メッセージ - 裁いてはならない理由(ローマ14:1-12)
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韓国語通訳有
ローマ14章のテーマは、兄弟姉妹を裁いていはならない、である。
兄弟姉妹が自分の価値観とは違った事をしてたとしても、それの動機が「主のため」であれば、裁いたり侮ったりすべきではない。
しかし、兄弟姉妹を裁かなくてはならない時もある。
それは、例えば偶像礼拝や不品行など、主の忌み嫌われる事と知っていながら敢えてそれを為したり、戒めても改善しない場合である。(1コリント5:11-13)
兄弟姉妹の価値観は、各々の信仰によって、それぞれ違う。
「ある人は何を食べてもよいと信じているが、信仰の弱い人は野菜だけを食べている。」(2節)
当時、店に売っている肉は、偶像に備えられたかどうか分からない状況だったため、信仰の弱い人は、肉を食べなかったが、全てのものは感謝する事によって清められると知っている人は、良心の咎め無く感謝して食した。
また、ある人は或る日を主のために特別に守らなくてはならないと考えていたが、別の人はそうではないと考え、諸々の規定から自由にして下さった主にあって、日を守る事に囚われる事がなかった。
このように、それぞれ主にあって色々な価値観を持った兄弟姉妹達がいるが、他が自分と違うからと言って裁いてはならないし、また、信仰が弱いと言って侮ってもならない。
なぜなら、食べる人も食べない人も、ある日を守る人も守らない人も、主に対する信仰によって、そうしているからである。(6節)
もし、その人の主張にイエス様が不在だったり、御言葉や信仰の根拠無く「私は肉をたべない、だからあなたも肉をたべちゃダメ」と押し付けるだけなら、単に裁いているだけであって、彼の姿勢は正すべきである。
私達はイエス様のしもべとなったのであって、誰か人のしもべになったのではないのだ。
もう一つ、兄弟姉妹を裁いてはならない理由は、私達は皆いずれ神の裁きの座の前に立ち、自分のことについて神に申し述べる時が来るからだ。(10-12節)
私達は、兄弟姉妹を裁いている場合ではない。
信仰の弱い人を侮る事無く、また他人が自分と同じ事をしないからと言って裁くのでもなく、愛を持って兄弟姉妹に仕える皆さんでありますように。
イエス様の名によって祝福します!