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メッセージ - 聖なる憤り - 生ける神の陣がなぶられる時(1サムエル記17:17-30)

聖なる憤り - 生ける神の陣がなぶられる時(1サムエル記17:17-30)

カテゴリ : 
礼拝メッセージ説教音声配信 » 定期祈祷会メッセージ
執筆 : 
pastor 2026-1-27 6:20

聖なる憤り - 生ける神の陣がなぶられる時(1サムエル記17:17-30)

Youtube動画

【概要】

第一サムエル記17章から、ダビデがゴリアテに立ち向かう場面を通して、真理の立場に立つ信仰について学びます。日々神様と交わり、聖なる憤りをもって悪に立ち向かう信仰者の姿が示されています。

【聖書箇所】

  • 第一サムエル17:17-30

  • 第一サムエル17:20-21(宣言箇所)

  • 申命記23:14

【励ましの言葉】

私たちは生ける神の陣営です。神様が私たちの間を歩まれ、敵を私たちに渡してくださいます。戦いは私たちの武力やトレーニングによるものではなく、私たちの間に歩まれる主ご自身が勝利を与えてくださいます。

【勧めの言葉】

日々の生活の現場において神様との交わりを持ち続けましょう。礼拝の時だけでなく、家庭や職場においても神様を呼び込む生活を送るべきです。自分自身を清く保ち、生ける神の陣営としての自覚を持ちましょう。

【戒めの言葉】

世の中の視点で神様を度外視し、自分の力だけで戦おうとする時、イスラエルの兵士たちと同じ罠に陥ってしまいます。神様が離れ去ることのないよう、醜いもの、汚いものを自分の中から排除しなければなりません。

【***AIによる文字起こし***】

今朝、恵みをいただく御言葉は、第一サムエル記17章17節から30節です。はじめに第一サムエル記17章20節と21節を皆さんで一緒に宣言しました。

「ダビデは翌朝早く羊を番人に預け、エッサイが命じた通りに品物を持って出かけた。彼が野営地に来ると、軍勢は時の声を上げて陣地に出るところであった。イスラエル人とペリシテ人とはそれぞれ向かい合って陣を敷いていた。」(第一サムエル17:20-21)

ダビデは十代の前半、最高でも15歳ぐらいだったのですが、この時彼はずっと羊を飼っておりました。確かに野においては危険がありますので、石を投げる練習とか、また杖を持って、それでもって危険な獣が近づいてきたら、それを打ったりしていました。また羊をその杖でもって引き寄せたりしていました。

羊は愚かな動物なのですね。時にはもう怒ってダビデに突進してきたりしても、それでもダビデは本当に羊のその愚かさと言いますか、それを汲み取って怒りもせず、大切に羊を養ってくるという、そういう日々を送っていたのです。

ゴリアテを打ち倒したダビデなのですけども、彼がずっと戦闘訓練を受けていたかというと、そうではなく、そのように羊を飼っていたのですね。不思議ですね。なんで戦闘訓練を受けていたサウルの兵士たちではなく、ダビデが打ち倒すことができたのか。

皆さん、神の戦いというのは肉体の鍛錬の賜物ではなくて、むしろ神様といかに交わりを持ち、そしていかにこの羊たちを養っていたか。ですから、神様に対する愛、またその面倒を見るべき羊に対する愛、これを培い、そして時にはその危険な動物を打ち負かすための訓練もしていたのですね。ダビデはずっとそのようにして日々を過ごしておりました。

そしていよいよこのダビデがお父さんのお使いで、チーズとかパンとかを持って行って、そしてお兄さんの安否を尋ねなさいということで、この戦場の方にダビデがお使いに来たのですね。

ダビデがお使いに来て、まさか戦場がこういうことになっているとは思っていなかったことでしょう。ダビデが野営地のところに来ると、軍勢は時の声を上げて陣地に出るところであったのですね。ですから、もうこれから「さあ、戦争するぞ」という、もう時の声を上げて気勢を上げていたのです。

けれども、時の声を上げて、もう自分で自分自身やる気を起こして、いざ立とうとしたところに、そのタイミングでゴリアテが来るのです。

23節を見ますと、「ダビデが兄たちと話していると、ちょうどその時、ガトのペリシテ人で、その名をゴリアテという代表選手がペリシテ人の陣地から登ってきて、いつもと同じ文句を繰り返した。ダビデはこれを聞いた。イスラエルの人は皆、この男を見た時、その前を逃げて非常に恐れた。」

ダビデは初めてこの場面に立ち会います。心の準備をしてきたわけではありません。まさか来たらこんなに大きな戦士がこういうふうに大きな声でこのイスラエルを呪うような言葉、それをまさか目にするとは思ってもみませんでした。

そしてダビデがもう一つ見たのは、イスラエルの人がこの男を見た時、その前を逃げて非常に恐れた、そういう有様だったのですね。イスラエルの男子たちはこのゴリアテを見ると、もう40日もずっといたぶられっぱなし、殴られっぱなしだったのです。

しかし、ダビデは違ったのですね。彼はゴリアテを見て、その言葉を聞いた時に沸き起こってきたのは恐怖、恐れの逆で、むしろ聖なる憤りが彼の中に湧き起こってきたのです。

本当に私たちも日ごと戦う、戦うと言いつつ、戦いの訓練をする。社会に出て戦わなくてはなりませんし、また本当にこの家庭を守っていくということは日々戦いです。訓練もしますけれども、この戦い、戦いと、聖なる戦いをするという言いつつも、けれども結局、世の中の視点で神様を度外視して、ただ礼拝の時だけ神様、神様、けれども、生活の場に戻ると神様が度外視されてしまって、結局その自分の腕っぷしだとかスキルだとか、そういったもろもろで戦って神様を呼ばない日々を送っていると、このイスラエルの男たちの罠に陥ってしまいます。

けれども、いかに羊飼いをする現場といえども、皆さんも羊飼っているでしょうか。子供という羊、また面倒見なければならないという羊。本当に弱い、また愚かな、本当に時には間違いを犯す、時にはもう怒って突進してくるような、そういう羊、皆さんもいるでしょうか。

そういう羊を飼う最中において、神様との交わりを持ち、ダビデは本当に詩編の中において、「主は誠に私の羊飼いだ」、「主はこのイスラエルの羊飼いだ」と、本当に羊を飼ううちに、神様こそが羊飼いであるということを見出していったのですね。

皆さんも日ごとの仕事のうちに神様を見出してください。礼拝から離れたその先々、その家庭の場とか職場とか、そこが羊飼いの現場であったり、神様との交わりを持つ場所であったりします。

ダビデはその羊飼いの現場において詩編を編纂しました。竪琴を持ってダビデはなんで竪琴がこんなに上手だったか。その羊飼いの現場でずっと神様を賛美する竪琴を奏でていたからですね。ダビデの竪琴の音色には悪霊を追い出す力がありました。それは彼が日ごと神様に心を向けて、イスラエルの賛美の中に住まわれる主をいつも呼び込むことができたからですね。

皆さんが奏でた途端に、そこに主の臨在をそこに体現させる。イスラエルの賛美の中に主は住まわれる。ある人の賛美が、本当に賛美をした途端に、一瞬で神の国がそこに来たかのような賛美をしたりとか、あるいはその人が祈りの姿勢を取った途端に、何かその人の上に天がパッと開かれて、一直線に何か神の国が来たような、そういう人がおりますね。

そういう人は日ごとからすぐに神の国を呼び出し、イスラエルの賛美の中に住まわれる主を、賛美の中に住まわれる主を一瞬で呼び込む。そういう清らかな心、思い、神様に対する愛、そういう志がある人は、一瞬でそういう主の臨在を呼び込むのです。ダビデがそうだったのですね。

そしてダビデはこの戦いにおいて心備えをしていたわけではありません。彼はただ単にチーズとかパンを届けるために来ただけです。戦いのためではありません。けれども、このゴリアテを見た時、さっと火がついたのは、この聖なる憤りだったのですね。

皆さん、聖なる憤りというものがあるのです。この私たち自身、人間の憤り、これは罪を犯しますけれども、聖なる憤りというものはいつ火がつくかというと、聖なるお方が、私の大好きな、大切にしておられる主が、主の御名がなぶられる時、その時、聖なる憤りに満たされるのですね。

ダビデは誰かからの蔑みとか、軽んじられる言葉とか、そういった言葉にはもう慣れっこだったでしょう。けれども、そういったことでダビデは憤らなかったのですね。むしろ世の中の秩序に忠実にお父さんの命令に従い、また上の秩序に忠実で、サウルに対しても本当に忠実でした。

それでこのゴリアテをイスラエルの人たちが見た時、彼らは見て恐れ惑い、その前を逃げて非常に恐れたと書いてあります。昨日のメッセージにおいては、このゴリアテの声を聞き続けてきたから、耳で、このなぶる声を聞き続けて、そして「お前はサウルの奴隷ではないか」、「お前は俺と勝負をしなければ」、「お前たちこそ奴隷になる」、そういうふうにずっと聞かされ続けてきて、本当になぶられっぱなし、耳から。そして今日は目から、このなぶられるざまをダビデは見たのですね。

イスラエルの人たちが言うには、「あの登ってきた男を見たか」。本当は「主を見たか」って言うべきところ、「あの男を見たか」って、「イスラエルを辱めるために登ってきたのか。あれを殺す者がいれば、王はその者を大いに富ませ、その者に自分の娘を与え、その父の家にイスラエルでは何も義務を負わせないそうだ」というふうに互いに言い合っているのを、それを聞いたのですね。

ダビデはますます憤って、「このペリシテ人を打って、イスラエルのそしりを注ぐ者にはどうされるのですか。この割礼を受けていないペリシテ人は何者ですか。生ける神の陣を辱めるとは。」

イスラエルの恐れ惑った男たちはペリシテ人のなりありさま、なり様を見ました。2メートル以上、3メートル近くの巨体、その重々しい鎧、また投げ槍、もう旗竿ほどもある太いそうした槍、そうした諸々を見て、恐れ惑いましたが、ダビデは、このペリシテ人をどういうふうに見たか。割礼を受けていない者というふうに見ましたね。真理において見る目をダビデは養っていたのです。

私たちも世の中を見るとき、本当に神様抜きの無割礼の状態の有様を見るとき、その無割礼の者がいかにごつくてでかくて、また力強そうに見えても、結局は神様抜きの割礼のないその有様であるということを私たちは見るべきです。むしろ皆さんが見るべきは、ダビデのように本当に神様の麗しさ、神様の慕わしさを見続けていくべきなのです。

ダビデは本当にこの真理の立場を表明したのですね。ゴリアテの外見には一切言及しないで、これを割礼なき者、それに対して自分たちは何者であるか、自分たちは生ける神の陣です。生きておられる神様がいる陣です。

生きておられる、皆さんの中で神様、生きているでしょうか。皆さんの仕事の、生活の中において、この生ける神様との生きた交わりを持っているでしょうか。この生きた交わりを持っている皆さんは、本当にすぐに、この神様の臨在を呼び込むことができるのですね。

この生ける神の陣として、ダビデは真理の上での立場を表明したのです。私たちも、世の中の生意気なゴリアテが、偽りとか、もう本当に脅しとか、そういった不法なことで、私たちを圧倒しに来ようとする、そういう大げさな身なりをしてやってくる、この皆さんにとってのゴリアテが来た時においては、真理の立場にしっかりと立つべきですね。

世の中は真理に対して物事をしてくる時があるのですけど、その時、聖なる憤りに満たされて、真理の立場を表明し、真理を宣言するのであるならば、現実世界が真理の世界と皆さんを通して飲み込まれていくのです。皆さんはこの世の中の現実を真理で飲み込んでいく飲み込み屋であるべきなのですね。ダビデは飲み込み屋でした。

彼が真理を宣言した時、霊的世界がこの時に動き始めます。このダビデが宣言しました。生ける神の陣というふうに、自分たちの、イスラエルを表明しました。神の陣とはいかなるものであるのか。

一番冒頭で宣言したところが申命記の23章14節なのですけども、そこにおいて書いてあるのは、「あなたの神、主があなたを救い出し、敵をあなたに渡すために、あなたの陣営の中を歩まれるからである。あなたの陣営は清くなければならない。主があなたの中で醜いものを見て、あなたから離れ去ることのないようにしなければならない。」(申命記23:14)

生ける神の陣、陣営の中に主が歩まれると書いてあります。神様が陣営のテントとテントの間に、また兵士と兵士のその隊列の間に、生ける神様が歩まれる。これが生ける神の陣なのですね。

そして、ここにおいて注意されていることは、清いから、主があなた方のその生ける神の陣営の中に、汚いものを見て、醜いものを見て、あなたから離れ去ることのないようにしなさいというふうに、ここにおいて命じられております。

今、この天声エクレシア、生ける神の陣、主が歩まれるにふさわしい陣営でしょうか。醜いものを主がこの中に見て離れ去るということがないようにしなくてはなりません。物質的に汚いものというよりも、もちろん物質的に汚いもの、これは排除するべきです。そして皆さんの霊的な汚いもの、皆さんの怒り癖だとか、嘘つき癖だとか、盗み癖とか、そうしたもろもろ、それがあると、神様が陣営の中に一緒にいないというのですね。だから私たちはいつも自分自身、清く保ち続けるべきなのです。

これが生ける神の陣、この主が陣営の中に歩まれるから、だから、主のパワーが敵を圧倒するのですね。「あなたの神、主があなたを救い出し、敵をあなたに渡すために」というふうに書いてあります。主自身が敵を皆さんに渡してくださるのです。

皆さんの武力、トレーニング、そうしたものが敵に打ち勝つものではなく、皆さんの間に歩まれる主が皆さんに敵を渡してくださる。これが真理の上での立ち位置です。ダビデは幼い頃からこの申命記とか聞かされてきたことでしょうから、だから生ける神の陣が、自分たちがいかなるものであるのかを彼は知っていたのですけど、それなのに、それなのに彼が、ダビデがこの陣営に来てみれば、大人たちはそれをその御言葉は一体どこへやら。

この主が歩まれる聖なる陣営が無割礼の者になぶり続けられている。しかも40日も好き放題言わせっぱなしということにおいて、聖なる憤りがメラメラメラメラと燃え出したのです。

皆さん、怒るべき時は、自分が軽んじられた時ではなく、この生ける神の陣が辱められている様を見た時に、皆さんはこの聖なる憤りに満たされるべきものなのですね。

このダビデの様を見ていた、お兄さん、長男のエリアブという一番上のお兄さんが、ダビデが人々と話しているのを見て、「お前、なんでやってきたんだ。あの荒野に羊を飼っていたお前の仕事は一体どうしたんだ。お前、戦いを見物しにやってきたんだろう」、そういうふうに決めつけてお兄さんが言うのですね。

この長男のエリアブ、末っ子のダビデ、本当に年長の、しかも自分の身内の者、家族がこうやって信仰を挫くようなことを言ってくる。結構辛いやすかったりするのですけど、しかしダビデは、それも何のそのでした。なぜもう心に満ちているのが、そうした人の言葉ではなく、聖なる憤りだったのですね。

ダビデは「私が何をしたというのですか。一言も話してはいけないのですか」っていうふうに長男に対して言って、そしてさらにダビデは他の人の方を向いて同じことを尋ねるのですね。

このダビデは本当に聖なる憤りで満たされておりました。生ける神の陣が辱められたまんまに捨て置かれたまんまのこの状態。そしてこの長男エリアブ、ずっと40日もゴリアテと相対していたにもかかわらず、そんなゴリアテに対して、「お前は一体何ができるんだ」、まあ、そういう態度で、長男が末っ子ダビデに言ってくる。

けれどもダビデは放っておけなかったのですね。本当にこの生ける神の陣がなぶられるところ、この聖なるお方が宿るべきところ、ここに無割礼の世の中のものが大上段になって、この不当に振る舞って汚してなぶっている有様、本当に私たちもダビデのごとく、それを見た時、大いに聖なる憤りに満たされるべき時なのです。

なぜなら、この私たちの陣営、教会ですね。現代では教会です。教会とは確かにこの建物という教会があり、また皆さんお一人お一人という教会があります。皆さんお一人お一人のうちに、イエスキリストが住まわれるのです。皆さんの体はキリストが住まわれる聖なる宮であるということを知らないのですかってパウロは言っております。

今、この教会において、また皆さん自身という聖なる宮において、また、本当にこの聖徒の交わり、2人でも3人でもイエス様の名前があるところの集い、ここの集いにおいては、生ける神が宿られる陣営、そこは聖なるところです。

私たち自身のものではなく、聖霊様が住まわれる宮、イエス様が住まわれる宮です。そこが無割礼の者によって踏みにじられる時、皆さんは恐れ惑う側でしょうか。それともダビデのように聖なる憤りに満たされる側でしょうか。

皆さんは皆さん自身をしっかりと清く保って、本当にこの生ける神の陣というその自覚を持ち、そして本当に皆さん自身、この辱められることはないようにしましょう。

ダビデは、このお兄さんからとやかく言われもしました。それでもなお、この本当に聖なる憤りに満たされており、また、御言葉では、真理の立場ではこうというのを主張しました。

皆さんは、辱められる時、この無割礼の者が来た時、御言葉ではない、いや御言葉に敵対することが語られたり、また行われたりする時、その時、皆さんが真理の立場を表明し、そしてこの状況を、この世の中を皆さんの真理で飲み込み、そしてこの無割礼の者を屈服させ、悪魔サタンに囚われていた人たちを取り返し、救い出し、そして本当にこの時代においてダビデのごとく神の国をもたらしていく皆さんでありますように。

【結論】

真の戦いは肉体の力によるものではなく、生ける神との日々の交わりから生まれます。ダビデのように、日常の現場において神様と親しみ、真理の立場に立ち続けるなら、聖なる憤りが与えられ、無割礼の敵を真理で飲み込むことができます。私たちは生ける神の陣営として、自分自身を清く保ち、主が共に歩まれる聖なる宮として、この時代に神の国をもたらす者となるのです。

 

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