メッセージ - 露わにしてしまった秘密(士師記16:15-17)
礼拝説教メッセージ音声:露わにしてしまった秘密(士師記16:15-17):右クリックで保存
『そこで女はサムソンに言った、「あなたの心がわたしを離れているのに、どうして『おまえを愛する』と言うことができますか。あなたはすでに三度もわたしを欺き、あなたの大力がどこにあるかをわたしに告げませんでした」。』(士師記16:15)
デリラは以前にも増して彼を陥れようと誘惑して来るのに、サムソンは何も言い返せない。
彼は嫌われたくないがために、既に三度もウソをついた負い目があるからだ。
相手が自分を陥れようと来るなら、なにもウソを言わずとも、真理の言葉て叱りつければ良いのに、嫌われたくないからと言って適当にあしらっているなら、その不誠実を掴まれてしまい、何もできなくなってしまうのだ。
多くのキリスト者も、信仰の無い人から嫌われたくないがために、同じ罠に陥っている。
『女は毎日その言葉をもって彼に迫り促したので、彼の魂は死ぬばかりに苦しんだ。』(士師記16:16)
水の絶え間ない滴りを用いた拷問もあるが、女性からの雨漏りの滴りにも似た毎日の言葉責めは、男性にとっては死ぬばかりに辛い。(箴言27:15)
かつてのサムソンの妻も、同じ方法によって、彼から秘密を聞き出したために、彼はペリシテ人との賭けに負けてしまった。
箴言に記されている。
『賢い妻はその夫の冠である、恥をこうむらせる妻は/夫の骨に生じた腐れのようなものである。』(箴言12:4)
妻は、夫にとって、骨の中の骨である。だから、妻が腐れた言葉で毎日迫って来るなら、夫は骨に神経痛の元を抱えているようなものであり、夫がたとえ、屈強なペリシテ人千人をもってしても苦しめる事が出来ない程、力があるとしても、たった一人の腐れた妻によって、死ぬほど苦しい目に遭うのだ。
『彼はついにその心をことごとく打ち明けて女に言った、「わたしの頭にはかみそりを当てたことがありません。わたしは生れた時から神にささげられたナジルびとだからです。もし髪をそり落されたなら、わたしの力は去って弱くなり、ほかの人のようになるでしょう」。』(士師記16:17)
頭、それは、栄光をあらわす重要な部位である。
預言者エリシャのはげ頭をあざけった四十二人の子供は、呪われ、熊にかき裂かれてしまった。(2列王記2:23-24)
『すべての男のかしらはキリストであり、女のかしらは男であり、キリストのかしらは神である。』(1コリント11:3)
女のかしらは夫であり、女が長い髪をしているのは女の栄光(同15節)、ひいては、その夫にとっても栄光であるように、ナジル人として神に捧げられていたサムソンのかしらは、神であり、彼の髪の長さは、神の栄光のあらわれなのだ。
その髪を剃る事は、彼から神の栄光を取り上げるものである。
私達はキリストにあるなら、男も女も、全てキリストの花嫁であり、私達のかしらなるキリストの栄光をあらわす者だ。そのアイデンティティは、誰にも奪われてはならない。
『あなたは自分の水ためから水を飲み、自分の井戸から、わき出す水を飲むがよい。あなたの泉を、外にまきちらし、水の流れを、ちまたに流してよかろうか。それを自分だけのものとし、他人を共にあずからせてはならない。』(箴言5:15-17)
サムソンは、決して露わにしてはならない力の泉の源を、ペリシテ女に撒き散らしてしまった。
私達も、決して露わにしてはならない泉、独り占めにしなくてはならない泉がある。
それは、いのちの泉の源、イエス・キリストである。
『わが子よ、どうして遊女に迷い、みだらな女の胸をいだくのか。人の道は主の目の前にあり、主はすべて、その行いを見守られる。悪しき者は自分のとがに捕えられ、自分の罪のなわにつながれる。彼は、教訓がないために死に、その愚かさの大きいことによって滅びる。』(同20-23節)
サムソンは両親の教訓にも聞かずに遊女に迷い、みだらな女に捕らえられ、その愚かさの故に、滅ぼす者へ自分の首を差し出してしまった。
私達はこの事に戒めを受け、守るべきものは決してあらわにする事なく、平和と尊厳の内に生るものでありたい。