メッセージ - 十字架の主を運んで行くろば(マタイ21:1-11)

十字架の主を運んで行くろば(マタイ21:1-11)

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礼拝メッセージ説教音声配信 » 主日礼拝
執筆 : 
pastor 2017-4-9 16:15

十字架の主を運んで行くろば(マタイ21:1-11)
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週報/メッセージ(説教)概要

 本日より始まる1週間は、主の十字架で苦まれた事を覚える「受難週(聖週間)」、本日はその起点の「しゅろの聖日(パームサンデー)」である。すなわちイエス様がろばに乗ってエルサレムに入り、人々は「ホーシアン・ナー(ああ救って下さい)」と叫びながらしゅろの葉を持って迎えた事を覚える日である。
 イエス様は、もうすぐご自身を十字架へと引き渡す都・エルサレムに入る重要な時、荷を運ぶ「ろば」を選ばれ、用いられた。しかもわざわざ二人の弟子を遣わして、これこれの所にろばが繋がれているから、引いてきなさい、もし何か言われたら「主がお入り用なのです」と答えなさい、そうしたら渡してくれるから、と。
主の働き人達も、このろばと同じ仕方で召し出される。私達は、主を知る前から、主からのご指名をいただいており、いざその時が来ると、主の使いが迎えに来て、世の主人へ繋がれている縄が解かれ、誰かが「どうしてほどくのか」と言うなら、「主がお入り用なのです」という言葉によって、放たれる事がゆるされる。
待っておられるイエス様の所へとエスコートされ、弟子が着るべき衣服をかぶせられ、そうしてイエス様を人々の前へと運んで行く働きに入る。主は、軍馬や戦争に用いる道具は絶やし、平和の支配を地の果てから果てまで行われる(ゼカリヤ9:10)。だからイエス様は闘う事を好む者は用いず、柔和な人を用いられる。
ろばに乗られるイエス様は、見えない神のかたちであり、造られたすべてのものより先に生まれた方。
万物は彼にあって造られ、天にあるもの地にあるもの、見えるもの見えないもの、王座も主権も支配も権威も全て彼によって造られた。万物は彼によって造られ、彼のために造られた(コロサイ1:15-18)。彼は万物より先に存在し、万物は彼にあって成り立っている。その偉大なお方が、柔和に、ろばに乗って私達の内に入って来られ、私達を用いられる。彼は途方も無い「へりくだり」を示された。それは途方も無い慰めである。

「群衆のうち多くの者は自分たちの上着を道に敷き、また、ほかの者たちは木の枝を切ってきて道に敷いた。そして群衆は、前に行く者も、あとに従う者も、共に叫びつづけた、「ダビデの子に、ホサナ。主の御名によってきたる者に、祝福あれ。いと高き所に、ホサナ」。」(8節)  
ホザナとは「ああ救って下さい」という意味である。群衆はイエス様が通られる道に、自分の衣服や、しゅろの枝を敷いたが、イエス様に「ああ救って下さい」と口先で言う人の全員が救われるという訳ではない。
実際この時、イエス様に「ああ救って下さい」と言っていた人のほとんどが1週間後、イエス様を「十字架につけろ」と言う側へ回ってしまい、イエス様が復活された後も、戻って来なかった人が大勢いた。
本当にイエス様に救われたいと願うなら、「悔い改め」をしなくてはならない。衣服を道に敷くような外見的な事よりもまず、荒野で叫ぶ者の声に従い、悔い改める事こそ、『主の道を用意』する事だ(ルカ3:1-18)。
荒野で叫ぶ者の声、すなわちバプテスマのヨハネは言った。悔い改めにふさわしい実を結べ、主は石ころからでもアブラハムの子孫を起こす事が出来る、と。さらに言う。持っている人は、持っていない人に分け与え、特権や力づくによって不当に圧迫せず、正統な仕事を為し、与えられているもので満足しなさい、と。
だから、物や才能を持たない人に心を配らない事、特権や力づくによって、あるいは、横暴な言葉によって不当に人を苦しめ、悲しめ、搾取するような類のあらゆる事は、一切脱ぎ捨て、悔い改めるべきである。
多くの人は、お金や生活などの必要が満たされる事を「救い」と勘違いし、特権や力を駆使し、奪って手に入れようとするが、救いの根拠は、明確に、私達の神にあり、ほふられた小羊にある。(黙示録7:10)
エルサレムの人々が、しゅろの枝を手に持ってイエス様を迎えた場面は、黙示録7章を見れば、彼が天国に入城する時の事の予表である事が分かる。彼らはしゅろの枝を手に持ち、次のように賛美する。「救は、御座にいますわれらの神と、小羊からきたる」(黙示録7:10) 彼らが手にしているしゅろの木はギリシャ語で「フォイニクス(不死鳥の語源)」、イスラエルでは永遠の命の木として知られ、天国にも生えている木である。
これは、主は死ぬが、すぐにまた復活する事を象徴している。救いの根拠、それは、天地を創られ、ろばを召し、ろばに乗られ、人々から十字架につけられ、死なれた方、そしてよみがえられた方、ただこのお方だ。

ろばは、イエス様を運んで行く。彼を十字架につける人々の元へ。人は皆、イエス様を十字架につけた。
そしてイエス様は、全人類の身代わりとなられた。このイエス様を信じて、救われる人もいれば、自分が王でありたいために、イエス様を十字架につけて葬り去りたい人もいる。いずれにせよ、私達・主の働き人は、ただ召し出されるままに召され、行かされる所へと行き、十字架の主を人々の元に運んで行けば良いのだ。

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