メッセージ - 脳内ネフィリムに感染された十人(民数記13:25-33)
礼拝説教メッセージ音声:脳内ネフィリムに感染された十人(民数記13:25-33):右クリックで保存
『彼らはモーセに言った、「わたしたちはあなたが、つかわした地へ行きました。そこはまことに乳と蜜の流れている地です。これはそのくだものです。しかし、その地に住む民は強く、その町々は堅固で非常に大きく、わたしたちはそこにアナクの子孫がいるのを見ました。またネゲブの地には、アマレクびとが住み、山地にはヘテびと、エブスびと、アモリびとが住み、海べとヨルダンの岸べには、カナンびとが住んでいます」。』(民数記13:27-29)
斥候達が戻って来て報告した内容は、客観的事実であり、持ってきたくだものは、約束の地が祝福されている事の物的証拠である。
そこはまことに、乳と蜜が流れているかのように潤った、肥沃で良い地。二人がかりで担いだ一房のぶどうさえ産出する地。
そしてまた、強いカナン人が堅固な町々に住んでいる地。
この事実に対し、斥候達の評価は、真っ二つに分かれる。
『そのとき、カレブはモーセの前で、民をしずめて言った、「わたしたちはすぐにのぼって、攻め取りましょう。わたしたちは必ず勝つことができます」。しかし、彼とともにのぼって行った人々は言った、「わたしたちはその民のところへ攻めのぼることはできません。彼らはわたしたちよりも強いからです」。』(民数記13:30-31)
カレブとヨシュアは「必ず勝つ」という判断をした。
しかし他の10人は、「そこに攻めのぼる事は出来ない」と判断し、その理由は「彼らはわたしたちよりも強い」からだとした。
ヨシュアとカレブも「彼らはわたしたちよりも強い」事は重々承知していたはずだが、なぜこの二人は、「必ず勝てる」と判断したのか?
それは、自分達の内におられるイスラエルの神は、彼らよりも遥かに強いと判断したからだ。
神はエジプトを十の災いで徹底的に打ち、追い迫るエジプト軍を海で滅ぼし、装備にも経験にも勝っていたアマレクに勝利させて下さった主は、この、強大なカナン人にも、必ず勝利させて下さる、と。
他の十人は、自分達に大いなる事をして来て下さった主を、きれいさっぱり忘れてしまったかのように、「自分たち」と「彼ら」とを比較した。
確かに、イスラエル民族だけで戦うなら、勝てない事は確実だろう。
相手は巨体で、弱肉強食の世界を勝ち抜いてきた共謀な者達である。
しかし、エジプトを滅ぼし荒野で養ったあの主が共におられるのだ。
ここに、普段から、主を主としている人と、そうでない人の違いが、あらわにされた。
『そして彼らはその探った地のことを、イスラエルの人々に悪く言いふらして言った、「わたしたちが行き巡って探った地は、そこに住む者を滅ぼす地です。またその所でわたしたちが見た民はみな背の高い人々です。わたしたちはまたそこで、ネピリムから出たアナクの子孫ネピリムを見ました。わたしたちには自分が、いなごのように思われ、また彼らにも、そう見えたに違いありません」。』(民数記13:32-33)
彼らは「勝てない」と不信仰告白しただけでなく、主が、何百年も前から彼らに継がせようとしておられた乳と蜜の流れる地を、悪く言いふらす事さえした。
彼らは「ネピリム人」がいる、と言ったが、御言葉によると、ネピリムはノアの洪水で全滅した筈である。
それでは彼らが見たという「ネピリム人」とは、一体何か?
それは、アナク人という背の高い現住民を誇張し、脳内で勝手に生成した太古の巨人、「脳内ネピリム」である。
神様は、彼らに目を留め、多くの奇跡によって救い出された。
それなのに彼らはなお、敵を過大に見積もり、神の民であるはずの自分達を「いなご」と卑しく見積もり、勝手に作り出した「脳内ネピリム」を声高に喧伝した。
人々を自分の思い通りに動かしたいがために、物事を良くも悪くも誇張し伝える人間にとって、何百も前から主が温めておられたご計画など、関係無いのだ。
このような性質こそ、安息の地に入れない人の特徴である。
しかし、主が定められていた約束を、信仰によって受け取る人は、その安息に入る事が出来る。
私達には、いつから、どんな祝福が約束されていたのだろうか。
『神はキリストにあって、天上で霊のもろもろの祝福をもって、わたしたちを祝福し、みまえにきよく傷のない者となるようにと、天地の造られる前から、キリストにあってわたしたちを選び、わたしたちに、イエス・キリストによって神の子たる身分を授けるようにと、御旨のよしとするところに従い、愛のうちにあらかじめ定めて下さったのである。』(エペソ1:3-5)
主は「あなたの信仰のとおりに、なれ」と言われた。
主は、天地を造られる前から私達を選び、きよく傷無き者にしようと、あらかじめ定めておられた。
その事を信じ、天にあるもろもろの霊的祝福を得て、主が愛をもってあらかじめ定めておられた祝福を、信仰をもって受け取る皆さんでありますように!
イエス様の名前によって祝福します!