メッセージ - 主のおびきよせ作戦(ヨシュア記8:10-17)
礼拝説教メッセージ音声:主のおびきよせ作戦(ヨシュア記8:10-17):右クリックで保存
『アイの王はこれを見て、すべての民と共に、急いで、早く起き、アラバに行く下り坂に進み出て、イスラエルと戦った。しかし、王は町のうしろに、すきをうかがう伏兵のおることを知らなかった。ヨシュアはイスラエルのすべての人々と共に、彼らに打ち破られたふりをして、荒野の方向へ逃げだしたので、その町の民はみな呼ばわり集まって彼らのあとを追い、ヨシュアのあとを追って町からおびき出され、アイにもベテルにも残っているものはひとりもなく、みな出てイスラエルのあとを追い、町を開け放して、イスラエルのあとを追った。』(ヨシュア記8:14-17)
主がともにおられ、主の守りがあるはずの、ヨシュアとその軍勢が、神を恐れぬ罪深い敵の前から逃げる。
それは、ヨシュア達にとっては、屈辱的な時かもしれないが、それは敵を徹底的に殲滅するために必要であり、また、わずかな期間である。
私達も時に、敢えて、敵の前から逃げるような屈辱的な所を通らされるかもしれない。
しかしそれは、滅ぼされるべき者達の罪が明らかとされ、彼らに為される処罰が当然の結果であると、誰の目にも明らかにされるためである。
『わたしたち自身は、あなたがたがいま受けているあらゆる迫害と患難とのただ中で示している忍耐と信仰とにつき、神の諸教会に対してあなたがたを誇としている。これは、あなたがたを、神の国にふさわしい者にしようとする神のさばきが正しいことを、証拠だてるものである。その神の国のために、あなたがたも苦しんでいるのである。すなわち、あなたがたを悩ます者には患難をもって報い、悩まされているあなたがたには、わたしたちと共に、休息をもって報いて下さるのが、神にとって正しいことだからである。
それは、主イエスが炎の中で力ある天使たちを率いて天から現れる時に実現する。その時、主は神を認めない者たちや、わたしたちの主イエスの福音に聞き従わない者たちに報復し、そして、彼らは主のみ顔とその力の栄光から退けられて、永遠の滅びに至る刑罰を受けるであろう。』(2テサロニケ1:4-9)
主はよく「おびきよせ作戦」をされる。
敵をおびきよせている間は、敵はいい気になって、勢いづくが、最終的には、おびきよせた敵を根絶するために、敢えて、そのように泳がせているのである。
主がなされたおびきよせ作戦の中で有名なのは、主が紅海でエジプト軍を滅ぼした場面だろう。
『主はモーセに言われた、イスラエルの人々に告げ、引き返して、ミグドルと海との間にあるピハヒロテの前、バアルゼポンの前に宿営させなさい。あなたがたはそれにむかって、海のかたわらに宿営しなければならない。』(出エジプト記14:1-2)
主はイスラエルに、来た道を引き返して海のかたわらに宿営せよと命じられ、あたかも、道に迷っているかのような行動を取るよう指示を与えられた。
あちらこちらを迷走し、片側は海という逃げられない所で宿営している状況である。
それは、襲う者からすれば絶好のチャンスであり、自分達からすれば絶体絶命な立場に身を置きに行く行動だが、主はその先を見越しておられ、わざとそう命じられたのだ。
『パロはイスラエルの人々について、『彼らはその地で迷っている。荒野は彼らを閉じ込めてしまった』と言うであろう。わたしがパロの心をかたくなにするから、パロは彼らのあとを追うであろう。わたしはパロとそのすべての軍勢を破って誉を得、エジプトびとにわたしが主であることを知らせるであろう」。彼らはそのようにした。』(出エジプト記14:3)
主はこの行動によって、パロがどう思うかも、どのような企みを持って指示をするのかも含めて、全てをモーセにあらかじめ伝えた。
パロの心をかたくなにするのも主がなさる事であり、そうする理由は、イスラエルに主がおられ、主は力強く偉大である事を、エジプト人だけでなく全世界に示すためである。
主の導きに沿って歩む私達も、人の目から見たら、愚か極まりない状況、危険極まりない状況へと、あえて主が導くことがある。
それは、私達の側に力強い主がおられ、私達を愛し、確かに守り、導いておられる事を世が知るためであり、ゆくゆくは主の民である私達に安息を与え、思いもよらなかった程の富や名誉を与えるためである。
今のこの世は、天的な、大々的なおびきよせ作戦の真っ最中とも言える。(ダニエル9:24-27、マタイ13:24-30、黙示録16章)
定められた時が来た時、主に敵対し、好き放題に聖徒を虐げていた者達は、一気に裁かれ、そして、忍耐して主を拠り所として歩んできた人達に、主は、豊かに報いて下さるのである。