メッセージ - カインの子孫と神を呼ぶ子孫(創世記4:8-16)
礼拝説教メッセージ:カインの子孫と神を呼ぶ子孫(創世記4:8-16)
※ 本日の録音は不備がありましたため、テキスト配信のみとなります。
神はカインの乞い願う憐れみに応え、だれもカインを撃つことのないようにと、しるしを付けて下さった。
彼はその施してくださった憐れみの故に悔い改め、へりくだって生きるべきであったが、そうではなかったようである。
彼は主の前から去って、町(城)を建てて住み、子や孫、ひ孫、玄孫、来孫を生んで行った。(17,18節)
カインの来孫にあたるレメクは、二人の妻をめとり、家畜を飼う者の先祖・ヤバル、笛と竪琴を巧みに奏する者の先祖・ユバル、青銅と鉄のあらゆる用具の鍛治屋の先祖・トバル・カインを産んだ。
地が呪われ、農耕をする事はできなくなったカインは、代わりに、町を立てて集まり、畜産や芸術、技術などの文明を発達させ、神に頼るのではなく、結束して自らの力に頼って生きるようになった。
しかし、それは主から離れた生活、神なき文明であり、代を下るごとにその暴虐さは増して行く。
カインの子孫がどのような価値観であるのか、レメクの言葉から見る事が出来る。
『レメクは妻に言った。「アダとツィラよ、わが声を聞け。レメクの妻たちよ、わが言葉に耳を傾けよ。わたしは傷の報いに男を殺し/打ち傷の報いに若者を殺す。カインのための復讐が七倍なら/レメクのためには七十七倍。」』(創世記4:23-24)
カインは、やられたら七倍の復讐だったが、レメクの代ではそれが七十七倍に増加しており、少しでもやられたら相手を殺した事を妻たちに、しかも、誇らしげに自慢している。
このように、やられたら何倍にもして返す生き方、相集い、文明を発達させる生き方を続けて行くと、地は堕落し、暴虐に満ちて行き、神が心痛めるまでになるのである。(6章)
神はなぜカインを生かしておいたのか。それは、憐れみである。
人は、すぐにでも滅ぼせば良かったのに、と思うかもしれないが、もし神がそうだとしたら人は誰も残っていなかっただろう。
しかし神は、主に従う子孫も備えて下さる。
「セトにも男の子が生まれた。彼はその子をエノシュと名付けた。主の御名を呼び始めたのは、この時代のことである。」(26節)
アダムに再び子が生まれた。
その子はセト、セトの子はエノシュで、このエノシュの代から、主の御名を呼ぶようになっていった。
バアルにひざをかがめない七千人のように(1列王19:18)、世の中がいかに不信仰に満ちようとも、主は、主の残された民を、備えておられるのである。
人はカインの子孫になりたがる。
しかし、私たち主に呼び出された者達は、主の御名を呼ぶ事をやめてはならない。