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メッセージ - この岩は、躓きとなるか?救いとなるか?(ローマ9:24-33)

この岩は、躓きとなるか?救いとなるか?(ローマ9:24-33)

カテゴリ : 
礼拝メッセージ説教音声配信 » 講解説教(新約) » ローマ人への手紙
執筆 : 
pastor 2011-9-26 21:53

礼拝説教メッセージ音声:この岩は、躓きとなるか?救いとなるか?(ローマ9:24-33):右クリックで保存
韓国語通訳有

頑なに悔い改めない者が、さらに頑なになって、滅びへと落ち込んで行くんで行く。
それでも神は忍耐して、彼らが悔い改め、イエスに立ち返る事を待っておられる、という事を前回学んだ。

イスラエルの民の多くは、イエスがメシヤである事を頑なに受け入れなかったが、その結果、福音は異邦人に広く伝えられ、多くの異邦人が救いへと導かれた。
異邦人の救いについてパウロは預言者の書を引用して提示している。

神の民でない者達、本来見捨てられるべき異邦人さえ、「生ける神の子供」とされるという逆転劇を、ホセアが既に預言しており(25,26節)、
また、たとえイスラエルの子らの数が海辺の砂のようであっても「残りの者」だけが救われる事が、イザヤによって預言されている。(27節)
イスラエルの内の救われる「残りの者」とは、つまりイエス様を信じた者達である。
もしこの残りの者がいなかったら、イスラエルといえども、ソドムやゴモラのように、とうの昔に滅ぼされていたわけである。(29節)
結局、イスラエルであろうと異邦人であろうと、共通して救われる者とは、信仰による者である。

実に皮肉であるが、義を追い求めもしなかった異邦人が救われ、義を追い求めたユダヤ人が救われなかった。
「なぜですか。イスラエルは、信仰によってではなく、行いによって達せられるかのように、考えたからです。彼らはつまずきの石につまずいたのです。」(ローマ9:32)
信仰による者こそ義とされるのであるが、イスラエルはつまづきの石、すなわち、イエス様につまづいてしまった。
我々は、何かの行いをして成果を出したら救われる、という罠に陥りやすいが、神様が人に求められる事は、何かをしたりしなかったりする事ではなく、いのちなる御方イエス様を信じる事である。

今日の箇所から私たちが気をつけるべき事は、私達も心を頑なにしてはならない、という事だ。
救いの道がこれだ、と示されたなら、素直にそれに従えば良い。
その救いの道とは、何度も聞いている通り、イエス様を自分の救い主として信頼し、彼の言う通りに行う事である。
ここを離れて、自分勝手にああせよこうせよという思い込みを、頑なに握り締めているなら、救いを逃してしまうのだ。

イエス様を躓きの岩とはせず、むしろこの御方に信頼する皆さんでありますように。
イエス様の名前によって祝福します!

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