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メッセージ - きよい性質と汚れた性質の切り分け(申命記14:1-21)

きよい性質と汚れた性質の切り分け(申命記14:1-21)

カテゴリ : 
礼拝メッセージ説教音声配信 » 講解説教(旧約) » 申命記
執筆 : 
pastor 2014-2-7 17:40

礼拝説教メッセージ音声:きよい性質と汚れた性質の切り分け(申命記14:1-21):右クリックで保存

『あなたがたはあなたがたの神、主の子供である。死んだ人のために自分の身に傷をつけてはならない。また額の髪をそってはならない。あなたはあなたの神、主の聖なる民だからである。主は地のおもてのすべての民のうちからあなたを選んで、自分の宝の民とされた。』(申命記14:1-2)
主はイスラエルを「主の子供」「主の聖なる民」、ご自分の「宝の民」とされた。
イエスキリストによって贖われた私達も、キリストにあって神の子とされ、聖なる国民、王族の祭司とされ、宝の民とされたのだ。

「宝」は、他とは区別された尊く大切なものであり、それなりに手厚い扱いをする。
ビー玉よりも真珠の方が尊く、よりきめ細やかなケアが必要なように、主は、ご自身の宝の民である私達を、丁重に特別扱いし、きめ細やかなケアをされる。
故に、他の人が平気やっている事を、私達がするのは絶対許さない事もあるが、結局それは、他の人には決して与かれない特別な栄誉と祝福を与えて下さるためだ。
そうであるからには、私達は自らを聖別し、罪の世から自らを分離して、聖なる趣きに傷や汚れを受けぬように、努力し続けるべきである。

『忌むべき物は、どんなものでも食べてはならない。』(申命記14:3)
「食べる」、という行為は、その対象のいのちを採り入れ、それを自分の血とし肉とし、一体化する行為であるが、ここでは、食べてよい動物と食べてはならない動物、一体化してよい動物と、一体化してはならない動物の区別が、示されている。
その区別を知る事によって、私達は、どのような性質を目指すべきで、どのような性質を捨て去るべきかも分かる。

地上に住む生物の内で、きよい動物の性質は、「ひずめが分かれたもの」(申命記14:4-6)、また、水棲動物できよい性質とは、ひれがあり、うろこがあるものである。(同9-10節)
地や海底に這いつくばったりしせず、ひずめで直接地に接する事をせず、うろこ等で外界に対して一線を画し、自らの足で立って歩み、ひれを使って泳ぐ。この、地(あるいは海底)に、直接接しない性質は、きよい。

地は、世を表している。「地につくもの」は肉に属するもの、悪魔的なものであると、ヤコブ書3章で記されているからだ。
サタンは「一生腹ばいで歩き、ちりを食べる」(創世記3:14)、「地を行き巡り、そこを歩き回る」(ヨブ2:2)性質であるが、そのように、世を這いつくばって行き来するが、それは、神から呪われた性質である。
私達にとっても、世とは一線を画し、地に属さぬよう、信仰によって立ち、信仰によって歩むのが、きよい性質である。

また、「反芻(よく噛んで食べる)」する動物はきよい動物、そうでない動物は、きよくないとされている。
きよい動物は、概して草食動物であり、草は、主が全ての動物が食べるようにと、食物として与えて下さったものである。(創世記1:30)
私達も、主が与えて下さった食物、御言葉を、よく噛んで咀嚼し、よく味わい、よく消化するなら、それは主に喜ばれる性質である。
それに対し、主が与えて下さる食物を反芻せず、味わいもせず、何でもかんでもそのまま鵜呑みにしてしまう「豚」のような性質は、主に嫌われる性質である。

神が世を創造された当初、全動物は、主が食物として与えて下さった草を食べており、その時、人も、神が結ばせて下さった、あらゆる良き実だけを食べて生きていた。
その頃は、他の動物のいのちを奪って肉を食べる、などという事は、しなかった。
肉食、すなわち、ある動物のいのちを取って、そのいのちをいただく行為は、罪が入った結果、始まった事であり、他の動物を鉤爪で引き裂いたり、牙で噛み付いたりして、むやみに血をながす性質は、サタンの性質である。
だから、それをする猛獣や猛禽類は、汚れた性質とされている。

まことのいのちをもたらす唯一の食物は、イエスの肉であり、イエスの血である。
『イエスは彼らに言われた、「よくよく言っておく。人の子の肉を食べず、また、その血を飲まなければ、あなたがたの内に命はない。わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者には、永遠の命があり、わたしはその人を終りの日によみがえらせるであろう。わたしの肉はまことの食物、わたしの血はまことの飲み物である。
わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者はわたしにおり、わたしもまたその人におる。生ける父がわたしをつかわされ、また、わたしが父によって生きているように、わたしを食べる者もわたしによって生きるであろう。』(ヨハネ6:53-57)
私達も、この御方の肉を食べその血を飲む事、すなわち、主の聖餐にあずかる事よって、この御方と一体化し、それによって、まことのいのちと一体化するのである。

『すべて自然に死んだものは食べてはならない。町の内におる寄留の他国人に、それを与えて食べさせることができる。またそれを外国人に売ってもよい。あなたはあなたの神、主の聖なる民だからである。』(申命記14:21)
自然死したものを食べる事は、確かに衛生上良くないが、死は、罪から来る報酬である。(ローマ6章)
私達は、世の人々と同じように、自らの罪が結実した「死」を飲み食いして、罪や死と一体化してはならない。

『子やぎをその母の乳で煮てはならない。』(申命記14:21)
子は、新しく生まれたいのちで、大切に育てていくべきものであり、母は、自らのからだを開いて新しいいのちを生み出し、それを自らの乳でもって養い、守り、育てていくものである。
その、母と子の両方のいのちを奪って、いのちの養いである乳で煮る行為は、いのちへの愛情を、いのちの養いを踏みにじる行為である。

私達は、世とサタンからは分離して生きるべきであり、聖と俗と切り分け、いのちと死とを切り分け、聖なる者として、いのちにあって歩むべきである。

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