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メッセージ - 花婿を迎え入れた花嫁 - ダビデを迎え入れたエルサレム(2サムエル記5:6-16)

花婿を迎え入れた花嫁 - ダビデを迎え入れたエルサレム(2サムエル記5:6-16)

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礼拝メッセージ説教音声配信 » 講解説教(旧約) » 2サムエル記
執筆 : 
pastor 2015-7-24 12:47

花婿を迎え入れた花嫁 - ダビデを迎え入れたエルサレム(2サムエル記5:6-16)

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いよいよ今回、エルサレムにダビデ王が入城し、この都はイスラエルのものとなる。
エルサレム。
この都は今後、聖書に何度も登場する重要な都である。

『王とその従者たちとはエルサレムへ行って、その地の住民エブスびとを攻めた。エブスびとはダビデに言った、「あなたはけっして、ここに攻め入ることはできない。かえって、めしいや足なえでも、あなたを追い払うであろう」。彼らが「ダビデはここに攻め入ることはできない」と思ったからである。』(2サムエル記5:6)
ダビデが入る前、エルサレムは「エブス」という町で、エブス人が住んでいた。
ヨシュアの時代、そこはベニヤミン族のものとして割り当てられていたが(ヨシュア18:21-28)、ベニヤミン人はそこを自分のものとせず、ずっと放置してエブスが住むままにしていた。

この都、エルサレムの成り立ちは、私達キリスト者の成り立ちと、よく共通している。

エルサレムが最初に聖書に登場するのは、いつだろうか。
それは実は、かなり早い段階で、イスラエルの父祖アブラハムの時代である。
『その時、「サレム」の王メルキゼデクはパンとぶどう酒とを持ってきた。彼はいと高き神の祭司である。彼はアブラムを祝福して言った・・・。』(創世記14:18-20)
この「サレム」が、エルサレムの初期の名である。
そして、そこを支配していた王は、あのアブラハムを祝福した偉大な祭司・義の王であるメルキゼデクだった。

しかし、いつしかエブスという邪悪なカナン人が、この都を占拠し、支配するようになってしまった。
「エブス」の名の意味は「踏み潰す」、「エルサレム」の名の意味は「平和という土台」である。
元々は義の王が支配していた「平和の土台」という都は、やがて、「踏み潰す」者たちに占拠されてしまった。
これは人間の成り立ちにも、非常によく似ている。

人間は元々、神の似姿として創造され、永遠に、神と共に平和に生きるはずだったが、人はいつしか、邪悪な者に踏みにじられてしまった。
人を不当に踏みにじった者、それはサタンである。
それ以来、人の内側は不法で満ち溢れ、罪によって占拠されてしまった。

時代が降り、ヨシュアの時代、「エブス」となっていたエルサレムの町は、ヨシュアのくじによって、ベニヤミンの地とされたが、ベニヤミン族はその町をずっと放置したままにした。
一時、ユダ族がその町を攻め取ったものの(士師記1:8)、その後もエブス人が住み続けていた、という事は、ベニヤミンはせっかく邪悪な者どもをユダ族に追い払ってもらったのに、そこを神の民で満たす事をせず、空き家のままに放置したのだろう。
それで再びエブス人が来て住むようになって、以前よりももっと攻め落としづらくなってしまった。

人も同じように、悪しきものが内側から追い出されたとしても、そこを良きもので満たしていないなら、もっとたちの悪い七つの悪霊が来て住みつくようになってしまい、以前よりももっと悪い状態になってしまうのだ。(マタイ12:43-45)

長らく続いた邪悪な者による占拠状態から、ようやくエルサレムを救ったのが、ダビデだった。
『ところがダビデはシオンの要害を取った。これがダビデの町である。・・・ダビデはその要害に住んで、これをダビデの町と名づけた。またダビデはミロから内の周囲に城壁を築いた。こうしてダビデはますます大いなる者となり、かつ万軍の神、主が彼と共におられた。』(2サムエル記5:7-10)
偉大な王・ダビデがエルサレムに介入して入り、邪悪な者達をなぎ払い、神の民が住む都とした。
こうしてこの都は、偉大な王・ダビデが名を置く所となり、さらに強固に建て直され、やがては、聖なる神殿がその中に構築されて行く。

私達キリスト者も、同じ事を経験している。
罪の奴隷状態として、邪悪な感情や思いの占拠状態であったこの心と身体に、まことのダビデであるイエス様が介入して入って来られ、罪や汚れをなぎ払い、神のものとして、私達を邪悪な者サタンから分捕り返して下さった。
さらには、私達を聖霊の住まわれる宮とされ、偉大な王・イエス・キリストが住まわれる「神殿」とされた。
『あなたがたは神の宮であって、神の御霊が自分のうちに宿っていることを知らないのか。』(1コリント3:16)

しかし後に、エルサレムの都は、主を敬わない身勝手な王達によって、不法をはびこらせてしまう。
主が預言者を遣わし、それを戒めても、彼らはそれを無視し続け、ついにはバビロンという破壊者によって破壊されてしまう。
『ああ、エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、おまえにつかわされた人たちを石で打ち殺す者よ。ちょうど、めんどりが翼の下にそのひなを集めるように、わたしはおまえの子らを幾たび集めようとしたことであろう。それだのに、おまえたちは応じようとしなかった。見よ、おまえたちの家は見捨てられてしまう。わたしは言っておく、『主の御名によってきたる者に、祝福あれ』とおまえたちが言う時までは、今後ふたたび、わたしに会うことはないであろう」。』(マタイ23:37-39)

私達も、まことのダビデであるイエス様を軽んじ、身勝手な思いに身を委ね、戒めを無視し続けるなら、破壊されてしまう。
しかし、イスラエルが後に憐れみを受けたように、私達も悔い改めて立ち返るなら、主は豊かに赦し、回復させて下さるのだ。

エルサレムは2015年現在、神殿の丘にはイスラムのモスクが建っており、未だ、不純なものが混在している状態である。
だが将来、主の時に必ず完全で純粋なものへとつくり変えられる。
『また、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために着飾った花嫁のように用意をととのえて、神のもとを出て、天から下って来るのを見た。』(黙示録21:2)
その時、エルサレムは完全で清いものとなり、キリストの花嫁として、永遠にキリストのものとされる。

エルサレムがまだその途上であるように、今、私達も完成される途上にある。
私達のこの肢体には、相変わらず罪と義が混在状態になっていて、この身体を着ている間、しばし、うめかなくてはならないが、しかし私達がまことのダビデであるキリストを王として迎え入れる時、私達はこの地上の束縛から解放され、天に属するものとして、聖なる栄光の歩みをして行く事が出来、そして、来るべきキリストの花嫁として、ますます整えられて行くのである。

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