メッセージ - 預言されていた真の王の性質(イザヤ9:1-7)

預言されていた真の王の性質(イザヤ9:1-7)

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礼拝メッセージ説教音声配信 » 主日礼拝
執筆 : 
pastor 2019-12-15 18:30

主日礼拝
預言されていた真の王の性質(イザヤ9:1-7)
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週報/メッセージ(説教)概要

 この待降節第三週は、キリストはどのようなお方として現れるのかを、第五の福音書とも呼ばれているイザヤ書から見たい。イザヤはやがて現れるメシヤがどのようなお方であるのか、700年前に啓示を受けていた。
 
 『ひとりのみどりごがわれわれのために生れた、ひとりの男の子が我々に与えられた・・・そのまつりごとと平和とは「増し加わって(לםרבה レマルベー)」限りなく、ダビデの位に座して、その国を治め、今より後、とこしえに公平と正義とをもってこれを立て、これを保たれる。』(イザヤ9:6-7) 有名なメシヤ預言であるが、原典の巻物は「増し加わって」の所が法則を破った形で記されている。ここの二番目の語メム(ם)は、通常形の開いたメム(מ)で記されなければならないのに、敢えて語末形の閉じたメム(ם)で代々記されて来た。
 なぜイザヤはそのように記したのか、ラビ達には代々ミステリーだった。ただラビ達は、開いたメムは開かれた胎を、閉じたメムは、閉じられた胎と理解している。イザヤはなぜ「法則破りのメム」を用いつつ、「主権と平和は増し加わる」と書いたのか。それは神は、処女という「閉じた胎」に、聖霊によってみごもらせ、そのみどりごの主権と平和は、法則破りの形で増し加わって行く、という事を啓示しているのではないだろうか。
 
 この来たるべきみどり子、ダビデの王座に座す王は、世の王達とは全く違った法則破りの王となっていく。
この王は、通常の世の王と、どう違うか。世の王は、人々の上に立って権力をふるい支配するが、神の国の王たる者はそうであってはならない、と イエス様は言う。神の国における王たる者は、皆に仕える者、しもべになりなさい、と。『人の子がきたのも、仕えられるためではなく、仕えるためであり、また多くの人のあがないとして、自分の命を与えるためであるのと、ちょうど同じである。』(マタイ20:28)
 主が立てたダビデ王も、そうだった。彼がサウル王に追われている時、彼の元には、困窮した人、負債を負っている人、心に苦さを覚えている人達が来た(1サムエル記22:2)。このダビデ王でなければ養えない、この王でなかったら保護されない、この王がなかったら、慰めを受けられない、そういう、一寸先が見えない人達がダビデの元に集まって来た。よりによって、サウルに命を狙われ、優れた人材を欲している時に。
 しかしそれが、ダビデを「真の王」にするための、主のトレーニングだった。たとえ苦しい状況の中にあったとしても、そんな彼らを、嫌がらずに受け入れ、彼らと共に、諸々の歩みを一緒に味わっていく。それはまさに羊飼いの性質である。アブラハムもモーセも、信仰の先人たちは皆、一様に羊飼いを経験したのだ。
羊飼いとして、弱くおろかないのちを養う者の姿勢こそ、主が求める真の王の姿であり、そして真の王・真の羊飼いであるイエス・キリストの性質である。ダビデは、そのように集った600人を受け入れ、共にサウルから逃れつつ、共に訓練を受け、そしてダビデが王になった時、彼らは優れた勇士になっていた。
 対してサウル王は、世の王と同様、自分の元に優れた有能な人々をはべらせ、王権を堅固なものにした。
一見すると、ダビデの群れは、サウルの軍団にたちまちやられてしまうかのように見えるが、実質、ダビデの群れはいつでもサウルの軍団の一歩先を行っていた。主にとっては、ダビデのような羊飼いの群れを、サウルのような者から守るのは、当然の事だった。主は私達にも、まず羊飼いである事を求めておられ、そして羊たちを養うのに十分な力を与えてくださる。私達もこの時代、ダビデのように、御前でへりくだった者となり、そしてゴリヤテのような敵・サタンに対しては凛々しく立ち向かって勝ち得る者となるべきである。
 
 このダビデの王座に座す王・メシヤなるイエスこそ、王の中の王である。イザヤは幻の中で、闇を完璧に吹き飛ばす偉大な光としてメシヤを見、それはガリラヤから輝き上る、と記した(イザヤ9:1-2)。ガリラヤはちょうど、イエス様が福音宣教を始められた所である。そこには、病を負い、悪霊に虐げられ、苦さを覚えている「闇の中を歩んでいた人達」があふれた所であったが、そこにイエス・キリストという大きな光が照った。
 キリストに照らされ、キリストに歩む人達はやがて増えて行き、彼らの喜びを増し加えられ、豊かな刈り入れを喜ぶように、または分捕り物を分けるときに楽しむように、御前で喜ぶ(3節)。そして、彼らの重荷も、肩のむちも、虐げる者の杖も、粉々に砕かれ、互いが互いを傷つけ、血を流し、戦いながら生きて来た今までの歩みも、火のえじきとして終わらせて下さる(5節)。それが、処女から生まれる「ひとりのみどりご」である。
 このアドベントの時、ダビデのように、主の前につつましく、しかし敵に対しては凛々しく立つ羊飼いとして、真の王の性質を身につけて行く皆さんでありますように!イエス様のお名前によって祝福します!
 

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