メッセージ - 救いを受け入れない者への神のうめき(ローマ9:1-12)
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韓国語通訳有
パウロはユダヤ人同胞から数多くの迫害を受け、幾度も陰謀によって陥れられたり、時には石打にさえ遭った。
それなのに彼は、同胞を思って深く悲しみ、心痛め、しかも、同胞のためになら、自分がキリストから引き離され、呪われた者となって良いとさえ願うほどだ。
彼はなぜ、そんなにもユダヤ人のためにうめくのだろう。
そのうめきは聖霊によるものであり、そして神のうめきである。
神はイスラエルを救おうと数々の預言者や、一人子イエス様さえ遣わして、救いの道を示して来たが、彼らはその救いを受け入れなかった。
イエス様も、エルサレムに登られた時、都を見て泣かれた。
パウロは8章において、世の何者も引き離すことの出来ないキリストの愛のすばらしさを説いたが、ユダヤ人達はキリストを受け入れないがために、せっかくのその素晴らしい愛と贖いを受けられないという、「大いなるもったいなさ」を嘆いている。
もちろん、ユダヤ人達がキリストを受け入れないからといって、神の約束が無効になるわけではない。
イスラエル人(アブラハムの血縁)だけが救われる、というわけではなく、御言葉の約束を信じる者こそ真にアブラハムの子孫と見なされ、救われるのである。
事実、ユダヤ人が福音を受け入れないから、その福音は世界に広まり、多くの異邦人たちが信じてアブラハムの子孫に加えられている。
神は、神の約束を信じきれずに、人間の力によって先走った結果生み出した「イシュマエル」を祝福するのではなく、神の約束を人間が受け止めた結果生まれた「イサク」を祝福するのだ。
救いが成就するのは、神の側から救いの約束が示された時、人が自由意思をもってそれに応答するなら、である。
しかし、パウロの時代のイスラエルは、神の側から差し伸べられた救いの手を、掴まなかったため、救いを逃してしまった。
同様に、この時代の日本も、神から示された救いの道を掴まず、数々の災いに遭っている。
そんな日本のために神と共にうめき、とりなし、そして約束の御言葉を自らしっかり掴んで、祝福をたくさん掴み取る皆さんでありますように。
イエス様の名前によって祝福します!