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メッセージ - わたしが聖であるように、あなたも聖であれ(エゼキエル43章)

わたしが聖であるように、あなたも聖であれ(エゼキエル43章)

カテゴリ : 
礼拝メッセージ説教音声配信 » 講解説教(旧約) » エゼキエル書
執筆 : 
pastor 2021-9-27 9:09

エゼキエル書講解説教

わたしが聖であるように、あなたも聖であれ(エゼキエル43章)

Youtube動画

 
※この度のメッセージでは、神殿の構造を説明するために、以下、BibliaPrintsの動画を参考にさせていただきました。
 
 
エゼキエル43:1 その後、彼はわたしを門に導いた。門は東に面していた。
43:2 その時、見よ、イスラエルの神の栄光が、東の方から来たが、その来る響きは、大水の響きのようで、地はその栄光で輝いた。
43:3 わたしが見た幻の様は、彼がこの町を滅ぼしに来た時に、わたしが見た幻と同様で、これはまたわたしがケバル川のほとりで見た幻のようであった。それでわたしは顔を伏せた。
43:4 主の栄光が、東の方に面した門の道から宮にはいった時、
43:5 霊がわたしを引き上げて、内庭に導き入れると、見よ、主の栄光が宮に満ちた。
 
エゼキエルに再び、主の栄光の幻が示された。
エゼキエルが、最初にその幻を見た時の有様は、1章に記されている。
 
彼はその時、激しい風とともに、大きな雲と火が、ぐるぐるとひらめき渡りながら来たのを見た。
その火の中央には、青銅の輝きのようなものがあり、4つの生き物と、そのそばに車輪があるのを見た。
その火からは、いなずまが出ていて、一つの輪が、他の輪の中にあるようで、輪のわくの回りには目がいっぱいついていた。
 
最初の幻の時、このような圧倒的な臨在の幻の中から語られた内容は、イスラエルの罪を指摘するものであり、そして、警告であった。
 
エゼキエルは、その他にも、多くの警告が主から与えられ、それを伝え続けたが、結局、イスラエルはそれらを無視し、罪を離れず、好き放題の事をし続けた。
 
そのため、ついに、主の栄光が神殿から離れ、その後、エルサレム神殿は、悲惨なまでに、徹底的に破壊されてしまった。
それは、彼らの汚れが徹底的に拭い去られ、きよめられるためであった。
 
主の栄光が無い神殿は全く無意味であるのと同様に、私達という神の宮も、主の霊が宿っていないとするなら、全く無意味である。
だから私達は、聖霊を求めて祈るべきである。
 
しかし、彼らの汚れが、徹底して打ち砕かれ、清められた後、新しい神殿の幻が示され、そこに、主の栄光が戻って来た。
 
 
エゼキエル43:6 その人がわたしのかたわらに立った時、わたしはひとりの人が、宮の中からわたしに語るのを聞いた。
 
それまでは、手に、はかりざおを持った「ある人」が、この神殿の”ツアーガイド”をしていたが、それ以降、彼ではなく、主ご自身がツアーガイドとなって下さる。
 
 
エゼキエル43:7 彼はわたしに言った、「人の子よ、これはわたしの位のある所、わたしの足の裏の踏む所、わたしが永久にイスラエルの人々の中に住む所である。またイスラエルの家は、民もその王たちも、再び姦淫と、王たちの死体とをもって、わが聖なる名を汚さない。
 
主に聞き従わないで、偶像礼拝や不正を持ち込んだ汚れた王たちの死体が、エルサレムに葬られたことによって、そこは汚されてしまった。
ここに記されている通り、神殿は、栄光の主の玉座がある所であり、そこは、主の足の踏む所であり、そして、主が永遠に住むべき所、である。
 
私達という神の宮も、そうである、という自覚を持つべきであり、淫行や、死んだ行いによって汚されないように、気をつけるべきである。
かつての神殿は、淫行や高き所の王たちの死体で汚され、その汚れをきよめず、むしろ、淫行と汚れに留まり続けたため、主の栄光が離れ、神殿は破壊し尽くされてしまったからだ。
 
汚れた者達の汚れた行いによって汚されてしまったそれらは、一度、徹底的に破壊されてから、清められる必要があった。
 
エゼキエル43:8 彼らはその敷居を、わが敷居のかたわらに設け、その門柱を、わが門柱のかたわらに設けたので、わたしと彼らとの間には、わずかに壁があるのみである。そして彼らは、その犯した憎むべき事をもって、わが聖なる名を汚したので、わたしは怒りをもって、これを滅ぼした。
 
ここに記されている具体的な内容、すなわち、イスラエルの民や長たちが、いかにして神の御住まいを汚したかの詳細が、8章で示されている。
 
8章で示された幻の中で、彼らは、北の祭壇の門の入口に、ねたみの偶像を置き、そこで女たちは、タンムズのために、泣きながら座っていた。
また、庭の入口の壁の中に入って行くと、そこには、はうものや忌むべき獣のあらゆる像や、イスラエルの家のすべての偶像が回りの壁一面に彫られていて、イスラエルの七十人の長老が、その暗い所で礼拝していた。
さらには、主の宮の本堂の入口の玄関と祭壇との間にいた人々は、主の宮の本堂に対して背を向け、顔を東のほうに向けて、東のほうの太陽を拝んでいた。
 
それで主は言われた。
エゼキエル8:18 それゆえ、わたしも憤って事を行う。わたしの目は彼らを惜しみ見ず、またあわれまない。たとい彼らがわたしの耳に大声で呼ばわっても、わたしは彼らの言うことを聞かない」。
 
神殿が徹底的に破壊された理由は、これだけではなく、さらに多くの、汚れた事を彼らが行ったゆえだった。
 
エゼキエル43:9 今彼らに命じて姦淫と、その王たちの死体を、わたしから遠く取り除かせよ。そうしたら、わたしは永久に彼らの中に住む。
 
淫行と、死体を、取り除かなければならない、と言われたように、私達の中からも、死んだ行いと、主の御前における淫行を、取り除かなくてはならない。
取り除くなら、「わたしは永遠に彼らの中に住もう」と、9節で言われている。
 
 
エゼキエル43:10 人の子よ、宮と、その外形と、設計とをイスラエルの家に示せ。彼らはその悪を恥じるであろう。
43:11 彼らがその犯したすべての事を恥じたら、彼らに、この宮の建て方、設備、出口、入口、すべての形式、すべてのおきて、すべての規定を示せ。これを彼らの目の前に書き、彼らにそのすべての規定と、おきてとを守り行わせよ。
 
主が神殿を計らせ、その正確な寸法を示された理由が、ここに示された。
すなわち、彼らが、自分たちの不義を恥じ入るようになるためである、と。
 
実際、神殿の構造は、あらゆる点において、主の聖さが示されており、また、汚れた者は入れない事、そのガードがとても固い事が、示されていた。
 
私達も、きよく聖である主の宮を示されて、それに引き換え、自分自身の汚れた様も示され、恥じ入るとしたなら、それは、主の御心である。
それは、主の宮と神の臨在から、ますます離れさせるためではなく、むしろ、そこに近づくため、自分自身の不義を捨てさせるため、である。
 
 
43:12 「宮(ベイト)」の「規定(トーラー)」はこれである。山の頂の四方の地域はみな最も聖である。見よ、これは宮の「規定(トーラー)」である。
 
12節という節は、何気に、とても重要な事が書いてある。
『「宮(ベイト)」の「規定(トーラー)」はこれである』という宣言でサンドイッチされた、その中身は、「山の頂の四方の地域はみな最も聖である」。
「最も神聖」とは、「コデシュ(聖)」という語の反復強調である。
 
「宮」と訳された語ベイトは、元々の意味は「家」、あるいは「住む所」であり、すなわち、主の家、主のすみかである。
私達も、主が住まわれる宮であり、また、私達が住んでいる家やマンションについても、その場所やその周囲も、「聖」であるべき事が、強調されている。
 
 
13節以降には、祭壇のデザインと寸法が記されている。
祭壇は、神に受け入れられるべき犠牲を捧げる所であり、そこは、人の罪が清められ、神に受け入れられる者とされる所である。
 
また18節以降には、祭壇が建てられた際に、祭壇が「機能」するために、最初に為すべき7日間に渡るきよめの規定が、示されている。
そして、きよめのために必要なものは、傷のない動物の、犠牲の血である。
 
 
今、新約の時代における祭壇は、イエス様がかかられた十字架である。
罪や傷のないイエス様が、十字架の上で犠牲の血を流された事によって、私達は罪が清められ、神に受け入れられる者とされた。
 
43:27 彼らがこれらの日を満たしたとき、八日目から後は、祭司たちは、あなたがたの燔祭と、酬恩祭とを祭壇の上に供える。そうすれば、わたしは、あなたがたを受けいれると、主なる神は言われる」。
 
祭壇の贖いが済んだ後には、全焼のいけにえと、和解のいけにえが捧げるべきである事が示されている。
私達も、イエス様の十字架上での贖いを受けた後には、神との和解が成立し、その故に感謝をささげ、そして、私達自身を、神に受け入れられる、きよい、生きた供え物として捧げるべきである。
 
1ペテロ1:13 それだから、心の腰に帯を締め、身を慎み、イエス・キリストの現れる時に与えられる恵みを、いささかも疑わずに待ち望んでいなさい。
1:14 従順な子供として、無知であった時代の欲情に従わず、
1:15 むしろ、あなたがたを召して下さった聖なるかたにならって、あなたがた自身も、あらゆる行いにおいて聖なる者となりなさい。
1:16 聖書に、「わたしが聖なる者であるから、あなたがたも聖なる者になるべきである」と書いてあるからである。
 
以上、神殿の構成が示されたのは、それまでの罪や汚れを犯してきた私達が恥じ入り、イエス様の贖いと和解を受け入れ、私達自身が、聖となり、聖なる民として、聖なる道を歩み続けるためである事がわかる。

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