メッセージ - 限りない東西南北で信仰の勇士を育てよ(創世記13章)
主日礼拝
限りない東西南北で信仰の勇士を育てよ(創世記13章)
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週報/メッセージ(説教)概要
今年に入って以来、アブラハムの祝福の法則を学んでいる。それは、創世記12:1-3の通り、以前の罪のなわばりやしきたりから出て、主の御言葉で示された所へ留まる事。そうすれば、7つの祝福を得られる。
アブラハムは御言葉に従い、ひと度、約束の地に入ったものの、目の欲におびき寄せられて、主の約束の地ではない所、主の保護が無いエジプトへと行ってしまい、嘘の生活を続けた挙げ句、妻を奪われたり、散々な目に遭ったが、そこから再び約束の地に戻って、主が示された地に留まり、礼拝の生活を続けた結果、外からの災いは一切起こらなくなり、持ち物もおびただしく増えていった。(創世記13:1-4)
しかし、「内部から」問題が沸き起こった。持ち物があまりに増えすぎて行ったため、アブラハムの使用人と、甥のロトの使用人との間に争いが起こったのである(5-7節)。富や地位は、それを得て傲慢になるか、それとも、謙虚さを貫き通すかという信仰のリトマス試験紙となる。ロトは本来、目上のアブラハムの使用人との間で争いが起きたなら、率先して戒めなければならないのにそれをせず、敢えて争わせておいたのだ。
もし、富や地位を得たら、そのような傲慢が出てくるような人とは、一緒にいてはならない。このような人が、集いの中にいる間、その集いには、祝福が来ないからだ。なぜならそういう人は、主の祝福を受けると、それを利用してさらに罪を犯し、聖なる交わりに争いを引き起こして汚して、主の顔にドロを塗るからである。
アブラハムは、ロトと穏便に別れるために、場所を移り住む事において優先権をロトに与えた。私達は主の約束に留まっているなら、相手に優先権を与えたとしても、不安になる必要は無い。むしろ御言葉に自分を降ろし、御言葉の思考で、まだ見ぬ将来を見るべきだ。目の欲に従っていく人は、欲におびき寄せられ、自分の頭でいいなと思っている世界を見積もり、主の約束の地とはかけ離れた方を選んで行く。
ロトは結局、神に対して甚だ罪深いソドムへ向かって離れて行った。信仰によってではなく、欲によって物事を計る人は、どんなに良い条件を得ても、後には何も残らない。宝くじで一等を当てた人の多くは、数年で散財してしまう統計結果もあるのだ。しかし、聖なる交わりには、「ロトの類」が離れたとたん、祝福が来る。
『ロトがアブラムに別れた後に、主はアブラムに言われた、「目をあげてあなたのいる所から北、南、東、西を見わたしなさい。』(14節) この時、主は初めて「目を上げなさい」と言われた。ロトと別れた事によって、その東西南北は、一切妨げが無い東西南北となったのだ。私達も主がOKするまでは、自分の目で東西南北を見てはいけない。かつてアブラハムがエジプトに目を向けたように、誤った判断をしてしまうからだ。
しかし、主が「目をあげよ」と許可された東西南北は、もはや、何の妨げも邪魔者もいない東西南北である。
主はそこに、「永久に子孫に与える」と約束し、「子孫を地のちりのように多くし」、「その地を縦横に行き巡りなさい、それをあなたに与える」、と言われた(14-17節)。そこに至るまで、私達も従順を続けるのである。
アブラハムは、ヘブロンにあるマムレのテレビンの木の傍らに住み、そこで祭壇を築いて留まった(18節)。
そこにおいて、彼は、自分の家で生まれ育った信仰の勇士318人を訓練し、礼拝を欠かさない生活を続けた結果、前回見た、あの強力な王達に、大勝利するまでに至ったのである。
私達も、ロトのたぐいとは離れ、一切の邪魔する者がいない東西南北のまぼろしを主から得て、そこで、信仰の318人を、すなわち、栄光のテフィリン世代を育てるべきである。私たちの戦争は、世の王との戦争というよりむしろ、いかに御言葉のまぼろしをキープできるか、という戦争なのだ。主が与えて下さるまぼろしを信じ、何が起ころうともそれをキープし続け、行動するなら、一切の妨げが無い東西南北が与えられる。
そこで信仰の勇士、栄光のテフィリン世代を養い、礼拝し続けるなら、どんな世の王達にも勝利できるのだ。
今の世の中、御言葉に敵対する勢力が集結して、強大な権力や資金によって世論を支配し、嘘も強引にまかり通し、盤石の体制を整えようとしている。これは、バベルの塔の名残であるが、私達はテフィリンに よって、御言葉の塔を建てるのだ。バベルの塔は神の言葉によって崩され、バベルの塔が立った地・シヌアルの王は、前回見た通り、アブラハムの勢力318人によって討ち滅ぼされ、囚われ人は分捕り返された。 今、主は、共にコラボレーションして、信仰の次世代を育てる人を探しておられる。このグループの中で、目に見えるものによってでなく、主が見させてくださるまぼろしによって歩み、この世の王達に打ち勝つ、信仰のテフィリン世代を育て上げて行く皆さんでありますように!イエス様のお名前によって祝福します!