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メッセージ - 人生のハンドルさばきを主に委ねる時(イザヤ書45:1-3) 早天祈祷会 2026年3月18日(Wed)

人生のハンドルさばきを主に委ねる時(イザヤ書45:1-3) 早天祈祷会 2026年3月18日(Wed)

カテゴリ : 
礼拝メッセージ説教音声配信 » 定期祈祷会メッセージ
執筆 : 
pastor 2026-3-18 6:43

人生のハンドルさばきを主に委ねる時(イザヤ書45:1-3) 早天祈祷会 2026年3月18日(Wed)

Youtube動画

【概要】

神様が私たちの先に立って道を開いてくださるという原則と、ダニエルのように心を定めて神様に従うことの重要性を説いたメッセージです。

【聖書箇所】

イザヤ45:1-3

ダニエル1:8

【励ましの言葉】

神様は険しい道を平らにし、閉ざされた扉を開き、私たちに必要な環境、人、そして隠された宝を備えてくださいます。

【勧めの言葉】

自分の人生のハンドルをイエス様にお委ねし、ダニエルのように世の価値観に妥協せず、神様に喜ばれる生き方を心に定めましょう。

【***詳細***】

今日、私たちが恵みをいただく御言葉は、イザヤ書45章1節から3節です。皆さんがよく知っている箇所です。

「主は、油そそがれた者キュロスにこう仰せられた。『わたしは彼の右手を握り、彼の前に諸国を下らせ、王たちの腰の帯を解き、彼の前にとびらを開いて、その門を閉じさせないようにする。わたしはあなたの前に進んで、険しい地を平らにし、青銅のとびらを打ち砕き、鉄のかんぬきをへし折る。わたしは、暗やみの財宝と、ひそかな所に隠された宝をあなたに与える。それは、わたしが主であり、あなたの名を呼ぶ者、イスラエルの神であることを、あなたが知るためである。』」(イザヤ45:1-3)

愛するイエス様、あなたが私たちの先に進んでくださる恵みを心から感謝いたします。あなたがすでに先に進んでおられ、私たちはその後についてまいります。私を愛し、命をも投げ出してくださった我が主イエス様。あなたを今日も主として、私たちはあなたについて行きます。どうか神様ご自身が御言葉をお語りください。今、メッセージを取り次ぐ私の唇を清め、メッセージを受け取るお一人お一人を、十字架の血潮をもってすべて清め、雪よりも白くしてください。そして私たちに聖霊の油が豊かに注がれ、油注がれた者キュロスのように、この時代に礼拝を回復し、神殿を再建し、散らされた神の民を集める働きを起こしてください。これからのすべてを、始めから終わりまでの一切を、ただあなたの支配の御手にお委ねし、我らの愛する主イエス様のお名前によってお祈りをいたします。アーメン。

今朝は素晴らしい主イエス・キリストの御名をほめたたえ、賛美いたします。このイザヤ書の箇所は、皆さんもよく宣言している箇所ですね。先週まで、私は神学校の講義を受けていたのですが、今回はダニエル書、ルツ記、ヨナ書についての講義でした。その中で、講師の先生が最初に語ってくださったのが、このイザヤ45章の御言葉だったのです。「私があなたの前に進む」という意味のヘブライ語の言葉を、先生は毎回宣言しておられました。教会の講壇の上にも横断幕があり、そこにヘブライ語でこの御言葉が掲げられています。

まず重要なのは、主が私たちよりも先に歩んでおられるということです。私たちが自分の好きなところに行って、「イエス様、私の好きなことが成就するように、ついてきてください」と願うのではありません。それは失敗するパターンです。イエス様が先に行き、私たちはその後についていく。これが主人であるイエス様と私たちの正しい位置関係なのです。

イエス様は時に、皆さんの好む場所へは進まないかもしれません。けれども、それでもイエス様についていくなら、イエス様の歩まれた足跡に一歩一歩ついていくなら、イエス様が先に勝利してくださった場所に、私たちも連なることができます。もし、私たちが自分の好みや自分勝手な思いで歩むなら、失敗してしまいます。だからこそ、この1週間、主がどこに進んでおられるのか、どこを歩まれるのかを見極めることこそが、一番大切な私たちの指標となります。

神様はただ遠くから皆さんのことを見ておられる方ではなく、時間と空間に介入される方です。今日の箇所で、主は「油注がれた者キュロスにこう仰せられた」と語っています。イザヤがこの預言をした時、ペルシャの王であるキュロスが生まれる100年以上も前のことでした。もうすでにその時代において、油注がれた者のことについてメッセージを語っておられたのです。

そして主は今この時代、イエス様を信じて聖霊の油が注がれた皆さんお一人お一人にも、同様にこの御言葉を語っておられます。皆さんはイエス様を信じた時、自分が自分の力で信じたと思ってはなりません。聖書には、聖霊によるのでなければ、誰もイエスを主と告白できないと書かれています。皆さんがイエス様を主と告白したのは、聖霊が働いてくださったからです。聖霊は聖い霊です。罪を嫌われます。ですから、私たちが本当に身を清くしようとする志、これが必要なのです。

このイザヤ45章において、主がキュロスに語られたこと、それはまず「神様ご自身が先に進んでくださる」ということです。「わたしはあなたの前に進んで、険しい地を平らにし」(イザヤ45:2)。私があなたの前を行く、これが神様の働きの原則です。主の働きをする皆さんにとって、主が先であり、私たちは主の後についていくということ。これが働きの原則なのです。

そして、皆さんがこの主についていくなら、神様は3つの形で働いてくださいます。1つ目は環境を整えること、2つ目は人を備えること、3つ目は隠された宝、祝福を与えてくださることです。

まず1つ目、環境を整えられることについて。神様は「険しい地を平らにする」と言われました。本来なら進めないようなでこぼこ道、誰もが「こんな道は進むに値しない。別の道を行こう」と思うような道をも、主は平らにしてくださるのです。閉ざされていた扉が開かれます。でこぼこだと思っていた道も、主が先に進まれると、そこが平坦な通れる道になっているのです。出エジプトの時もそうでした。人が「到底この海は渡れない」と思っていたところで、主は道を設けてくださり、そこを渡らせてくださったのです。主が進まれる時、道がないところに道ができます。皆さんはもしかしたら今、目の前に道がない、進まなければならない道がでこぼこで仕方がないと思っているかもしれません。しかし、主は荒野に道を、荒れ地に川を設けられる方です。皆さんが毎日宣言している通り、主は険しい地を平らにして、そこに道を通してくださる方なのです。

2つ目、人を備えられることについて。主は必要な人や物事を、不思議なタイミングでつなげてくださる方です。主は時間と空間を支配する権威を持っておられます。主が人と人とをつなげるのは、決して偶然ではありません。ルツ記を見ると、ルツは図らずもボアズの畑に入ったとあります。ルツには「このお金持ちの畑に入れば私は安泰だ」といった意図は一切ありませんでした。ただ神様を頼りにし、霊の母であるナオミを養いたいという思いで飛び込んだ畑が、図らずも将来結婚することになる買い戻しの権利者、ボアズの畑だったのです。

皆さんが本当に主の前に歩み、主の跡にくっついていくなら、主はそこに道を設け、皆さんにとって必要な出会いを与え、人とつなげてくださいます。将来、御言葉の教育を受けるべき子どもたちやその親たちとつなげてくださいます。主はパウロに対して、アクラとプリスキラという夫婦をつなげてくださいました。それが必要な出会いだったからです。そして彼らが出会うことによって、神の国の働きはさらに前進していきました。皆さんも神の国の働きを前進させたいと願うなら、主は皆さんに必要な人を備えてくださいます。

3つ目、隠された宝を与えてくださることについて。主は暗闇の中にある隠された宝、秘められている財宝をこっそりと与えてくださると、今日の箇所に書かれていました。神様はすでに隠して備えておられます。誰も見つけられない場所、誰も目を留めないところです。暗闇の中に宝があっても、その人の目が暗闇であるなら、それを見つけることはできません。けれども、皆さんの目がイエス様によって光を与えられているなら、その栄光の宝、栄光の経済を獲得し、神の国の働きのために用いることができるのです。

もし皆さんが「お金を得たい」「人生を楽しみたい」「じゃんじゃんお金を使いたい」という欲という暗闇によって目が曇っているなら、その宝は見つけられません。もしそんな状態で宝を手にしたら、皆さんの人生に災いを起こすことになってしまいます。宝くじに当たった人の多くが数年後に破産してしまうのは、欲望で心が溢れている状態で富を手にするため、かえって自分の身を滅ぼしてしまうからです。ですから、欲に目が曇った状態で富を得ようと祈っても、それは無駄なことです。皆さんはしっかりと自分自身を清めて、主の御前に正しく歩むべきです。もし富が与えられたら、すぐさま主のためにお捧げするという準備が整えられている人にこそ、この暗闇の中の隠された宝、秘められている財宝が与えられるのです。

講義では、ダニエルのことについてもお話がありました。神様はなぜ、ダニエルとその3人の友人たちを時代を変えるために用いられたのでしょうか。

「ダニエルは、王の食べるごちそうや王の飲むぶどう酒で身を汚すまいと心に定め、身を汚さないようにさせてくれ、と宦官の長に願った。」(ダニエル1:8)

神様が彼らを用いたのは、「心に定めた」からです。身を汚すまいと、神様に喜ばれる状態を保とうとしたからです。異国の地にあっても、自分の命を投げ出してでも自分自身を清く保ちたいと、そう心を定めていたからです。

王の食べるごちそうは豪華で、誰でも喜んで食べたいものでした。けれどもバビロンにおいて、それはあらかじめ偶像に捧げられ、そこから下げられた食物だったのです。ダニエルたちはそれが霊的に汚れていることを見抜いていました。ただの肉なら感謝して食べたでしょう。けれども、偶像に捧げられたものなら話は別だと思ったのです。ですから、彼らはごちそうではなく野菜を食べさせてほしいと願い出ました。

ダニエルは、上司であり敬うべき存在である宦官の長に「身を汚さないようにさせてくれ」と頼んだのです。宦官の長からすれば「なんて生意気なことを言うんだ」と思われて当然です。けれども、神様はこの宦官の長に、ダニエルたちを愛し、慈しむ心を与えてくださいました。ダニエルたちは「王が定めたことだから」「異教の地にいるのだから、清めのしきたりを守ることはできない」と、できない理由を探しませんでした。人はすぐにできない理由を探します。しかしダニエルたちは、いかにすれば神様から喜ばれるのかという基準で判断しました。これが「心を定める」ということです。

皆さんは心に定めているでしょうか。世の中がいかに皆さんに何かを要求したとしても、それが神様の基準にかなっていないなら、ダニエルのごとく「身を汚すまい」と心に定める決意があるでしょうか。世の中には汚れた価値観、汚れた思想、汚れた情報、魂を汚すコンテンツなどがあります。それで魂を汚すまいという定めがあるでしょうか。それを保つ皆さんを、主は用いてくださいます。たとえ知らないうちに自分の感情によって身を汚してしまったとしても、すぐに主に立ち返り、十字架の血潮をもって身を清め、心を清める志をいつも持っているでしょうか。主は、このように心に定めた人を、時代を変える主役として用いてくださるのです。

ダニエルたちが心を定めた結果、何が起こったか。主が宦官の長にダニエルたちを愛する心を与えてくださり、本来なら拒否されるべき提案が通ったのです。なぜか。神様がすでに先を行っておられたからです。本当に心を定める人のために、主は先立ってでこぼこ道を平らにし、青銅の扉を打ち砕き、鉄のかんぬきをへし折ってくださるのです。これが「私があなたの前に進む」という法則です。

私たちの人生においても同じです。皆さんが神様に喜ばれたいと決心し、世の中に妥協しないと心を定めるなら、神様は先ほど言った3つのことを開かれます。道を開き、人と人をつなげ、必要なものを備えてくださいます。問題なのは、今皆さんがいる環境ではありません。持っているお金の分量でも、周りにいる人でもありません。皆さん自身の決断、心に定めること、これが皆さんの人生を動かし、主が皆さんの人生を導いてくださる鍵なのです。

皆さんは、イエス様の運転に身を委ねるべきです。皆さんの運転ではありません。皆さんが運転席のハンドルを握りしめて「私の行きたいところへ行くんだ」とやってしまうと、事故を起こしたり、人を傷つけたりしてしまいます。皆さんが自分の人生のハンドルさばきをイエス様にお委ねする、これが「イエスを主とする」ということです。自分の握りしめているハンドルを手放して、「イエス様、どうぞあなたが運転してください」とハンドルを譲るのです。もし自分でハンドルを握りしめているなら、人生の主はイエス様ではなく自分自身ということになってしまいます。

ハンドルさばきをイエス様にお委ねしてください。イエス様は決して事故を起こしませんし、皆さんを変なところへ連れて行くこともありません。皆さん自身が運転するから変なところへ行ってしまうのです。皆さんが人生のハンドルをイエス様にお委ねするなら、主が皆さんの前に進んで道を開いてくださいます。心を定めてイエス様にお委ねした時から、道が開かれ、つながるべき人がつながり、暗闇の中の隠された財宝が皆さんに示され、それらを用いて、皆さんはキュロス王のように礼拝を再建する働きをしていくことができるようになるのです。

皆さんは主の働きをしたいですか。キュロス王は主から油を注がれ、勝利と宝、そして最高の権威を与えられた時、それを自分勝手に使いませんでした。彼は速やかに勅令を出して、「イスラエルの人々は皆、エルサレムに帰って神殿を再建しなさい」と命じました。そして「神が私をこのようにされた」と告白したのです。キュロス王には、与えられた財宝や人材を神様のために用いる志がありました。だから与えられたのです。皆さんは、与えられる財宝を神様のために用いる志をしっかりと持っているでしょうか。

日頃から与えられている小さなことに忠実であるべきです。そしてダニエルのように決心するべきです。神様の前に心身を汚すまいと、清らかな思いで神様に仕え、神様の働きをこの時代において成していきたいと。そういう人々に、神様は権威を託し、知恵を与え、神様の栄光を現す器として整えていかれます。皆さんもダニエルのように、またキュロス王のように、この時代に神様の栄光を再建する働きを大いになしていくことができますように。イエス様のお名前によって祝福いたします。アーメン。

愛するイエス様、あなたが私たちの主人であると告白いたします。あなたが主人であるからには、私たちは運転席のハンドルをあなたにお譲りいたします。私たちの人生や働きを、イエス様、あなたが運転して導いてくださいますように。あなたが先に立って進んでくださり、私たちはあなたの後についてまいります。私たちの人生をあなたが先導してくださることを決心いたします。

どうか、御心のままに私たちを用いてください。この時代に礼拝を再建し、次世代の子どもたちを正しく導く者として、まず私たちを十字架の血潮で清め、聖霊の油を注いでください。次世代を育てる働きが、あなたにあってなされていきますように助けてください。これからのすべてをあなたに期待いたします。お一人お一人の仕事、ビジネス、働き、学びが、神様を主体とし、御心のままに行われますように。あなたに期待し、感謝して、愛する主イエス様のお名前によってお祈りをいたします。アーメン。

【結論】

人生の主導権をイエス様に委ね、世の価値観に妥協することなく心を定めて従うとき、神様は私たちの前に進んで道を開き、次世代に信仰を継承するための尊い働きへと導いてくださいます。

 

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