚れた病をも支配するしるしである。(出エジプト記4:6-8)
杖を蛇に変えるだけなら、エジプトの呪術者でも出来たし、人間を病や汚れ災いで打つのはサタンの十八番であるが、汚れた病を清くする事など、サタンや悪しき霊の性質ではない。ただ、いのちの君なる主のご性質である。
それだから主は「彼らがもしあなたを信ぜず、また初めのしるしを認めないならば、後のしるしは信じるであろう。」と言ったのだ。
主は、人の病や罪、汚れをきよめ、義として下さるお方である。それは、どの呪術者にも、どの世の神々にも、出来る事ではない。
三つ目のしるしは、ナイルの水を血に変えるしるしである。
ナイルの水と言えば、イスラエルの男の子がエジプトによって大勢殺された、あの水である。
それが血に変わるのをエジプト人が見たなら、彼ら自身の罪を思い起こさせる事となり、神の正しいさばきが成される事を意味する。
このように、これら三つのしるしによって、神は確かに正しくさばかれるお方であり、サタンをも御手の内で支配し、病を癒し、罪けがれを清めて義とする権威のある御方であると示し、そして、モーセこそ神が遣わされた使者であると、人々に明らかにされるのである。
神が遣わされる御国の使者は、罪について、義について、裁きについて、世にその過ちを示すのだ。(ヨハネ16:8-11)
それはモーセだけでなく、イエスを信じる私達にも、その役割と権威が授けられている。
『信じる者には、このようなしるしが伴う。すなわち、彼らはわたしの名で悪霊を追い出し、新しい言葉を語り、へびをつかむであろう。また、毒を飲んでも、決して害を受けない。病人に手をおけば、いやされる」。』(マルコ16:17-18)