メッセージ - 十字架の前の宴 - 弟子達の足を洗う(ヨハネ13:1-20)

十字架の前の宴 - 弟子達の足を洗う(ヨハネ13:1-20)

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礼拝メッセージ説教音声配信 » 主日礼拝
執筆 : 
pastor 2015-3-15 22:04

十字架の前の宴 - 弟子達の足を洗う(ヨハネ13:1-20)
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ベタニヤのマリヤは、高価なナルドの香油の壺を割って、イエス様に注ぎ尽くし、女の冠である髪でイエス様の「足」をぬぐって、主の葬りの前に最高の「宴」を王の前に設けた事を、前回見た。
彼女の捧げた香油には、イエス様に対する愛と尊敬と信仰も混ざり、その高貴な香りは、部屋いっぱいに満ちたばかりでなく、天にも香り高く立ち登り、永遠の記念として全世界へと広がって行った。
しかしそこには、イエス様を裏切ろうとするイスカリオテのユダも同席していた。彼は、彼女の捧げる心とは真逆の心を持ち、その香油を値踏みし、彼女の捧げ方を「無駄」と評価して、表向きは正論を言っているようでも、内心は彼女の捧げた香油をカネに変え自分のものにしたかったのだ。イエス様はそんなユダの思いを見透かしていたが、そんなユダに対しても、あくまで平和に、愛と赦しの眼差しをもって、さとした。
今回、イエス様の受難を前に、ユダや弟子たちに自ら「愛の宴」を設けたイエス様の言動を見て行きたい。

『過越の祭の前に、イエスは、この世を去って父のみもとに行くべき自分の時がきたことを知り、世にいる自分の者たちを愛して、彼らを「最後まで(テロス:極限まで,徹底的に,完全に)」愛し通された。』(ヨハネ13:1)
肉体にあって弟子たちと接する事の出来る時間は、もう僅かしか残っていない。そう悟ったイエス様は、世に残って主の働きをしなくてはならない弟子たちに、愛(アガペー)を極限まで余すところ無く示された。
マリヤがイエス様の足を髪で拭ったように、イエス様ご自身、弟子達の足を洗われ、宴を設けられたのだ。
『ペテロはイエスに言った、「わたしの足を決して洗わないで下さい」。イエスは彼に答えられた、「もしわたしがあなたの足を洗わないなら、あなたはわたしとなんの係わりもなくなる。」』(8節)
私達は、イエス様を主とし、血潮の洗いによって清くされたが、この肉体にはまだ罪の刺がささっており、世を歩く歩みにおいて、どうしても汚れを受けてしまう。主はそれを洗い、拭って下さる。イエス様がそうして下さるからこそ、私達とイエス様は親密な関係を保てるが、それを拒むなら、何の関係も無くなってしまう。

足を洗った相手には、当然、イエス様を売り渡そうという気のあるイスカリオテのユダも含まれている。
皆さんは、聖徒の尊い捧げものに、汚物を塗ったような者に、しかも、サタンに心奪われて自分を裏切ろうという心を孕んでいるのを知りながらにして、その相手の足元に座し、足を洗って拭えるだろうか。
これは裏切ろうとしている彼への当て付けではない。愛(アガペー)を極限まで余すところ無く示される故だ。
イエス様は、肉体におけるお別れの前、愛する弟子達だけでなく、裏切ろうとするユダにさえ、足を洗うという「宴」を設けられた。ユダはこの時、裏切ろうという心はあったものの、具体的行動をまだ起こしておらず、永遠の救いの可能性は充分あったし、イエス様もそうなる事を望んで、足を洗われたのだろう。
私達の主であり、師であるイエス様がそうされたからには、私達も、互いに足を洗い合うべきだ。(14節)

16節以降、イエス様は「遣わす」という言葉を何度か使っている。
『僕はその主人にまさるものではなく、つかわされた者はつかわした者にまさるものではない。』(16節)
私達の主は当然イエス様であり、イエス様に「遣わされる者」だ。しかし、全ての者がそうではない、と言われる。(18節) イエス様のパンを食べ、イエス様に足を洗ってもらった人が全てイエス様を「主」とするわけではなく、逆に、かかとを上げるような者も、いるのだ。ユダだけは、イエス様を取り替え可能な「師」とした。
弟子達はこの時点、これから何が起こるのか、自分達がこれからどうなって行くのかを、まだ知らない。
イエス様は、もうすぐこの世の肉体を離れるが、弟子達はまだ、艱難あるこの世にしばし残らなくてはならない。この後、イエス様は渡され、彼らは散らされ、ある者は裏切り、ある者は主を知らないと三度、宣言する。
そして十字架を経た後、主に留まった弟子達には、聖霊が与えられ、主イエスの使徒として働く事になる。
ある者は苦難が、ある者は殉教が定められている。それら全ての前に、そんな彼らを愛しいとおしむ心が溢れたからこそ、上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って彼らの足を洗い、汚れを落とし、拭われたのだろう。
世において、私達は主がおられる天の故郷を望みつつ、また、その天に多くの魂たちを救い入れるべく、多くの働きが残っているが、主はそんな私達に、愛を余すところ無く、完全に注いでおられる。その働きの前に、主は私達にも宴を設けられ、私達の足を洗ってくださる。主に全てを洗い清められ、世に遣わされ、御国のために多くの働きをする皆さんでありますように!イエス様のお名前によって祝福します!

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