メッセージ - 主が天を押し曲げて助けに来て下さる人の性質とは(詩篇18:9-19)
主が天を押し曲げて助けに来て下さる人の性質とは(詩篇18:9-19)
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主はこの宇宙さえも主が創られた偉大なお方であり、宇宙も、この御方をお入れする事が出来ない。
この主と交わりを持てる事は、とてつもない幸いである。
前回の所で、ダビデは、苦しみの中からこの主に助けを叫び求めた所、主は答えて下さる。
18:9 主は「天(シャマイム、複数形)」をたれて下られ、暗やみがその足の下にありました。
宇宙を創られた偉大な主は、諸天を押し曲げて降りてこられた。
天には、三つの種類がある。すなわち、上を見上げると見える天(宇宙)と、暗闇の勢力や悪霊どもが棲む「空中」(エペソ2:2)と、そして、パウロが見てきた「第三の天」(2コリント12:2)すなわち天国である。
主は、主に助けを求める人の叫びを聞くと、この諸天を押し曲げて、降りてこられる。それも、主の敵である暗闇を、足の下に踏みにじって。
闇に囚われ、死に飲み込まれそうな時、助けを呼び求める私達のために主は降りてこられ、闇を踏みにじって下さるのだ。
ダビデはそれまで、色々な敵が現れた。
その敵は、ゴリヤテのように強大あった事もあれば、サウル王のような国家の最高権威だった時もある。
あるいは、アブシャロムのように愛するわが子だった時もあるし、地を満たすほどの大軍団だった事もある。
しかし天地を支配しておられる万軍の主は、それら全てからダビデを助け出された。
それはダビデの専売特許ではなく、全て、主を呼び求める者に対し、その助けを遂行されるのである。
こんなに素晴らしい主が、こんなにちっぽけで取るに足りない自分に関わって下さるとは、なんと恐れ多く、そしてなんと素晴らしい事だろう。
18:10 主はケルブに乗って飛び、風の翼をもってかけり、
18:11 やみをおおいとして、自分のまわりに置き、水を含んだ暗い濃き雲をその幕屋とされました。
ケルブの複数形はケルビムで、この生き物はいつも主のすぐそばに侍り、聖と俗とを区切る者として、あるいは、聖なる領域を、炎をもって守る者としての役割があり(創世記3:24)、また、主を運ぶ役割がある。
『生きものの頭の上に水晶のように輝く大空の形があって、彼らの頭の上に広がっている。大空の下にはまっすぐに伸ばした翼があり、たがいに相連なり、生きものはおのおの二つの翼をもって、からだをおおっている。・・・彼らの頭の上の大空の上に、サファイヤのような位の形があった。またその位の形の上に、人の姿のような形があった。・・・そしてその腰とみえる所の上の方に、火の形のような光る青銅の色のものが、これを囲んでいるのを見た。わたしはその腰とみえる所の下の方に、火のようなものを見た。そして彼のまわりに輝きがあった。そのまわりにある輝きのさまは、雨の日に雲に起るにじのようであった。主の栄光の形のさまは、このようであった。』(Eze1:22-28)
このケルビムの凄まじい性質がエゼキエル書にある。
1:22 生きものの頭の上に水晶のように輝く大空の形があって、彼らの頭の上に広がっている。、
1:23 大空の下にはまっすぐに伸ばした翼があり、たがいに相連なり、生きものはおのおの二つの翼をもって、からだをおおっている。
1:24 その行く時、わたしは大水の声、全能者の声のような翼の声を聞いた。その声の響きは大軍の声のようで、そのとどまる時は翼をたれる。
1:25 また彼らの頭の上の大空から声があった。彼らが立ちとどまる時は翼をおろした。
1:26 彼らの頭の上の大空の上に、サファイヤのような位の形があった。またその位の形の上に、人の姿のような形があった。
1:27 そしてその腰とみえる所の上の方に、火の形のような光る青銅の色のものが、これを囲んでいるのを見た。わたしはその腰とみえる所の下の方に、火のようなものを見た。そして彼のまわりに輝きがあった。
1:28 そのまわりにある輝きのさまは、雨の日に雲に起るにじのようであった。主の栄光の形のさまは、このようであった。わたしはこれを見て、わたしの顔をふせたとき、語る者の声を聞いた。
2:1 彼はわたしに言われた、「人の子よ、立ちあがれ、わたしはあなたに語ろう」。
ケルビムの有様は、ただでさえ恐ろしいのに、それを乗り物とし、エゼキエルが見ることも出来ない程、遠大な上方から語られる主のあり様は、なんと恐ろしい事だろう。
そしてこの主が、天を押し曲げて、呼び求める主の聖徒達のために降りてこられるとは、なんと驚くべき事、なんと凄まじい恵みだろうか。
18:12 そのみ前の輝きから濃き雲を破って、ひょうと燃える炭とが降ってきました。
18:13 主はまた天に雷をとどろかせ、いと高き者がみ声を出されると、ひょうと燃える炭とが降ってきました。
18:14 主は矢を放って彼らを散らし、いなずまをひらめかして彼らを打ち敗られました。
主は、主の敵に、ひょうと燃える炭を降らせ、いなずまを落とし、数えきれないような海の砂のような数の敵に対しても、いなずまでかき乱された。
主は火も水も操作し、大地を動かし、天を押し曲げ、物理法則をも押し曲げ、助けてて下さった。
このように主は、ダビデのみならず、私達を含めた、全ての主を畏れ敬う人達、主に助けを呼び求める人達を、自然界のあらゆる事象を動かし、助け出して下さるのだ。
18:15 主よ、そのとき、あなたのとがめと、あなたの鼻のいぶきとによって、海の底はあらわれ、地の基があらわになったのです。
主が風を送られると、海は右左に壁となって立ち、神の民にはその間を渡らせ、神の民を追い迫ってきたエジプト軍には、水の壁をその前に砕かせ、彼らを水中へと沈めさせた。(出エジプト記14章)
主のいぶき、これは人にいのちを与え(創世記2:7)、死の大水を過ぎ去らせ、全地を覆った洪水の水をも乾かす。(創世記8:1)
悪者は、まさに主の息吹が吹き飛ばすもみがら、しかし、実がある人を、主はその御蔵に納めて下さる。
18:16 主は高い所からみ手を伸べて、わたしを捕え、大水からわたしを引きあげ、
18:17 わたしの強い敵と、わたしを憎む者とから/わたしを助け出されました。彼らはわたしにまさって強かったからです。
18:18 彼らはわたしの災の日にわたしを襲いました。しかし主はわたしのささえとなられました。
主はなぜ、ダビデを特別扱いし、彼を「ひいき」にされたのだろうか。
一体主は、どのような人を喜び、ダビデのように「ひいき」にされるのだろうか。
詩篇147:8 主は雲をもって天をおおい、地のために雨を備え、もろもろの山に草をはえさせ、
147:9 食物を獣に与え、また鳴く小がらすに与えられる。
147:10 主は馬の力を喜ばれず、人の足をよみせられない。
147:11 主はおのれを恐れる者と/そのいつくしみを望む者とをよみせられる。
主が喜びとされるのは、主を恐れる者と、そのいつくしみを望む者である事が書いてある。ダビデはまさにその性質だった。
主は、呼び求める者に、喜んで答えて下さる。
小がらすが、食物を下さい、と主に向かって鳴くなら、主は与えて下さる。
そうであるなら、ましてや主を呼び求める民に、どうして主は答えてくださらない事があるだろうか。
18:19 主はわたしを広い所につれ出し、わたしを喜ばれるがゆえに、わたしを助けられました。
主はダビデを、広い所へ、連れ出して下さった。
広い所、それは、全て主と共に歩む人に与えて下さる土地である。
創世記26:22 イサクはそこから移ってまた一つの井戸を掘ったが、彼らはこれを争わなかったので、その名をレホボテと名づけて言った、「いま主がわれわれの場所を広げられたから、われわれはこの地にふえるであろう」。
26:23 彼はそこからベエルシバに上った。
26:24 その夜、主は彼に現れて言われた、「わたしはあなたの父アブラハムの神である。あなたは恐れてはならない。わたしはあなたと共におって、あなたを祝福し、わたしのしもべアブラハムのゆえにあなたの子孫を増すであろう」。
26:25 それで彼はその所に祭壇を築いて、主の名を呼び、そこに天幕を張った。またイサクのしもべたちはそこに一つの井戸を掘った。
主はイサクにも広い所を与えられ、安心して産んで増えて地に満ちていける場所を備えて下さった。
主は、呼び求める者を、喜んで下さる。
私達も、イエス・キリストを信じる信仰によって、栄光の神の子とされたのだから、おりにかなった助けを得るために、はばかる事なく大胆に進み出て、必要な全ての助けを頂く事ができるのだ。