メッセージ - アブラハムの「思い切りの良さ」を身に着けよう(創世記12:1-15:1)

アブラハムの「思い切りの良さ」を身に着けよう(創世記12:1-15:1)

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礼拝メッセージ説教音声配信 » 主日礼拝
執筆 : 
pastor 2020-8-30 8:20

主日礼拝

アブラハムの「思い切りの良さ」を身に着けよう(創世記12:1-15:1)

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週報/メッセージ(説教)概要

 アブラハムは、全ての信仰者の父である。彼の素晴らしさは、何と言っても、主の言葉を即、実行に移す「思い切りのよさ」である。普通の人が聞けば、「えっ」と思えるほど、大胆に行動してしまう。最愛の子イサクを全焼のいけにえとして捧げなさい、と言われた時などは、その翌朝、早速その場所に出かけた程だ。
今回、彼の御言葉に対する思い切りの良さと、それによって受けた祝福の法則から、恵みをいただきたい。
 
 彼は75歳の時、主から「父の家を離れよ」と言われた時、彼はつべこべ言わず、すぐ離れ(12:4)、次の節では、もう約束の地カナンに入ってしまった。実に思い切りが良いが、彼はそこから、主から許容された範囲外へと行ってしまった(9節)。そこではききんに遭い、その不足を満たすために、さらに主が示した地から遠くエジプトへと降ってしまった。そこに神を恐れる文化は無く、みんな弱肉強食の価値観で生きていた。
彼は恐れ、媚びて、悪知恵を働かせ、彼の美しい妻サラを、妹だと言う事によって良い待遇を受けられるだろうと思案し、実行した。結果、サラはパロに召し入れられ、その代わり彼は多くの家畜や資産、男女の奴隷を得た。神は彼を責めるのではなく、パロを責め、サラは返って来た。パロは彼を恐れたので、エジプトの財はそのまま持たせ、彼は、神が指定された地に戻る事が出来た。これは、神の一方的な恵みである。
 私達・神の民が栄える方法は、結局、主が行けと言われた所に行き、主が留まれと言われた場所に留まる事である。そうするなら主が雨を降らせ、百倍を実らせ、敵を恐れさせ、自動的に栄えさせてくださるのだ。
 
 13章でも、彼の思い切りの良さが発揮される。アブラムと甥のロトは互いに持ち物が増え、それぞれの羊飼いの間で争いが起きるようになった。しかし彼は気前よく、目下のロトに、先に、行きたい所を選ばせる。
 クリスチャンは何かと、和解・共存しようとしがちだが、「ソドムを良い所」と判断して行ってしまうような者と、同じ財産を共有してはならない。たとえ肉親でも、霊性が違う人、種類が違う人には、気前よく与えてでもして、離れるべきなのだ。事実、ロトと別れたとたん、主からの祝福の言葉が怒涛のように来た。この地の東西南北を永久に与える、子孫を地のちりのようにならせる、その地を縦横に歩き回りなさい、と(13:14-17)。
 
 14章では、現イラク周辺の4人の王が、現イスラエル周辺の5人の王達に戦いを挑んで勝った記事が記されているが、その時、ソドムに住んでいたロトが捕らえられてしまった。アブラムは、思い切りが良い事に、それを聞いた時、彼の家で生まれた僕たち318人を引き連れて行き、次の節では打ち破っており、さらに次の節では、もう取り返している(14:14-16)。普通、こんな破竹の勢いの強力な王達に、わずかな手勢で戦いを仕掛けるなど、無謀の極みだが、彼は、主の約束を、握りしめていたのである。主は必ず自分に子孫を下さる、自分を祝福する者を主は祝福し、呪う者を呪ってくださる、という聖なる計算をしたのだ。
 実際、主は彼を祝福し、勝利させた。彼は9人の王の上に君臨できたはずであるが、そんな事は一切興味を示さず、靴紐一本ももらわない、と言った。なんという気前の良さだろう。主が勝利を与えて下さったとはいえ、そんな財産を、彼は得てはならなかったのだ。その王達は今まで、人から分捕り、人を泣かせて所有したものである。そんなものは靴紐一本でももらったら、悪いものがつきまとってしまう。私達は確かに世において王であっても、イエス様のように、大切に、いつくしみ深く、楽しく、統治し支配するべきである。
 アブラムはむしろ、サレム(平和)の王、メルキゼデク(義の王)から、パンとぶどう酒を受け、祝福を受けた。
このメルキゼデクこそ、イエス様であり(ヘブル5-7章)、アブラムは、メルキゼデクに十分の一を捧げた。
 
 その後、主は言われた。「わたしがあなたの盾、そしてあなたへの飛び抜けて素晴らしい報酬である」と(15:1原意)。 主の祝福とは、莫大な富や栄誉などをもらうという次元ではない。主ご自身こそ私たちの莫大な報いであり、それは、世のいかなる栄光や富にはるかに勝る報酬である。主ご自身こそ、私達キリストを信じる信仰者の群れ(エクレシア:教会)が受ける「相続」なのだ。(エペソ1:20-23、1コリント3:22-23)
 アブラムの祝福の源は、主の言葉を即実行に移す「思い切りの良さ」と、主の言葉を握りしめた故の平安から来る「気前の良さ」であった。また、彼の失敗は、主の言葉の範囲を超え、世を見て、恐れ、媚びた事だった。世の富や栄光より、主イエス様ご自身を慕い求め、御言葉を即、実行に移す「思い切りのよさ」を身につけ、地上において栄えていく皆さんでありますように!イエス様のお名前によって祝福します!
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アブラハムの「思い切りの良さ」を身に着けよう(創世記12:1-15:1)
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 アブラハムは、全ての信仰者の父である。彼の素晴らしさは、何と言っても、主の言葉を即、実行に移す「思い切りのよさ」である。普通の人が聞けば、「えっ」と思えるほど、大胆に行動してしまう。最愛の子イサクを全焼のいけにえとして捧げなさい、と言われた時などは、その翌朝、早速その場所に出かけた程だ。
今回、彼の御言葉に対する思い切りの良さと、それによって受けた祝福の法則から、恵みをいただきたい。
 
 彼は75歳の時、主から「父の家を離れよ」と言われた時、彼はつべこべ言わず、すぐ離れ(12:4)、次の節では、もう約束の地カナンに入ってしまった。実に思い切りが良いが、彼はそこから、主から許容された範囲外へと行ってしまった(9節)。そこではききんに遭い、その不足を満たすために、さらに主が示した地から遠くエジプトへと降ってしまった。そこに神を恐れる文化は無く、みんな弱肉強食の価値観で生きていた。
彼は恐れ、媚びて、悪知恵を働かせ、彼の美しい妻サラを、妹だと言う事によって良い待遇を受けられるだろうと思案し、実行した。結果、サラはパロに召し入れられ、その代わり彼は多くの家畜や資産、男女の奴隷を得た。神は彼を責めるのではなく、パロを責め、サラは返って来た。パロは彼を恐れたので、エジプトの財はそのまま持たせ、彼は、神が指定された地に戻る事が出来た。これは、神の一方的な恵みである。
 私達・神の民が栄える方法は、結局、主が行けと言われた所に行き、主が留まれと言われた場所に留まる事である。そうするなら主が雨を降らせ、百倍を実らせ、敵を恐れさせ、自動的に栄えさせてくださるのだ。
 
 13章でも、彼の思い切りの良さが発揮される。アブラムと甥のロトは互いに持ち物が増え、それぞれの羊飼いの間で争いが起きるようになった。しかし彼は気前よく、目下のロトに、先に、行きたい所を選ばせる。
 クリスチャンは何かと、和解・共存しようとしがちだが、「ソドムを良い所」と判断して行ってしまうような者と、同じ財産を共有してはならない。たとえ肉親でも、霊性が違う人、種類が違う人には、気前よく与えてでもして、離れるべきなのだ。事実、ロトと別れたとたん、主からの祝福の言葉が怒涛のように来た。この地の東西南北を永久に与える、子孫を地のちりのようにならせる、その地を縦横に歩き回りなさい、と(13:14-17)。
 
 14章では、現イラク周辺の4人の王が、現イスラエル周辺の5人の王達に戦いを挑んで勝った記事が記されているが、その時、ソドムに住んでいたロトが捕らえられてしまった。アブラムは、思い切りが良い事に、それを聞いた時、彼の家で生まれた僕たち318人を引き連れて行き、次の節では打ち破っており、さらに次の節では、もう取り返している(14:14-16)。普通、こんな破竹の勢いの強力な王達に、わずかな手勢で戦いを仕掛けるなど、無謀の極みだが、彼は、主の約束を、握りしめていたのである。主は必ず自分に子孫を下さる、自分を祝福する者を主は祝福し、呪う者を呪ってくださる、という聖なる計算をしたのだ。
 実際、主は彼を祝福し、勝利させた。彼は9人の王の上に君臨できたはずであるが、そんな事は一切興味を示さず、靴紐一本ももらわない、と言った。なんという気前の良さだろう。主が勝利を与えて下さったとはいえ、そんな財産を、彼は得てはならなかったのだ。その王達は今まで、人から分捕り、人を泣かせて所有したものである。そんなものは靴紐一本でももらったら、悪いものがつきまとってしまう。私達は確かに世において王であっても、イエス様のように、大切に、いつくしみ深く、楽しく、統治し支配するべきである。
 アブラムはむしろ、サレム(平和)の王、メルキゼデク(義の王)から、パンとぶどう酒を受け、祝福を受けた。
このメルキゼデクこそ、イエス様であり(ヘブル5-7章)、アブラムは、メルキゼデクに十分の一を捧げた。
 
 その後、主は言われた。「わたしがあなたの盾、そしてあなたへの飛び抜けて素晴らしい報酬である」と(15:1原意)。 主の祝福とは、莫大な富や栄誉などをもらうという次元ではない。主ご自身こそ私たちの莫大な報いであり、それは、世のいかなる栄光や富にはるかに勝る報酬である。主ご自身こそ、私達キリストを信じる信仰者の群れ(エクレシア:教会)が受ける「相続」なのだ。(エペソ1:20-23、1コリント3:22-23)
 アブラムの祝福の源は、主の言葉を即実行に移す「思い切りの良さ」と、主の言葉を握りしめた故の平安から来る「気前の良さ」であった。また、彼の失敗は、主の言葉の範囲を超え、世を見て、恐れ、媚びた事だった。世の富や栄光より、主イエス様ご自身を慕い求め、御言葉を即、実行に移す「思い切りのよさ」を身につけ、地上において栄えていく皆さんでありますように!イエス様のお名前によって祝福します!

 

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