メッセージ - 羊飼い達 - 忠実な養い人達への特別な現れ(ルカ2:8-20)
羊飼い達 - 忠実な養い人達への特別な現れ(ルカ2:8-20)
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イエス様の誕生を祝いに来たのは、博士たちの他に、もう一組あった。羊飼い達と羊達である。
博士(マゴス)たちは、異邦人でありながら、キリストのおとずれをイスラエルの誰よりも早く察知し、自ら贈物を携え、遠くから旅して来たのに対し、羊飼い達はベツレヘム(意味:パンの家)近辺に住んでいたが、主のお生まれは知らなかった。しかし、主の御使達によって、直接的にメシヤのおとずれを告げられるという栄誉にあずかる事が出来た。今回、そのような栄誉に与る事の出来た彼らの性質を見て行きたい。
羊飼いの仕事は、羊達が十分に食べる事ができるよう牧草地や水のほとりへと導き、野獣が現れた時には、杖やむち、石投げ等を用いて追い払う事である。羊は近視眼で、愚かで、養うのに忍耐と手間がかかる。
そんな面倒臭い羊の面倒なんか見たくないからか、イエス様がお生まれになる時代は、羊を飼う職業よりも、商売人になったり、王宮で仕えたりと、より楽で華やかな職業へ、人々は流れて行ったのかもしれない。
当時のイスラエルでは、羊飼いは卑しい仕事とされ、住民登録にも呼ばれない程だった。
しかし、私達・教会は、まことの羊飼いであられるイエス様を中心とした、羊飼いと羊達の集団である。
羊飼いの祖先はアベルで、アブラハムも、その子たちも皆、牧者として生活して来た。モーセもダビデも皆、羊飼いを経験して来た。そしてまことの羊飼いは、主キリストである。羊飼いは、神の民の性質とも言える。
羊飼いという「主の働き人」たる資格は、「イエス様を愛します」という告白にある。ペテロは主から「わたしを愛するか」と3度問われ、彼は「はい」と応える度に「わたしの羊を飼いなさい」と言われた。(ヨハネ21章)
現代の教会も、まことの牧者であるイエス様に養われるべき羊たちを、養い、育て、訓戒するべきなのだ。
主のお生まれを告げ知らされる栄誉に与ったのは、羊飼いである。彼らにメシヤのおとずれが告げ知らされた時は、夜、人々が眠る時間であり、その時、彼らは目を覚まして、羊たちを見守っていた。(8節)
クリスマスのイメージといえば、やはり夜であり、闇世の中で光を輝かせる性質が、クリスマスにはある。
同じように、キリストがやがて来られる時も、夜のような闇の時代であり、その中でメシヤのおとずれにあずかれる人とは、霊的にいつも目を覚まし、養うべき羊達を、汚いなどと言って厭う事無く忠実に養い、食事時にはきちんと食事を与える、思慮深く、いつも心ぞなえしている人である。(マタイ24:42-51)
主は、羊飼い達に「恐れるな」と言われた。そして、全ての民に与えられる大きな喜びを「あなたがたに」伝える、と言われ(10節) また、救い主が「あなたがたのために」お生まれになった、とも告げられた。
救い主の恩恵に真っ先にあずかれるのは、羊飼い達であり、彼らに与えられるしるしとは、「幼な子が布にくるまって飼葉おけの中に寝かしてある」事。きょう、私達のためにお生まれになった救い主、キリストは、なんと粗末な布にくるまれ、馬のエサ箱に入れられ寝かされているという。ユダヤ人の王であられる尊いお方であるはずのキリストは、何ととぼしく、何と低く、卑しくなられただろう。そのお陰で、卑しく貧しい私達でも、救い主のおとずれを祝い、喜び、そこに集う事が出来るようになったのだ。
『するとたちまち、おびただしい天の軍勢が現れ、御使と一緒になって神をさんびして言った、「いと高きところでは、神に栄光があるように、地の上では、み心にかなう人々に平和があるように」。』(13−14節)
この賛美は、なんと荘厳で、美しいハーモニーの内に歌われたであろうか。この賛美は、何万もの聴衆が集う世界最大の劇場のような所でこそ相応しいと思うものだが、これに同席できた者は、僅かな羊飼い達と、羊達だけだった。なんともったいない、と思うかもしれないが、それが主の方法である。
主は、主の恵みを受け取るべき人には、これ以上無いと思える程のゴージャスな恵みを与えてくださるが、それは限られた聖徒達へ密かに与えられるものであり、そうでない者には、決してあずかれないのだ。
羊飼い達は、このお告げを受けた時、急いで見に行った。彼らは博士達のような捧げ物は持っていなかったが、「御声に聞き従い、すぐに行動する」という、雄羊の脂肪にも勝るいけにえを捧げた。(1サム15:22)
私達は王になりたがったり、王宮のような華やかな晴れ舞台でラクに活躍したい所があるが、主はむしろ、羊飼いのように、養いを必要としている羊の面倒を、労苦を厭わず率先して行う人にこそ、現れてくださる。
この暗闇の時代、御言葉のパンの家で、主の羊達を忠実に養い、誰にも味わう事の出来ない素晴らしい救いのおとずれと、栄光の賛美に与る皆さんでありますように!イエス様の名前によって祝福します!