メッセージ - おっちょこちょい集団が出し抜く時(使徒12:12-19)
礼拝説教メッセージ音声:おっちょこちょい集団が出し抜く時(使徒12:12-19):右クリックで保存
韓国語通訳有 한국어예배
御使いによるペテロの奇跡的な救出劇に対して、教会の応対はどうだったか。
それは、記録さえしないでおれば格好が良いまま終わっていたのに、と思える程、おっちょこちょいな対応だった。
教会はペテロが助かる為に祈っていたはずなのに、いざ、その張本人が本当に助かって目の前に現れてみると、にわかには信じられなかったようだ。
彼らは「さあ祈るぞ」「ねえ聞いて聞いて」「気が変になったのだ」「守護天使だろう」など等、おしゃべりしたり盛り上がったりする事が、好きだったようである。
私達も本来の祈りの目的を忘れ、仲間内でおしゃべりしたり盛り上がる事を第一にしているなら、ロデのように、おっちょこちょいな者として永遠に記されてしまうかもしれない。
しかし主は、これは叶えられないだろうと人に思えるような祈りでも、あざやかに応えてくださる御方である。
当初、ヘロデ王も兵士達も、こんな弱くまとまりの無い集団を潰すなど朝飯前、と思っていたかもしれない。
ヘロデ王は国家権力を用い、二重の衛所に鉄の門、16人体制という抜かり無さでやっていたのに対し、
教会は、集って祈っていただけで、ペテロに至っては、単に寝ていただけである。
ところがその教会というおっちょこちょいで抜かり有りな集団のほうが、ヘロデ王達を出し抜いたのだ!
彼らには、キリスト者達に手を出すと痛い目に遭うぞ、と大いに印象付けられたに違いない。
私達の主イエスにより頼み、十字架の死に明け渡しているなら、このように、主が実に痛快な救いを与えて下さるのである。
「12:16 しかし、ペトロは戸をたたき続けた。彼らが開けてみると、そこにペトロがいたので非常に驚いた。」
天使は鉄の門をやすやすと開いたが、教会の門までは開かなかった。
確かに主は、私達を縛る鎖を断ち切り、行く手を阻む鉄の門も開く。
しかし、教会の門も、天の門も、天使にではなく私達教会に委ねられているのである。
「わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる。あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる。」(マタイ16:19)
為す術も無く滅んでいく者達や、主を知らない者達のために大いに祈り、教会の門を開き、そして呪いや悪しき者達に対しては、門を閉じるべきである。
「夜が明けると、兵士たちの間で、ペトロはいったいどうなったのだろうと、大騒ぎになった。
ヘロデはペトロを捜しても見つからないので、番兵たちを取り調べたうえで死刑にするように命じ」(使徒12:18)
当時の衛兵達は、囚人を逃がしてしまうと、その囚人の刑が科せられてしまうという決まりがあった。
聖徒達の痛快で朗らかな様子に対し、ヘロデの部下達は、何と悲惨な事だろう。
トップが呪われているなら、例え強く有用な者達が集まっていてもその組織は呪われている。
しかし、主イエスの名の下にある集まりであるなら、どんなに要領悪く弱い集団であっても、そこは祝福されているのだ。
主にしっかり繋がって痛快な救いを体験し、天の門をしっかり管理する皆さんでありますように。
イエス様の名前によって祝福します!