メッセージ - ハデスに勝利したサレプタの小さなコイノニア(1列王記17:17-24)

ハデスに勝利したサレプタの小さなコイノニア(1列王記17:17-24)

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礼拝メッセージ説教音声配信 » 主日礼拝
執筆 : 
pastor 2018-4-15 10:58

ハデスに勝利したサレプタの小さなコイノニア(1列王記17:17-24)
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週報/メッセージ(説教)概要

 前回、神の国を第一とする(リションする)人には干ばつの時でも主が直接養って下さり、生活も保障される事を、サレプタのやもめから学んだ。彼女は預言者からの主の言葉通り、かめに残った最後の粉・最後の油を捧げた事で、干ばつの間、粉も油も尽きる事なく、本人自身も、息子も、そして預言者も、養われた。
確かに主を第一とする人は主から養われるが、かといって災いが全く起こらないかというと、そうではない。
『これらの事の後、その家の主婦であるこの女の男の子が病気になった。その病気はたいそう重く、息が絶えた』(1列王記17:17) エリヤを養っていたやもめの子が、死んだ。なぜ?と思う。いのちを生かすための奇跡が続いていたのに。私達にもこのような、分からない事が起きる。祝福されるはずの信仰生活を落ち度なく続けていた、と思っていたのに。どうしてこういう事が起きるのだろう。本日、その事を学びたい。

イエス様の時代にも、似た事が起きた。イエス様が愛しておられたラザロが病気であるとイエス様が聞いた時、主はすぐに行かず、敢えてその所に2日留まり、彼が死んでから、そこへ行かれた。(ヨハネ11章)
この行動は、弟子達やラザロの姉妹に、そして私達にも、不可解に思える。しかしイエス様は言われる。
「この病気は死ぬほどのものではない。それは神の栄光のため、また、神の子がそれによって栄光を受けるためのものである」(ヨハネ11:4) つまり、愛する人が死ぬ事を敢えて許し、そして蘇らせるという、この一連の過程を通して、人々は神の栄光を見、神の子が栄光を受け、主の言葉こそ真実である、と信じた。
これらの事が起きるのは、神が栄光を受け、そして、人々が信じるためである(ヨハネ11:15,26-27,45)。
彼女は聞く。『あなたは私の罪を思い出させるため…においでになったのですか。』(18節) 彼女が真っ先に思い当たったのは自分の罪だった。人はなぜ死ぬのか?書いてある。「罪の支払う報酬は死である」(ローマ6:23) 彼女は子の死を自分の罪の問題ととらえ、神の人に来た。このような人は救いから遠くない。
干ばつの中、尽きない粉と油に満足し、無意識に飲み食いしている恵みのさ中、生かされるのは結局、「肉」だけであり、そのまま満足して主に求めないようでは、霊は死んで行くという事を、彼女達は分かっていなかった。結局、最も大切なのは、神様への日ごとの感謝と信頼だ、という事を忘れてしまうなら、最も大切な子が死ぬ事により、死を孕んだ罪の問題へ心を向け、永遠の救いへ至る信仰に至らせて下さるのだ。
私達も、死を孕んだ罪の問題を解決して下さるイエス様に、日毎、助けて下さいと祈り続ける必要がある。

サレプタでは、霊の養いと肉の養いを互いに共有し助け合う、ちいさな「交わり(コイノニア)」があった。
エリヤは彼女に「子を私によこしなさい」と言って彼女のふところから子供を取った(19節)。彼女はずっと子をふところに握りしめていたが、問題をずっと握りしめたまま状況を悪くし、最悪になって、ようやく信仰者に渡す、という事はせず、すぐに信仰者に渡す事もまた、交わりの中で大事である。信仰による祈りは、病む人を回復させ、義人の祈りは働くと大きな力がある。また、罪の問題についても互いに祈り合いなさい、と書いてある(ヤコブ5:13-18)。私達も、いかに小さな交わりでも、罪について、死についての問題を、交わりの中で互いに告白し合い、祈り続けて行くなら、そこはハデスの門さえ勝つ事は出来ないのだ。

エリヤは三度祈って、ようやく祈りが聞かれ、子供の命が戻った。雨が降るように祈った時も、7度祈って、ようやく小さな雲が現れた。あのエリヤが、なぜ一度の祈りで答えられないのか。もし私達がたった一度の宣言や、たった一度の祈りで何でも聞かれるなら、主にしがみついて行こうとする心がどんどん薄くなり、傲慢になってしまうだろう。だから、主が与えて下さる時まで求め続け、探し続け、叩き続ける必要がある。
このように、「なぜ」と思える問題が起きる事も、あるいは、必要が備えられるにしても「日々」「僅か」である事も、それで主への感謝をすぐ忘れやすい私達が、生涯、日ごと、主に祈り頼み続けて生きて行けるのだ。
彼女は息子が生き返らされて、知った事が二つある。エリヤが神の人である事と、彼の口にある主の言葉は真実である事だ(24節)。こうしてエリヤの言葉はますます権威を帯び、彼が仕える神は、栄光を受けた。
私達もエリヤのように、神の言葉を伝える時、神の子としての栄光が与えられ、私達が神の言葉を語る時、人々は心して耳を傾けるのだ。こうして、預言者と彼を支える信仰者のやもめという、サレプタの小さなコイノニアで、彼らは干ばつの時代を乗り切って行った。私達も今、ここにコイノニアがある。この交わりを尊く保ち、互いに祈り合い、励まし合い、罪と死の問題を解決して行く皆さんでありますように!

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