メッセージ - イスラエルの盾となる主 - 第五,第六の災い(出エジプト記9:1-12)
イスラエルの盾となる主 - 第五,第六の災い(出エジプト記9:1-12)
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- 執筆 :
- pastor 2012-11-26 23:45
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エジプトに降る第五の災いは、家畜の疫病である。
『主の手は最も激しい疫病をもって、野にいるあなたの家畜、すなわち馬、ろば、らくだ、牛、羊の上に臨むであろう。』(出エジプト記9:3)
馬、ろば、らくだは物を運搬する動物で、また牛と羊は重要な聖獣である。
主は今回、エジプトの財産と物流、そして神々を打たれたのだ。
主は今回も災いの時を予め定め、その通り実行し、また、エジプトとイスラエルを明確に区別された。
『あくる日、主はこのことを行われたので、エジプトびとの家畜はみな死んだ。しかし、イスラエルの人々の家畜は一頭も死ななかった。パロは人をつかわして見させたが、イスラエルの家畜は一頭も死んでいなかった。それでもパロの心はかたくなで、民を去らせなかった。』(出エジプト記9:6)
主は予告した通りの災いを降し、エジプトとイスラエルの民を区別された。それ程鮮やかにしるしを行ったのに、パロはなお、心頑なにした。
続く第六の災いは、うみが出る腫物の災いで、ぶよの災いの時同様、パロの目の前で明示的に実行した。
『主はモーセとアロンに言われた、「あなたがたは、かまどのすすを両手いっぱい取り、それをモーセはパロの目の前で天にむかって、まき散らしなさい。』(出エジプト記9:8)
かまどと言えば、イスラエルがまさに奴隷仕事としてれんがを焼いている道具である。
かまどの中からすすを取りだして空中に蒔いた所、それが人や動物、そしてモーセ達に対抗した呪法師にも、腫物の災いを及ぼした。
こうして主は、イスラエルを奴隷として用いていた道具を用い、エジプトの人々にも動物にも、そして神々にも、明示的に報復したのである。
主ご自身が、イスラエルの盾となり、戦っておられるのである。
『しかし、主はパロの心をかたくなにされたので、彼は主がモーセに語られたように、彼らの言うことを聞かなかった。』(出エジプト記9:12)
前の五回の災いが起きた時は、パロ自ら心を頑なにしていたが、今回、はじめて「主が」パロの心をかたくなにされた、という表現が用いられている。
人があくまで主を拒否し、頑なさを続けていると、今度は、主がその心を頑なにされるのだ。
以下、詩篇81篇に記されている通りである。
『わたしが、あなたの神、主である。わたしはあなたをエジプトの地から連れ上った。あなたの口を大きくあけよ。わたしが、それを満たそう。しかしわが民は、わたしの声を聞かず、イスラエルは、わたしに従わなかった。それでわたしは、彼らをかたくなな心のままに任せ、自分たちのおもんぱかりのままに歩かせた。
ああ、ただ、わが民がわたしに聞き従い、イスラエルが、わたしの道を歩いたのだったら。
わたしはただちに、彼らの敵を征服し、彼らの仇に、わたしの手を向けたのに。」
主を憎む者どもは、主にへつらっているが、彼らの刑罰の時は永遠に続く。しかし主は、最良の小麦をイスラエルに食べさせる。「わたしは岩の上にできる蜜で、あなたを満ち足らせよう。」』(詩篇81:10-16)
主は人に、心へりくだって御言葉に従順となり、主の道に歩む事を望んでおられる。
人がその通りにしたなら、速やかにその敵を征服し、最良の小麦と岩の上にできる蜜で道たらせる用意が、主の側にはいつでもできているのだ。
しかし人が頑なになると、どうしても自分の道を捨てたがらず、怒り狂って神にさえ対抗し、けがしごとを言ってしまうものだ。(黙示録16章)
祝福へのもっとも近道は、主に対して心柔らかにし、いつでも御言葉を受け入れる体制でいる事である。
かたくなさは捨て去り、いつも主の御声に従順に聞き従って、いつでも祝福を頂き続けている皆さんでありますように!
イエス様の名前によって祝福します!