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メッセージ - 主にあって動かざること山の如し(2サムエル記2:1-11)

主にあって動かざること山の如し(2サムエル記2:1-11)

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礼拝メッセージ説教音声配信 » 講解説教(旧約) » 2サムエル記
執筆 : 
pastor 2015-7-10 23:50

礼拝説教メッセージ音声:主にあって動かざること山の如し(2サムエル記2:1-11):右クリックで保存

『この後、ダビデは主に問うて言った、「わたしはユダの一つの町に上るべきでしょうか」。主は彼に言われた、「上りなさい」。ダビデは言った、「どこへ上るべきでしょうか」。主は言われた、「ヘブロンへ」。』(2サムエル記2:1)

ダビデは王としての油を注がれたのだから、そのままイスラエルに行って、王を名乗っても良かったはずなのに、彼は勝手には動かなかった。
「ユダの一つの町に上るべきでしょうか」という、実に小さな所から主の御心を求めた。
まだサウル家が全滅した訳でなく、自分が勝手に王である事を表明するべき時ではないからだ。
サウルは主の御言葉を乗り越え、心の赴くままにさっさと仕出かし、失敗したのに対し、ダビデは、実に小さな事から主に導きを求め、示された導きの通りに行動した。

第二サムエル記に入ってから、ダビデが全イスラエルの王となるまでの間、ダビデの行動パターンは、一言で言えば「受け身」である。
ダビデが自分から積極的に行動したといえば、この、ペリシテの地からヘブロンへと移った事くらいで、それについても主に御心を伺い、主のゴーサインがあってから行動した。
以降、ダビデは特に自分から進んで行動する事はなく、ダビデの計り知れぬ所で周りの状況が自ら動き、その動いた状況に対してダビデは何らかの表明をする、というパターンが続いてゆき、そうして彼は「半自動的に」王になって行く。

たとえば、1章でも、サウルの死の知らせがダビデの所に舞い込んで来た時、ダビデはそれに対し「サウルを殺した」と言った若者を殺し、サウル家のために哀歌をつくり、自分はサウルの死を喜んではいない、むしろ、サウル家に対する尊敬と悲しみを、表明した。
また3章でも、アブネルの申し出には平和裏に応じ、そして部下が勝手にアブネルを殺した時も、自分はそれを認知せず関わっていなかった事を表明し、アブネルの死については、痛みと悲しみを表現して哀歌をつくって断食した。
4章でも、サウルの子・イシュ・ボシェテが殺された時も、その殺した者をダビデは殺し、自分には、サウル家を害するような意図は一切無かった事を表明した。

もし何かのたくらみや流血ごとが起きたなら、それに対して、自分は潔白である事、また、その事に対し自分はいのちと御言葉に即する立場である事を、はっきり表明する必要がある。
その事は、ミニストリーや団体が大きくなればなる程、また、有名になればなる程、そのような「表明」や「対応」は必須となって来る。

もしダビデが「自分は何の関係も無い」「だから何の対応も必要ない」と言って、何の行動も対応もせず、何の見解も述べないなら、人々はダビデを疑っただろう。
サウル家に次々と起こるこの流血ごとは、もしかしたらダビデが裏で糸を引いていたのではないか、優しそうな素振りをして、実は恐ろしい男なのでは、もし彼が王になるなら、どんなに恐ろしい事が待っているだろう、といった噂が立って、人々のダビデに対する心象は悪くなって行った事だろう。
だから私達は、自分がしたのではないけれど、何か事件が起こった時、自分の潔白といのちに立った見解を表明するべきであり、それは有名になればなるほど、また、事業が、ミニストリーが拡大すればする程、その対応が必要になって来る。

『そこでダビデはその所へ上った。彼のふたりの妻、エズレルの女アヒノアムと、カルメルびとナバルの妻であったアビガイルも上った。ダビデはまた自分と共にいた人々を、皆その家族と共に連れて上った。そして彼らはヘブロンの町々に住んだ。時にユダの人々がきて、その所でダビデに油を注ぎ、ユダの家の王とした。』(2サムエル記2:2-4a)
ダビデ達は、主から示された地・ヘブロンへと上り、そこに定住して地歩を得、子供達を産み、力を養って行った。
ヘブロン。その名の意味は「連合」「結合すること」であり、アブラハムやカレブなど信仰の先人たちが仮住まいした地である。
ダビデがこれから色々の人と連合し、イスラエル各部族と結合して行き、イスラエルの王とされるまで、その地で一時的に養われる。それに相応しい地と言える。

『人々がダビデに告げて、「サウルを葬ったのはヤベシ・ギレアデの人々である」と言ったので、ダビデは使者をヤベシ・ギレアデの人々につかわして彼らに言った、「あなたがたは、主君サウルにこの忠誠をあらわして彼を葬った。どうぞ主があなたがたを祝福されるように。どうぞ主がいまあなたがたに、いつくしみと真実を示されるように。あなたがたが、この事をしたので、わたしもまたあなたがたに好意を示すであろう。
今あなたがたは手を強くし、雄々しくあれ。あなたがたの主君サウルは死に、ユダの家がわたしに油を注いで、彼らの王としたからである」。』(2サムエル記2:4b-7)

ダビデは、ヤベシ・ギレアデの人々がサウル家にした忠誠の行為が伝えられた時、それに対する見解を「表明」する事を忘れなかった。
人々は、それまで思っていたかもしれない。
ダビデはサウルの生前、サウルに命を狙われていた、だから彼はサウルの死を喜んでいて、サウルに味方していた者達を、これから非道い目にあわせていくのではないか、と。

しかし、この度のダビデの表明を見て、それまでサウルに仕えていた人々は、安心しただろう。
ダビデはサウルのように、力でねじ伏せたり、恐怖政治で統率して行くのではなく、平和に穏健に統治して行く人だ、と。
これもまた、主イエス・キリストのご性質と同じである。

私達も、主の働きを展開して行く上で、このような、御言葉にかなった平和的な表明は、大切である。
お世話になった人に対して、しっかりお礼をし、良き事をした人には祝福し、そして、真実でない事が起きた時には、明確にNOの意思表示をする。
そのような行動は、平和の内に栄えていく人のたしなみである。

『さてサウルの軍の長、ネルの子アブネルは、さきにサウルの子イシボセテを取り、マハナイムに連れて渡り、彼をギレアデ、アシュルびと、エズレル、エフライム、ベニヤミンおよび全イスラエルの王とした。サウルの子イシボセテはイスラエルの王となった時、四十歳であって、二年の間、世を治めたが、ユダの家はダビデに従った。ダビデがヘブロンにいてユダの家の王であった日数は七年と六か月であった。』(2サムエル記2:8-11)
アブネルは、サウルの有能な将軍である。
彼は、かのペリシテの戦いでも生き残っていた。
彼は、サウルの子、イシュ・ボシェテを王として擁立し、以後、アブネルがサウル家の、そしてイスラエルの実質的な支配者となって行く。

それに対しダビデは、ヘブロンでの7年半の間、着実に力をつけて行く。それも、待ちの姿勢によって。
「動かざること山の如し」は、武田信玄の言葉だが、私達もダビデのように、「主にあって動かざること山の如し」を通し、火の粉が降りかかって来た時には、しっかり振り払い、平和と命の見解を表明して行くなら、主にあって着実に養われ、力を得て行く。

『主に信頼して善を行え。そうすればあなたはこの国に住んで、安きを得る。主によって喜びをなせ。主はあなたの心の願いをかなえられる。』(詩篇37:3)

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