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メッセージ - 諦めない「巨大な信仰」(マタイ15:21-28) 早天祈祷会 2026年3月26日(Thu)

諦めない「巨大な信仰」(マタイ15:21-28) 早天祈祷会 2026年3月26日(Thu)

カテゴリ : 
礼拝メッセージ説教音声配信 » 定期祈祷会メッセージ
執筆 : 
pastor 2026-3-26 17:10

諦めない「巨大な信仰」(マタイ15:21-28) 早天祈祷会 2026年3月26日(Thu)

Youtube動画

 【概要】

真の神であるイエス様を救い主として信頼し、どんなに厳しい状況でも諦めずに「助けてください」と叫び求め続ける「巨大な信仰」を持つことの重要性を説いたメッセージです。

【聖書箇所】

マタイ15:21-28

ルカ18:1-8

創世記25:21

【慰めの言葉】

【励ましの言葉】

【勧めの言葉】

【悔い改めの促しの言葉】

【***詳細***】

2026年3月26日の礼拝において、私たちが恵みをいただく聖書の言葉は、マタイによる福音書15章21節から28節です。はじめに、27節と28節を確認しましょう。

「しかし、女は言った。『主よ、そのとおりです。ただ、小犬でも主人の食卓から落ちるパンくずはいただきます。』そのとき、イエスは彼女に答えて言われた。『ああ、あなたの信仰は立派です。その願いどおりになるように。』すると、彼女の娘はその時から直った。」(マタイ15:27-28)

ハレルヤ、愛するイエス様。今も生きて働かれるイエス様が、かつての時代にこの娘を治してくださったように、今、私たちをも癒やし、私たちの家族や事業をも治してくださいます。イエス様が救い主であり、助けを求めるなら必ず答えてくださる方であることを私たちが深く知り、実際に助けをいただいて問題を解決していただく力を引き出すことができますように。

イエス様は今も生きておられる主です。この世には神々と呼ばれるものや、木や銅でできた偶像がたくさんありますが、それらは命を持たない物体にすぎません。しかし、真の神様は生きて働かれる方であり、私たちと人格的な関わりを持ちたいと願っておられます。天地を創造し、私たち一人ひとりの成り立ちや髪の毛の数さえもご存知である神様は、私たちがご自身に信頼し、助けを求めて祈ることを待っておられるのです。

2026年3月25日の夜の祈り会で、私たちに示された悔い改めがあります。それは、私たちがこれまで「イエス様に助けを求める」ということを、本当の意味でしてこなかったということです。私たちは聖書の言葉を宣言したり、綺麗な言葉で祈りを繕ったり、教会で奉仕をしたりして、神様との関わりを持っているつもりでした。しかし、「イエス様は実際に私を助けてくださる方である」ということを、心の底から認めて頼ることは少なかったのです。「イエス」というお名前には「神は救い」という意味があります。イエス様は私たちを救い、助けてくださる救い主です。それなのに、私たちがその力を信じず、頼りも求めてもこなかったことは、本当に悔い改めるべきことです。

聖書には、イエス様が助けを求める人に豊かに力を現してくださった記録がたくさんあります。その一つが、今日お話しするツロとシドンの地方に住んでいたカナンの女の信仰です。

イエス様はユダヤの地を離れ、異邦人の住む田舎であるツロとシドンの地方に行かれました。救いはまずユダヤ人から始まり、やがて全世界へと広がる計画でしたが、この時はまだ全世界へ福音が届けられる前の段階でした。そこに、一人のカナンの女が叫びながらイエス様のところにやって来ました。

「主よ、ダビデの子よ。私をあわれんでください。娘が悪霊にひどく苦しめられています。」(マタイ15:22)

彼女は異邦人であり、ユダヤ人からは偶像礼拝をする罪深い者として忌み嫌われる存在でした。それでも彼女は、自分の立場を気にすることなくイエス様を頼ってきました。彼女が「ダビデの子よ」と呼んだのは、イエス様こそが聖書に預言されたメシア(救い主)であると認めていたからです。

彼女の抱えていた問題は、娘が悪霊に取り憑かれていることでした。偶像礼拝が蔓延する場所では、悪霊が働きやすくなります。彼女はこの問題を解決できるのはイエス様しかいないと信じて近づきましたが、イエス様は彼女に一言もお答えになりませんでした。彼女が叫び続けても無言のままで、ついには弟子たちまでが「あのように叫びながら後からついて来るのですから、彼女を帰らせてやってください」(マタイ15:23)と冷たく言い放ちました。

彼女の目には、この状況がどのように映ったでしょうか。頼りにしていたイエス様は何も答えてくれず、周りの弟子たちも冷たい。まさに完全に孤立した「アウェイ」な状況です。「やっぱり罪深い私の言うことなんて聞いてくれないのだ」と諦めて立ち去ってもおかしくない場面でした。しかし彼女は、娘の問題を何としてもイエス様に解決していただきたいという強い執念を持っていました。皆さんは、自分の抱える問題を「何としてもイエス様に解決していただきたい」と本気で求めているでしょうか。「イエス様に迷惑だから自分で解決しよう」などと諦めてはいないでしょうか。

沈黙を続けるイエス様は、ついに彼女にこう言われました。

「わたしは、イスラエルの家の失われた羊以外のところには、遣わされていません。」(マタイ15:24)

この言葉を聞いて、彼女は帰ってしまったでしょうか。いいえ、違います。

「しかし、女は来てイエスの前にひれ伏し、『主よ、私をお助けください』と言った。」(マタイ15:25)

どんなに突き放されたように感じても、彼女は「主よ、助けてください」と食い下がりました。あれこれと思案せず、ただひたすらにイエス様に助けを求める。この信仰がとても大切なのです。

すると、イエス様はさらに厳しい言葉を口にされました。

「子どもたちのパンを取り上げて、小犬に投げてやるのはよくないことです。」(マタイ15:26)

子どもたちとはイスラエルの民のことであり、小犬とは異邦人である彼女のことを指しています。イエス様の使命はまずイスラエルの民を養うことであり、その恵みを異邦人に与えるのは良くないと、彼女を小犬呼ばわりしたのです。普通なら、ここで傷ついて怒り、引き下がってしまうでしょう。しかし彼女は違いました。

「主よ、そのとおりです。ただ、小犬でも主人の食卓から落ちるパンくずはいただきます。」(マタイ15:27)

彼女はイエス様の言葉を逆手に取りました。「おっしゃる通り、私は小犬です。でも、小犬には小犬としての権利があります。主人の食卓から落ちるパンくずをいただく権利です」と言ってのけたのです。彼女は自分のプライドを捨て、イエス様を「主人」と認め、その主人から与えられる恵みを決して諦めませんでした。

私たちは今、十字架の後の時代に生きています。イエス様の救いは異邦人である私たちにも大きく開かれています。私たちがイエス様のお名前によって祈り求めることを、イエス様は決して咎めたりはなさいません。ただ、「助けてください」と素直に求めるべきなのです。

彼女のこの祈りに対し、イエス様はこう答えられました。

「ああ、あなたの信仰は立派です。その願いどおりになるように。」(マタイ15:28)

イエス様は彼女から豊かな信仰を引き出されました。ここでの「立派」という言葉は、ギリシャ語で「メガス(巨大な)」という意味です。イエス様は感嘆の声を上げて、「ああ、あなたの信仰は巨大ですね!」と彼女を褒め称えたのです。周りにいたどの弟子たちよりも、この女性の信仰が最も巨大でした。

私たちも、この巨大な信仰を持つべきです。巨大な信仰とは、たとえ答えが遅くても、周りから冷たくされても、自分のプライドが傷ついても、イエス様を決して手放さず、「主よ、助けてください」と呼び求め続けることです。

イエス様は、ルカの福音書で「不正な裁判官のたとえ」を語られました。ある町に、神を恐れず人を人とも思わない不正な裁判官がいました。そこに一人のやもめが来て、「私の訴えを取り上げて、裁判をしてください」と何度も頼みました。裁判官は最初は取り合いませんでしたが、彼女があまりにも何度もやって来てうるさく頼むので、「このやもめはうるさくてたまらないから、願いを聞いてやろう」と言いました。

イエス様はこのたとえを通して、こう教えられました。

「神は、昼も夜もご自分に向かって叫ぶ、選ばれた者たちのために、さばきを行わないでいつまでも放っておかれるでしょうか。」(ルカ18:7)

神様とは真逆の性質を持つ不正な裁判官でさえ、求め続ければ願いを聞き入れるのです。ましてや、天の父なる神様が、昼も夜も叫び求める子どもたちの祈りに答えてくださらないはずがありません。もし、物事が思うように進まなかったり、願いが叶えられていないと感じるなら、私たちも何度も何度もイエス様に「どうか助けてください」と訴え続けるべきなのです。神様は、私たちがご自身に関わり、求め続けることを望んでおられます。

旧約聖書に登場するアブラハムと、約束の子であるイサクの例を考えてみましょう。アブラハムの子孫が星の数ほど増え広がるという約束がありましたが、イサクが結婚してから子どもができるまで、なんと20年もの歳月がかかりました。約束の民であるということにあぐらをかいて、「神様がそのうち与えてくれるだろう」と中途半端な気持ちで過ごしていたのかもしれません。しかし、ついにイサクは「主にお願いした」(創世記25:21)とあります。彼が真剣に神様に助けを求めて祈ったとき、ようやく子どもが与えられたのです。約束の民でさえ祈り求める必要があったのですから、ましてや私たちはなおさら祈り求めるべきです。

今日のメッセージはとてもシンプルです。「求め続けるべき」ということです。「イエス様、助けてください」と、ただその祈りを求め続けてください。病の癒やし、問題の解決、次世代の救いなど、どんなことでも諦めずに求め続けるなら、主は必ず答えてくださいます。

イエス様は不正な裁判官のたとえの最後に、「しかし、人の子が来るとき、果たして地上に信仰が見られるでしょうか」(ルカ18:8)と言われました。今の時代、私たちが求め続けることをやめてしまえば、敵の罠に陥ってしまいます。まるで答えがないように見えても、昼も夜も求め続けるなら、皆さんの信仰は巨大になっていき、主は必ず祈りに答えてくださいます。イエス様が生きて働かれることを、皆さん一人ひとりが豊かに体験できますように。イエス様のお名前によって祝福いたします。アーメン。

(続いて、礼拝での応答の祈り)

ハレルヤ。天のお父様、感謝いたします。愛するイエス様、あなたは生ける神の御子であり、私たちの救い主です。これまで、私たちが綺麗な言葉を並べるだけで、本気で「イエス様、助けてください」と頼ってこなかったことをお赦しください。どうか私たちの問題を解決し、あなたが確かに生きて働かれる方であることを体験させてください。

今、牧師のメッセージを通して、魂がわななき震えるような思いです。イエス様が再び来られる時、私たちは賢い乙女たちのように油の備えをしているでしょうか。助けを呼び求めない中途半端な信仰ではなく、本気で悔い改めて、主の御名を呼び求める信仰を与えてください。2026年3月25日の夜遅くまで、皆で祈り悔い改めたように、これからも「助けてください」というシンプルな信仰を握りしめて歩みます。

スロ・フェニキヤの女のように、イエス様の言葉を盾に取り、決して諦めない「メガス(巨大)なる信仰」を働かせていきたいと願います。「ああ、あなたの信仰は巨大です。願い通りになるように」という主の御言葉を引き出すまで、私たちは祈り続けます。イエス様、どうか助けてください。イエス様のお名前によってお祈りいたします。アーメン。

【結論】

イエス様は、私たちがご自身を真の「救い主」「主人」として頼り、諦めずに「助けてください」と叫び求めることを待っておられます。たとえ答えが遅く感じられても、プライドを捨てて食い下がる「巨大な信仰」を持ち、絶えず祈り求め続けることで、私たちは主の生きた御業と解決を体験することができます。

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