メッセージ - 系図に秘められた福音(創世記5:1-32)
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韓国語通訳有
創世記5章は、アダムの子セツ以降、人類が一旦滅びるノアの時代までの系図である。
人名にはそれぞれ意味があるが、面白い事に、アダム系図の名前の意味を順に列挙して行くと、ある意味が浮かび上がって来る。
アダムは「人、土」という意味があり、セツは「約束の、授けられた、定着した」という意味で、エノシュは「脆い、致命的、悲惨」、ケナンは「悲しみ、哀歌」、
マハラルエルはマハラル「祝福」とエル「神」の合成で、「祝福の神」という意味、エレデは「降りてくる」、エノクは「教える、始まる、ささげる」、
メトシェラは「彼が死ぬ時、何かが起きる」、レメクは「嘆き、悲しみ」、ノアは「慰め、新しい希望」という意味である。
これらの名前をつなげると、次のようになる。
「人は、定着した(約束された)。脆さ、致命的、悲惨、悲しみが。祝福の神は、降りてきて、捧げた(教えた)。彼が死ぬ時、次の事が起きた。嘆き悲しみは、慰められた(新しい希望となった。)。」
これは、キリストを如実に表していないだろうか。
系図の中には他にも、福音がちりばめられているのを見る。
「エノクはメトセラを生んだ後、三百年、神とともに歩み、男子と女子を生んだ。・・・エノクは神とともに歩み、神が彼を取られたので、いなくなった。」(創世記5:22-24)
エノクは信仰によって神と共に歩み、死を経験しないよう天に移された(ヘブル11:5)が、エノクは、信仰によって永遠の死から免れる、現代の私達の雛形である。
また、エノクはカイン系列の不信心な者たちに預言した。
『アダムから数えて七代目に当たるエノクも、彼らについてこう預言しました。「見よ、主は数知れない聖なる者たちを引き連れて来られる。それは、すべての人を裁くため、また不信心な生き方をした者たちのすべての不信心な行い、および、不信心な罪人が主に対して口にしたすべての暴言について皆を責めるためである。」』(ユダ14,15節)
彼は、邪悪な世代に対し、やがて主が来られて全ての人を裁かれる事を公に言った。
私達もまた、世に対して福音を伝え、義と裁きと救いについて伝えるべきである。
エノクは自分の子の名にメトシェラ(彼が死ぬ時、何かが起こる)と名付けたが、実際、メトシェラが死んだ年に、洪水が起こった。
(メトシェラが187歳になったとき、レメクを産み、レメクが182歳になった時ノアが生まれた。この時、メトシェラは187+182=369歳。
ノアが600歳の時に大洪水が起こり(7:6)、この時メトシェラは369+600=969歳、5章27節の彼の死んだ歳と一致している。)
メトシェラ自身の名前は、そのまま預言だったのである。
神は、前触れもなく突然裁きを起こすことはなさらない。
必ず預言の御言葉を人々に示し、そのとおりに事を行われるお方である。
私達もエノクやノアのように、邪悪な時代にあって御言葉を世に示し、伝え、信仰にあって生きていくのである。
このノアの時代に一旦人類は滅びたのだが、ノアは神とともに歩んだ信仰によって、滅び去る世から、次の新しい改まった世へと生きながらえた。
私達も、信仰によって次の世へと生き長らえるのである。