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メッセージ - 底辺からいつまでも脱却できない人の思考パターン(申命記1:19-33)

底辺からいつまでも脱却できない人の思考パターン(申命記1:19-33)

カテゴリ : 
礼拝メッセージ説教音声配信 » 講解説教(旧約) » 申命記
執筆 : 
pastor 2013-12-9 20:16

礼拝説教メッセージ音声:底辺からいつまでも脱却できない人の思考パターン(申命記1:19-33):右クリックで保存

『その時わたしはあなたがたに言った、『あなたがたは、われわれの神、主がお与えになるアモリびとの山地に着いた。見よ、あなたの神、主はこの地をあなたの前に置かれた。あなたの先祖の神、主が告げられたように、上って行って、これを自分のものとしなさい。恐れてはならない。おののいてはならない』。』(申命記1:20-21)

この時、イスラエルの民が、モーセに言われた通りに、何も言わずそのまま行っていたなら、すんなり約束の地に入れたはずだ。
しかし、以下の民の言葉の故に、荒野の放浪が始まってしまった。主の命令に、人間が「でも」を混ぜてしまう事こそ、荒野の放浪の入り口なのである。

『あなたがたは皆わたしに近寄って言った、『われわれは人をさきにつかわして、その地を探らせ、どの道から上るべきか、どの町々に入るべきかを、復命させましょう。』』(同22節)

これは「知恵があり、人に知られている人々」(15節)なら、いかにも考えそうな、極めて常識的な提案である。
事前調査するのは、悪い事ではない。実際モーセも、それをするのは良いと思った。
民は今まで、主の御業を見てきたのだから、今回も主が、素晴らしい御業を為して下さるだろう、と、民は当然判断するものと、モーセは思っていたかもしれない。

しかし民の考え方は、モーセと同じではなかった。
民は、主がおられる事を度外視し、自分と相手を比べて計算して、絶望したのだ。

戦いであれ、友人関係であれ、主を度外視して「自分と相手を比べて計算」する事は、大いに問題である。
それに引き換え、ヨシュアとカレブは、「自分達の内にいます主と、相手とを見比べて計算」し、勝利を確信した。
主と相手とを見比べるなら、希望以外には考えつかないが、自分と相手とを見比べるなら、絶望以外には考えつかないものである。

『しかし、あなたがたは上って行くことを好まないで、あなたがたの神、主の命令にそむいた。そして天幕でつぶやいて言った。『主はわれわれを憎んでアモリびとの手に渡し、滅ぼそうとしてエジプトの国から導き出されたのだ。』(申命記1:26-27)

主は、四百年以上も前から、アブラハムの時代から、この地をイスラエルの民に与えると約束しておられた。
そして実際、彼らは、主がエジプトにおいて、荒野において、大きな御業をして下さった事を、何度も目の当たりにして来た。
それなのに、この期に及んで、「主はわれわれを憎んでアモリびとの手に渡し、滅ぼそうとしてエジプトの国から導き出されたのだ。」などと言っている。
一体どうしたらこんなひねくれた考えになるのか、と思うかもしれないが、主が為された事に目を向けず、主が共におられる事を度外視し続け、あくまで自分の考えに凝り固まって、自分の主張を通そうとしている者は、大体そのような愚かな判断をくだすものである。
主は、ねじ曲がった者にはねじ曲げる方であり、彼らが主に対して量っている通りに量り返すお方である。(詩篇18:26、ルカ19:22)

『われわれはどこへ上って行くのか。兄弟たちは、「その民はわれわれよりも大きくて、背も高い。町々は大きく、その石がきは天に届いている。われわれは、またアナクびとの子孫をその所で見た」と言って、われわれの心をくじいた』。』(申命記1:28)
これが、自分と相手を見比べてばかりいて、主を度外視している者の言葉であり、信仰生活を何年しても、霊的にも社会的にも底辺からいつまでも脱却できないクリスチャンの思考パターンである。

『その時、わたしはあなたがたに言った、『彼らをこわがってはならない。また恐れてはならない。先に立って行かれるあなたがたの神、主はエジプトにおいて、あなたがたの目の前で、すべてのことを行われたように、あなたがたのために戦われるであろう。あなたがたはまた荒野で、あなたの神、主が、人のその子を抱くように、あなたを抱かれるのを見た。あなたがたが、この所に来るまで、その道すがら、いつもそうであった』。』(申命記1:29-31)

モーセは19節で、「あなたがたが見た、あの大きな恐ろしい荒野を通り、アモリびとの山地へ行く道によって、カデシ・バルネアにきた。」と言っているが、実際その道は、石灰岩ばかりの岩砂漠地帯で、もし一日でも放って置かれたら、完全に干からびてしまう。
それなのに、彼らが長年守られて来たのは、主が昼は雲の柱によって照りつける太陽から守り、夜は火の柱で暗闇と寒さから守って来られたからだ。
主は、人のその子を抱いて運ぶように運ばれ、主が、めんどりが雛を覆うようにして、守って来られたのだ。

『このように言っても、あなたがたはなお、あなたがたの神、主を信じなかった。主は道々あなたがたの先に立って行き、あなたがたが宿営する場所を捜し、夜は火のうちにあり、昼は雲のうちにあって、あなたがたに行くべき道を示された。』(同32-33節)

主がして下さった事を一切思わず自分の考えに凝り固まってそれを降ろさない人、いつも自分と相手を比較して計算し、主を度外視している人は、荒野を放浪するような人生を歩んでいる。
私達は、ヨシュアやカレブのように、主を見、主と相手を比較して希望を得、信仰によって進み出て、いつも勝利する者でありたい。

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