• カテゴリ エゼキエル書 の最新配信
  • RSS
  • RDF
  • ATOM

メッセージ - 聖なる礼拝を捧げる者であれ(エゼキエル46章)

聖なる礼拝を捧げる者であれ(エゼキエル46章)

カテゴリ : 
礼拝メッセージ説教音声配信 » 講解説教(旧約) » エゼキエル書
執筆 : 
pastor 2021-11-16 8:03

エゼキエル書講解説教

聖なる礼拝を捧げる者であれ(エゼキエル46章)

Youtube動画

かつて、礼拝を軽んじたイスラエルによって、めちゃめちゃにされてしまった礼拝制度の回復すべき事が、40章以降に命じられていた。
この章では、特に、君主(ナーシー:上に立つ者。王ではない。)が、民に代表して捧げる礼拝について、示されている。
 
 
エゼキエル46:1 主なる神は、こう言われる、内庭にある東向きの門は、働きをする六日の間は閉じ、安息日にはこれを開き、またついたちにはこれを開け。
エゼキエル46:2 君たる者は、外から門の廊をとおってはいり、門の柱のかたわらに立て。そのとき祭司たちは、燔祭と酬恩祭とをささげ、彼は門の敷居で、礼拝して出て行くのである。しかし門は夕暮まで閉じてはならない。
エゼキエル46:3 国の民は安息日と、ついたちとに、その門の入口で主の前に礼拝をせよ。
 
神殿は、外庭の門と内庭の門があるが、外庭の東向きの門は、ただ、君主だけが出入り出来、一般の人は出入りしてはならないため、通常は閉じておく。(エゼキエル44:1-3)
君主は、民に代表してささげ物を祭司へと渡して、祭司は、それを神に捧げる事が役割であるが、そのささげ物の内訳が、以下に示される。
 
 
エゼキエル46:4 君たる者が、安息日に主にささげる燔祭は、六頭の無傷の小羊と、一頭の無傷の雄羊とである。
エゼキエル46:5 また素祭は雄羊のために麦粉一エパ、小羊のための素祭は、その人のささげうる程度とし、麦粉一エパに油一ヒンを加えよ。
 
ここでは、7日ごとに来る安息日にささげるべき全焼のいけにえと、穀物のささげものが示された。
なお1エパは約22リットル、1ヒンは約3.7リットルである。
 
礼拝には、必ず、犠牲が必要である。
 
創世記4章にカインとアベルの礼拝が記されているが、カインが捧げたものは、ヘブライ語「ペリー」の単数形、すなわち「一つのフルーツ」、対してアベルは、(複数形の)羊の群れの、初子たちの中から、最上ものを選びに選んで捧げた。
 
カインは、農業で暮らしていたので、彼自身は日毎、フルーツをふんだんに食べていたのに、主にたいしては、たった一つのフルーツしか捧げなかった。
何万円もある財布の中から、ワンコインを賽銭箱に投げたような感覚だろう。
 
神が、カインの捧げものに、見向きもしなかった理由は、彼の、主の御前にささげる礼拝には、主を敬う心も、犠牲も、なかったからだ。
 
神がそれを見向きもせず、アベルのささげ物にリスペクト(NKJV)を払ったのを見たカインは、怒った。
その怒りはつまり、カインの心の中では、「カインのほうが、神よりも偉大」だったという事を表している。
だから、彼のささげ物は受け入れられなかったのだ。
 
今ここエゼキエル書では、主を敬う礼拝の回復が指示されている。
私達は、神をリスペクトする心をもって、犠牲を捧げるべきであり、そうするなら、神からリスペクトされる。
 
 
エゼキエル46:6 ついたちには無傷の雄牛の子一頭、六頭の小羊および一頭の雄羊をささげよ。これらはすべて無傷のものでなければならない。
エゼキエル46:7 素祭は雄牛のために麦粉一エパ、雄羊のために麦粉一エパ、小羊のためには、その人のささげうる程度のものを供えよ。また麦粉一エパに油一ヒンを加えよ。
 
月ごとに来る新月の祭りに捧げるべき全焼のいけにえと、穀物のささげものが示されている。
それは安息日に捧げるささげ物に、若い雄牛が追加されている。
 
 
また、8-10節には、礼拝する者たちが、神殿の中で進むべき順路が示されている。
 
エゼキエル46:8 君たる者がはいる時は門の廊の道からはいり、またその道から出よ。
エゼキエル46:9 国の民が、祝い日に主の前に出る時、礼拝のため、北の門の道からはいる者は、南の門の道から出て行き、南の門の道からはいる者は、北の門の道から出て行け。そのはいった門の道からは、帰ってはならない。まっすぐに進んで、出て行かなければならない。
エゼキエル46:10 彼らがはいる時、君たる者は、彼らと共にはいり、彼らが出る時、彼も出なければならない。
 
君主は東向きの門から出入りするが、一般の人は、北の門か、南の門から出入りできる。
その際、出る時は、入る時と同じ門を通ってはならない。
 
礼拝へと向かう足、宮から出ていく足には、規律の正しさ、混乱のなさが要求されるのだ。
 
続いて、君主が民を代表してささげるべきささげ物が規定される。
 
エゼキエル46:11 祭日と祝い日には、素祭として、若い雄牛のために麦粉一エパ、雄羊のために麦粉一エパ、小羊のためには、その人のささげうる程度のものを供え、麦粉一エパには油一ヒンを加えよ。
 
祭日と祝日は、過越祭や仮庵祭などである。
 
 
エゼキエル46:12 また君たる者が、心からの供え物として、燔祭または酬恩祭を主にささげる時は、彼のために東に面した門を開け。彼は安息日に行うように、その燔祭と酬恩祭を供え、そして退出する。その退出の後、門は閉ざされる。
 
東向きの門が開かれるのは、君主が礼拝を捧げる時だけである。
 
 
エゼキエル46:13 彼は日ごとに一歳の無傷の小羊を燔祭として、主にささげなければならない。すなわち朝ごとに、これをささげなければならない。
エゼキエル46:14 彼は朝ごとに、素祭をこれに添えてささげなければならない。すなわち麦粉一エパの六分の一に、これを潤す油一ヒンの三分の一を、素祭として主にささげなければならない。これは常燔祭のおきてである。
エゼキエル46:15 すなわち朝ごとに常燔祭として、小羊と素祭と油とをささげなければならない。
 
礼拝と犠牲は、毎朝、捧げられるべき事が示されている。
現在、私達には、私達の身代わりにほふられ、血を流してくださったまことの子羊、イエス・キリストがおられるので、私達は、動物を捧げるのではなく、日ごと、週ごと、月ごとに、私達に身代わりにほふられてくださったイエス・キリストを覚えつつ、日々、霊的な礼拝を捧げるのだ。
 
 
エゼキエル46:16 主なる神は、こう言われる、君たる者が、もしその嗣業から、その子のひとりに財産を与える時は、それはその子らの嗣業の所有となる。
エゼキエル46:17 しかし彼がその奴隷のひとりに、嗣業の一部分を与える時は、それは彼の解放の年まで、その人に属していて、その後は君たる人に帰る。彼の嗣業は、ただその子らにだけ伝わるべきである。
エゼキエル46:18 君たる者はその民の嗣業を取って、その財産を継がせないようにしてはならない。彼はただ、自分の財産のうちから、その子らにその嗣業を、与えなければならない。これはわが民のひとりでも、その財産を失わないためである」。
 
ここでは特に、君主たる者は、相続地を、相続以外の形で他人に譲渡してはならない、という規定が定められている。
君主たるものに求められる事は、正しさであり、「虐げないこと」なのだ。
 
 
エゼキエル40章以降にて示されて来た、君主たる者への指示は、政治的な命令はほとんど無かった。
ただ、一般人に代表して礼拝を捧げる、捧げ方だけが、細かく指示されており、唯一、君主に要求された政治的な命令といえば、以下だけであった。
 
エゼキエル45:9 主なる神は、こう言われる、イスラエルの君たちよ、暴虐と略奪とをやめ、公道と正義を行え。わが民を追いたてることをやめよと、主なる神は言われる。
 
君主たる者に、最も要求されるのは、政治手腕よりもむしろ、誰より主に対して正しく礼拝を捧げるたしなみなのだ。
元々、イスラエルには人間の王は、本来、いらない。
主だけが唯一、王であり、そして人の上に立つ君主の役割は、人々に代表して、主に礼拝を捧げる事だ。
 
 
エゼキエル46:19 こうして彼はわたしを連れて、門のかたわらの入口から、北向きの祭司の聖なる室に、はいらせた。見ると、西の奥の方に一つの場所があった。
エゼキエル46:20 彼はわたしに言った、「これは祭司たちが愆祭および罪祭のものを煮、素祭のものを焼く所である。これは外庭にそれらを携え出て、聖なるべきことを、民にうつさないためである」。
 
19-20節で示された、内庭にある料理場は、祭司だけが食べることが出来る罪のためのいけにえと、罪過のためのいけにえを料理する場所である。
 
 
エゼキエル46:21 彼はまたわたしを外庭に連れ出し、庭の四すみを通らせた。見よ、庭のこのすみにも庭があり、また庭のかのすみにも庭があった。
エゼキエル46:22 すなわち庭の四すみに小さい庭があり、長さ四十キュビト、幅三十キュビトで、四つとも同じ大きさである。
エゼキエル46:23 その四つの小さい庭の内部の四方には、石の壁があり、周囲の壁の下に、物を煮る所が設けてあった。
エゼキエル46:24 彼はわたしに言った、「これらは宮の仕え人たちが、民のささげる犠牲のものを煮る台所である」。
 
外庭にある料理場(21-24)は、民が食べることの出来るいけにえを料理する料理場である。
 
なお、23節の「物を煮る所」、すなわち「料理場(新改訳)」と訳された「メバシェラー」は、旧約聖書ではここに1度しか登場しない。
モーセの幕屋や、ソロモン神殿で示されなかった、この神殿のユニークな特徴の一つとして、神殿の敷地内に、調理場が示された事も、挙げられる。
 
「食べる事」もまた、礼拝の中の大切な要素である事が、強調されているのだ。
 
旧約においては「和解のいえにえ」が、神と祭司と礼拝者の3者が、共に同じいけにえを食べるものであり、新約でも、共に同じパンを割いて食べる事が、礼拝のひとつである。
私達は、食べるにしても飲むにしても、キリストを覚え、感謝していただくものである。
パウロは、教会を単なる飲み食いの場としてしまった者たちを叱責した。
 
 
エゼキエル40章以降に示されたこの神殿で、特徴的な事は、きよさにおいて、また汚れを持ち込まない事において、特に注意すべきだった。
かつてイスラエルは、神殿に汚れを持ち込んでしまった故に、バビロン捕囚の憂き目に遭って、豪華絢爛な神殿は、破壊されてしまった。
新約を生きる私達もまた、イエス・キリストにあって、聖である事が求められているのだ。
 
1ペテロ1:13 それだから、心の腰に帯を締め、身を慎み、イエス・キリストの現れる時に与えられる恵みを、いささかも疑わずに待ち望んでいなさい。
1:14 従順な子供として、無知であった時代の欲情に従わず、
1:15 むしろ、あなたがたを召して下さった聖なるかたにならって、あなたがた自身も、あらゆる行いにおいて聖なる者となりなさい。
1:16 聖書に、「わたしが聖なる者であるから、あなたがたも聖なる者になるべきである」と書いてあるからである。
 

トラックバック

トラックバックpingアドレス トラックバックpin送信先urlを取得する
メインメニュー
礼拝ライブ中継

礼拝ライブ中継!

礼拝ライブ中継!

過去の礼拝映像も視聴できます

メッセージ
このページを紹介!

 
 
 
礼拝週報
メッセージ音声
携帯メールで毎日メッセージを購読!無料!

以下コードを読み込み、空メールを送信すれば登録できます。

パソコン/ウィルコム/スマートフォンで受信:以下にメールアドレスを入力下さい。

メルマガ購読・解除
日々のバイブルメッセージ
   
バックナンバー
powered by まぐまぐトップページへ
Podcast

以下画像をitunesへドラッグすれば、更新が自動的にPodcast配信されるようになります。

※2020/1/1より以前に登録された方は、再度、以下Podcast画像をitunesへドラッグする必要があります。

 主日礼拝ポッドキャスト

定期祈祷会ポッドキャスト

その他音声 ポッドキャスト

検索
Copyright ©Yokohama Voice of Christ Church 横浜天声キリスト教会
All Rights Reserved.
 〒231-0058 神奈川県横浜市中区弥生町2-17 ストークタワー大通公園?-201
TEL/FAX:045-326-6211

ephes_03-tensei@ yahoo.co.jp
© 2022 Powered by XOOPS Cube 2.1
Welcome Guest