メッセージ - アナニヤとサッピラ(使徒5:1-11)
礼拝説教メッセージ音声:アナニヤとサッピラ(使徒5:1-11):右クリックで保存
韓国語通訳有 한국어예배
アナニヤとサッピラはたちどころに死に、その事を聞いた原初教会は大きな恐れに包まれた。
少しでも不正な心を持って捧げれば即滅びるのであれば、教会に集う多くの者は既に倒れているはずであるが、そうでもない。
なぜ彼らに、このような事が起きたのか。
アナニヤとサッピラが行ったのは、土地を売って聖徒達の足者に置いたのだから、外見的には立派な行動である。
しかし、彼らの心は「全く逆」で、心はサタンに満たされ、聖霊を欺いていたのだ(3節)。
主は、そのような事は、そのまま捨て置かず赦されない。
当時はまだ新約聖書が無かったが、この出来事によって、神様は何を望んでおられ、何を赦されないのかを、聖徒達は厳粛に知って行く事ができたであろう。
私達は日常生活において、このお金は神様に捧げ、このお金は生活のため活用する、といった仕分けをするが、それはもちろん正当な行為である。
問題は、聖徒達は自分の資産を売って一円違わずきっちり捧げなくてはならない、といったような事ではなく、「心の内をサタンで満たし、聖霊を欺く」事であって「代金を」ごまかすという行為に限った事ではない。
主の御霊を試みて、世の富に心奪われるというのは、ヨシュアの時代のアカンのように「滅び」を自分の内にとどめておくような事である。
世と世の欲望(肉の欲、目の欲、資産の誇り)は滅びるものだが(1ヨハネ2:15-17)、彼らが残しておいたものは、まさしく「滅び」だったのである。
私達という神の畑は、キリストのからだなる教会に、全て売りつくしたはずである。
キリストの血によって買い取られた代金をごまかし、肉の欲、目の欲、資産の誇りのために残してはならない。
この夫婦はその時その場に倒れたが、もし、サタンに心満たされ聖霊を欺いたままで、奉仕や捧げ物をするなら、早かれ遅かれ倒れる。
それはとても厳粛な事であり、古今東西全ての聖徒に対する戒めである。
憐れみと猶予が与えられている今、キリストの血の値は差し引きする事なく、捧げるべきは全て捧げ尽くしたものとする皆さんでありますように。
イエス様の名前によって祝福します!
横浜天声キリスト教会 copyright 2011