メッセージ - あのペテロさえも(使徒2:12-24)
礼拝説教メッセージ音声:あのペテロさえも(使徒2:12-24):右クリックで保存
韓国語通訳有 한국어예배
聖霊のみわざを見た大勢の人達が驚き惑っていたところ、ペテロが立ち上がり、大胆に語り始めた。
いつも一言多かったり、とんちんかんな事を言ったり、素晴らしい告白をしたすぐ後に「サタン」呼ばわりされたり、裏切らないと言ったその日に裏切ったりした、あのペテ
ロが、大勢の前で、堂々と、御言葉を引用して説教し、人々を悔い改めに導いたのだ。
バルヨナ(人の子)シモンには、とうていありえないわざである。
彼は霊に促された(14節)からこそ、このような事ができたのだ。
霊に促されてしまったら、人間業ではないわざを、せざるを得ない形でしてしまうのである。
見ていた人達の中には、あざ笑って、酒に酔っているのだ言った者もいたが、ペテロは朝だから酒に酔っているのではないと釈明した。
そもそも、起こった出来事を見れば酒を飲んでではない事は明らかである。
彼らは風の大音響のために集まったのだし、色々な国の言葉を一瞬で身に付ける事も出来ないし、神様のおおいなるみわざは酔っ払って話せる事ではない。
ペテロはむりそ、大いなる奇跡よりも、ナザレ人イエスというお方について時間を割いて丁寧にメッセージしている。
ペテロはまず、預言者ヨエルの言葉を引用し、この出来事は今の終りの日に神が全ての人達に霊を注いだ結果だと語った。
あらゆる世代の者達も、身分の高い低いも問わず、霊が注がれる。
息子や娘達、つまり、当時は数にも数えてもらえなかったような幼い者達さえ、神の言葉を預かる者となる。
若者達は霊が注がれれば幻を見、希望とビジョンを持って行動する事ができる。
また老人さえ夢を見、歳をとっても将来に対する夢と希望が持てるようになる。
ヨエル書では続いて、天における大いなる徴について記されており、主題は「主の名を呼ぶ者は全て救われる」という事である。
すなわち、ペテロの説教の主題は、その「主」イエスである。
主は数々のしるしを伴って、ご自身が神の子である事を示されたのだ。
今の時代、ヨエル書に出てくるようなしるしが多く現れているが、私達が伝えるべきは、こうした天のしるしではなく「主イエス」である。
主は確かに生きておられ、あの臆病でそそっかしいペテロも大胆な説教者に変えられた。
「してみると、あなたがたも、悪い者ではあっても、自分の子どもには良い物を与えることを知っているのです。とすれば、なおのこと、天の父が、求める人たちに、どうし
て聖霊を下さらないことがありましょう。」(ルカ11:13)
この終りの時代、聖霊が豊かに与えられ、イエスというお方を大いに伝える皆さんでありますように、イエスの名前によって祝福します!