メッセージ - 悪者の口は血を求め、正しい人の口は人を救う(1サムエル記24:8-22)

悪者の口は血を求め、正しい人の口は人を救う(1サムエル記24:8-22)

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pastor 2015-5-21 23:50

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無防備のサウルに手をかける事なく、そのまま行かせたダビデは、サウルについていった。

『ダビデもまた、そのあとから立ち、ほら穴を出て、サウルのうしろから呼ばわって、「わが君、王よ」と言った。サウルがうしろをふり向いた時、ダビデは地にひれ伏して拝した。』(1サムエル記24:8)
ダビデのサウルとの対話は、サウルから罵倒されつつ槍を投げつけられて、逃げて以来であろう。
それ以来、ダビデは長い間サウルから命を狙われ続けてきたが、そんなサウルへの最初の言葉は、「わが君、王よ」であり、王への尊敬と礼節を込めたものであった。

ダビデはサウルに、「どうしてあなたはわたしを狙うのですか」とは言わず、『どうして、あなたは「ダビデがあなたを害しようとしている」という「人々の言葉」を聞かれるのですか。』と言った。(1サムエル記24:9)
つまりダビデは、サウルの心にある「ダビデは自分を害そうとしている」という思いは、サウル自身から出たものではなく、サウルではない別者の言葉である事、そしてサウルは、その”偽り”を信じこまされており、自分は全くサウルを責める気は無いと表明している。

実際ダビデの言う通り、サウルは、サウル由来でない別者の言葉を信じ込んでおり、それに従ってダビデを害そうとしているのだ。
サウル由来でない別者の言葉・・・それは、サタンの言葉である。
サタンは偽りの父であり、人の心に偽りを吹きこませ、「サウル、ダビデはお前の王座を狙っているぞ」「今ダビデを殺しておかないと、一族もろとも殺されてしまうぞ」などと、サウルの心に語りかけていたのだ。
常に何かに狙われているような感じがする人、誰も彼も信じられないような、根拠なき恐れに脅えている人は、大体、暗闇から語りかけられる「別者」の言葉を頭に吹き込まれ、それに従って行動してしまうのだ。

ダビデはサウルを責めず、サウルの内に聞こえてくる偽りの声こそ真の敵であり、サウル自身を本来的な真理に気付かせ、立ち返らせようとしたのだ。
なんという配慮であろうか。
まさにキリストの十字架上の執り成し「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」を思い出す。

『わが父よ、ごらんなさい。あなたの上着のすそは、わたしの手にあります。わたしがあなたの上着のすそを切り、しかも、あなたを殺さなかったことによって、あなたは、わたしの手に悪も、とがもないことを見て知られるでしょう。あなたはわたしの命を取ろうと、ねらっておられますが、わたしはあなたに対して罪をおかしたことはないのです。』(1サムエル記24:11)
サウルの上着のすそは刃物で切り取っても、サウルの命には刃を向けなかった。
その行いによって、ダビデは、サウルのいのちを狙うつもりなぞ一切無い事を示した。
さらにダビデは、サウルに、彼自身のおるべき立ち位置を思い起こさせている。

『イスラエルの王は、だれを追って出てこられたのですか。あなたは、だれを追っておられるのですか。死んだ犬を追っておられるのです。一匹の蚤を追っておられるのです。』(1サムエル記24:14)
ダビデはサウルを「イスラエルの王」と呼んだ。
イスラエルの「王」であるなら、もっと他にするべき事はあるでしょう、こんな無害な「死んだ犬」のような者を追う事に、時間とエネルギーを使うよりは、困っている人のためにさばきをしてやるとか、実際の敵であるペリシテ人への防護を強化するなど。

悪霊に憑かれている人を、健全に立ち返らせるためには、「主イエスの名によって悪霊よ出て行け」と声を張り上げるよも、もっと効果的な方法がある。
それは、本人に真理を思い起こさせ、真理における自分の立ち位置に気付かせ、それを口で告白させる事だ。
ダビデはサウルに、彼は「神の国・イスラエルの王」である事を思い起こさせた。私達も、主イエスを信じる信仰によって、神の子であり、王族の祭司であり、聖なる国民であるという真理の立ち位置に立つ時、卑屈だった心、汚れた思い、罪の悩みは霧散するのである。

『ダビデがこれらの言葉をサウルに語り終ったとき、サウルは言った、「わが子ダビデよ、これは、あなたの声であるか」。そしてサウルは声をあげて泣いた。』(1サムエル記24:16)
ダビデの言葉によって、サウルは「人の心」を取り戻した。
『悪しき者の言葉は、人の血を流そうとうかがう、正しい人の口は人を救う。』(箴言12:6)
『正しいくちびるは王に喜ばれる、彼は正しい事を言う者を愛する。王の怒りは死の使者である、知恵ある人はこれをなだめる。』(箴言16:13)

『サウルはまたダビデに言った、「あなたはわたしよりも正しい。わたしがあなたに悪を報いたのに、あなたはわたしに善を報いる。きょう、あなたはいかに良くわたしをあつかったかを明らかにしました。すなわち主がわたしをあなたの手にわたされたのに、あなたはわたしを殺さなかったのです。人は敵に会ったとき、敵を無事に去らせるでしょうか。あなたが、きょう、わたしにした事のゆえに、どうぞ主があなたに良い報いを与えられるように。』(1サムエル記24:17-19)
ダビデはまことに、イエス様のご性質を表している。
人はイエス様に対して悪をはかり、ののしり、十字架につけたのに、イエス様はののしられてもののしり返さず、悪で返す事なく、赦し、執り成し、十字架の死に至るまでも従順を貫き通し、全てのさばきを全能者に委ねられた。

『今わたしは、あなたがかならず王となることを知りました。またイスラエルの王国が、あなたの手によって堅く立つことを知りました。それゆえ、あなたはわたしのあとに、わたしの子孫を断たず、またわたしの父の家から、わたしの名を滅ぼし去らないと、いま主をさして、わたしに誓ってください」。』(1サムエル記24:20-21)
サウルは、今まで心の中で何となく思っていた事が、確信となった。
すなわち、ダビデこそ王の器であり、やがてダビデこそイスラエルの王座につき、イスラエルを正当に建て上げていくという事を。
サウルはその事を「確信」したために、ダビデが王となった際に、自分の子孫を断つ事はしないでほしい、と願ったのだ。

『そこでダビデはサウルに、そのように誓った。そしてサウルは家に帰り、ダビデとその従者たちは要害にのぼって行った。』(1サムエル記24:22)
こうしてダビデはサウルと和解したのだが、サウルと一緒に宮殿へ帰ることは、しなかった。
昨日まで主の嫌われる事に埋没していた人が、悔い改めの言葉を発し、和解したからと言って、両手放しに彼を信頼して身を委ねるのは、早計である。
その前に、彼が日々悔い改めにふさわしい実を結ばようと努力し、その「実」を積み立てるかどうかを、見極める必要があり、彼がしっかり主にあって自制できるようになるまで、しっかり見届けるべきだ。
次章以降のサウルを見ると、残念ながら彼は、悔い改めに相応しい実を結ばせず、以前の悪い状態へと戻ってしまう事になる。

いずれにせよ、サウルに一時的に人の心が戻ったのは、ダビデの愛の行動ゆえである。
私達もダビデのように、与えられた権威に対して、愛と真実をもって接し、多くの人を悪から立ち直らせる皆さんでありますように!
イエス様のお名前によって祝福します!

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