メッセージ - 幕屋の構成に隠された創世記から黙示録までの流れ(出エジプト記26:15-37)
幕屋の構成に隠された創世記から黙示録までの流れ(出エジプト記26:15-37)
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- 執筆 :
- pastor 2013-2-11 23:32
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今回の箇所は、幕屋の骨格となる立枠についての指示であるが、今や、私達キリスト者ひとりひとりがキリストのからだの各部分、各器官であり(1コリント12:27)、私達自身が神の宮であり(1コリント3:16-17)、主にあって最後まで忍耐し勝利する聖徒は「聖所の柱」とされる。(黙示録3:12)
故に幕屋の構成物ひとつひとつは、私達・キリスト者の予表である。
『あなたは幕屋のために、アカシヤ材で立枠を造らなければならない。枠の長さを十キュビト、枠の幅を一キュビト半とし、枠ごとに二つの柄を造って、かれとこれとを食い合わさせ、幕屋のすべての枠にこのようにしなければならない。』(出エジプト記26:15-17)
幕屋の骨組みは、この4.45mx66cmのアカシヤ材の板が基本的な構成物となり、一枚につき2個の銀の台座によって支えられ、それが南側に20枚、北側に20枚、西側に6枚(幕屋のうしろの二すみに、さらに2枚)ずつ合わされて、建てられる。(出エジプト記26:18-21)
この幕屋は縦10キュビト、横30キュビト、高さ10キュビトなので、ちょうど10キュビト四方の立方体を横に三つ合体させたような寸法の建物である。
台座として支えられる銀は贖いを意味し、幕屋を構成する立板は、二つ(証人の数)の銀によって地上から贖われ、神の宮のために建て上げられ、キリストのからだの一部分とされた私達を暗示する。
これらの立板は、横木によって、しっかり組み合わされ、結び合わされる。
『またアカシヤ材で横木を造らなければならない。すなわち幕屋のこの側の枠のために五つ、また幕屋のかの側の枠のために横木五つ、幕屋のうしろの西側の枠のために横木五つを造り、枠のまん中にある中央の横木は端から端まで通るようにしなければならない。そしてその枠を金でおおい、また横木を通すその環を金で造り、また、その横木を金でおおわなければならない。こうしてあなたは山で示された様式に従って幕屋を建てなければならない。』(出エジプト記26:26-30)
キリストのからだも、多くの部分からなり、それぞれ横のつながりによって結合している。
「キリストによって、からだ全体は、一つ一つの部分がその力量にふさわしく働く力により、また、備えられたあらゆる結び目によって、しっかりと組み合わされ、結び合わされ、成長して、愛のうちに建てられるのです。」(エペソ4:16)
31節以降は、聖所と至聖所とを分ける「幕」についての指示である。
『また青糸、紫糸、緋糸、亜麻の撚糸で垂幕を作り、巧みなわざをもって、それにケルビムを織り出さなければならない。そして金でおおった四つのアカシヤ材の柱の金の鉤にこれを掛け、その柱は四つの銀の座の上にすえなければならない。その垂幕の輪を鉤に掛け、その垂幕の内にあかしの箱を納めなさい。その垂幕はあなたがたのために聖所と至聖所とを隔て分けるであろう。』(出エジプト記26:31-33)
アダムとエバの堕落以降、人はエデンの園への道がケルビムと回る炎の剣によって遮られてしまったが、至聖所への道も、ケルビムの織物によって遮られている。
しかしキリストが十字架でさばかれた時、この幕は真っ二つに裂かれ、もはや聖所と至聖所を隔てる壁は打ち壊された。
『あなたがたは、このように以前は遠く離れていたが、今ではキリスト・イエスにあって、キリストの血によって近いものとなったのである。
キリストはわたしたちの平和であって、二つのものを一つにし、敵意という隔ての中垣を取り除き、ご自分の肉によって、数々の規定から成っている戒めの律法を廃棄したのである。それは、彼にあって、二つのものをひとりの新しい人に造りかえて平和をきたらせ、十字架によって、二つのものを一つのからだとして神と和解させ、敵意を十字架にかけて滅ぼしてしまったのである。』(エペソ2:13-16)
「至聖所」には契約の箱が置かれ、その上に贖罪蓋がかぶせられており、ケルビムの織物によって隔てられた向こう側・聖所には、南側に燭台、北側にパンの机が向かい合わせで置かれている。そして聖所と外を隔てる出入り口には、青色、紫色、緋色の撚り糸、撚り糸で織った亜麻布で刺繍をした幕が張られ、その幕のために、金をかぶせたアカシヤ材の柱が五本立てられ、それの鉤も金で、また、それらの柱のために青銅の台座五つを鋳造される。(出エジプト記26:34-37)
青銅はさばきを意味するが、つまり聖所の入り口は、まず神のさばきを経なくては入れず、また、天の色である青・王の色である紫・血潮の色である緋色・清めの色である白の刺繍が為された幕を通ってでなくては、入れない。
さばきはイエス・キリストが身代わりとなって受けて下さり、私達は、天の王であられるキリストの血潮にあって白く清められ、大胆に聖所に入る事が出来る。(エペソ3:12)
この建物の最奥(西側)にある至聖所は、10キュビト四方の立方体である。
後のソロモンが建てた神殿の至聖所は、その二倍の20キュビト四方の立方体(列王記6:20)で、黙示録に現れる新エルサレムにいたっては、12000スタディオンの立方体(1スタディオン=185m、1辺が約2400km)であり、その中には神殿はなく、都そのものが、主の栄光と臨在に満ちた至聖所である。(黙示録21章)
黙示録で記されている神の都こそまことの神殿であり至聖所であり、山で示された幕屋や神殿は、その型である。
主のご計画が成就するごとに、隠されていた物事が徐々に露わにされて行き、全ての時が満ち、全てが成就した時、神の栄光は誰の目にも明らかなほど巨大に、公にあらわれるのである。