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メッセージ - 礼拝メッセージ説教音声配信カテゴリのエントリ

本日は横須賀の信徒宅にてサムギョプサル・パーティでした。

サムギョプサルとはバラ肉を独特の鉄板で焼いて油を除き、焼いた肉をサラダやごまの葉に乗せ、さらに万能葱の唐辛子和え、焼きにんにく、青唐辛子、韓国の赤い味噌(そんな辛くない)を乗せ、くるんで食べる料理です。

とても美味しく、交わりも楽しかったですが、私はすごく居心地が良くまた疲れも溜まっていたので、暫くソファで眠ってしまいました。お陰で頭がすっきりです。

私が御言葉を語る予定でしたが、聖霊は別の姉妹に語るよう強く促されましたので、導きに従い、その家がいのちに溢れ祝福に入る御言葉を頂きました。

主の祝福がさらに豊かにありますように。

配信がお久しぶりのような気がします。

月曜から今日までジェットコースターに乗っているような日々でした。

月曜は早天の後、車で山梨へ向かい、ある姉妹の家に行って交わり&出張メッセージしました。

そこから御殿場に向かい、以前より交わりを続けさせていただいている夫婦宅にてお食事とお風呂をいただき、少しばかりの聖書メッセージもさせていただきました。

そこから富士山中腹の道を越えて富士市へ向かい、深夜に富士純福音教会に到着。

少しばかりの交わりと睡眠を取り、早天礼拝のメッセージを語らせていただきました。

火曜は沼津へ移動して、以前から定期的に交わりを持たせていただいている姉妹達と夕方まで交わり、横浜へ帰ってきて夜の祈祷会に出席。

すぐにでも眠りたかったけれど、ある事で緊急に霊的な戦いをする必要に迫られ、結局あまり眠りもせずに翌朝早天礼拝に。

早天の後にやっと4時間ほど睡眠を取る事が出来て、11時から礼拝メッセージ準備&午後礼拝、聖書の学び会、そして病院へ。

皆さんにもお祈りに覚えていただいていた姉妹が今日退院しました!

そしてさっき夕方礼拝を終えて、やっとメッセージアップが出来た次第です。

疲れてはいますけれど、働きをするための元気が主から流れてきますので保たれていました。これからゆっくり休むことが出来ます。

明日は横須賀の信徒宅へ出張礼拝に行くつもり。

またまた配信が遅れる可能性大ですが、ご容赦願います。

尚、来週は月曜から金曜まで新潟グローリーチャペルへ出張しますので、早天礼拝の配信はありません。

あちらでのメッセージは、何らかの形で配信したいと思っております。

礼拝説教メッセージ音声:神と呼ばれるものは多くとも(使徒12:20-25):右クリックで保存
韓国語通訳有 한국어예배

ティルスとシドンの住民は、ヘロデ王から糧食を得ていたが王の怒りを買っていた。
そこで住民らはヘロデを神と呼んで褒め称えたが、彼は御使いに打たれ、蛆に食われて死んだ。

日々の食料をもらうために、神でないものを「神」呼ばわりしつつ、機嫌を取らなくてはならないのが、呪われた人間世界である。
神と呼ばれるものは世に多いが、それの大体は身勝手で多くの犠牲を要求するものだ。
ヘロデの場合、わずかの間食料を与えてくれる神になったかもしれないが、彼はあえなく蛆に食われて息絶えた。
神ではないのに神と呼ばれる人間や物など、そんなものである。

ヘロデは教会を迫害したためその罰を受けた意味もあったかもしれない。
しかし決定的理由は「神に栄光を返さなかった」からだ。(23節)
力や権力のある自分を、神、あるいはそれに近い者とし、まことの神に栄光を帰さない事は、重大な罪なのである。

使徒12章全体を見ると、教会は広がるどころか縮小するのではないかという脅威にさらされていた。
同胞達から排斥され、国家権力からも攻撃され、主だったメンバーも殺され、頭とされていてたペテロも捕らえたれた
しかし結局、教会は存続したどころかますます栄え、教会を攻撃したヘロデも、ペテロを捕らえていた兵士達も、滅びることになった。

「神の言葉はますます栄え、広がって行った。」(使徒12:24)

12章の最後を見て分かるとおり、いのちの言葉はさらに広がり、神を信頼する者達は最後には勝つのである。
教会がやっていたと言えば、ただ祈っていただけであった。
デモをしたとか、刺客を送って王を暗殺させたとかではない。
教会は、ただ神を畏れ、祈るのである。
神を畏れる者は、御使いに命じて足が石に打ち当たる事の無いよう守り、御使いに陣を張らせ守らせてくださる。(詩篇91篇、34編)

刹那的に強力に見えたヘロデについた者も一人や二人はいたかもしれないが、そういう者達は、恥を見たであろう。
この終わりの時代にも守られる者とは、イエスの御名を否まず、忍耐して御言葉を守る者である。(黙示録3:8-10)
そのような皆さんでありますように、イエス様の名前によって祝福します!

5/2(月)〜5/6(金)の間、パスター林と川合は新潟グローリーチャペルへ出張奉仕に行きます。

その間、ホームページやメール等の定期的なアップデートはありませんが、横浜天声キリスト教会における朝夕の礼拝や祈祷会などは通常通り行っております。

 

今日は楽しく祝福されたイースターでした。

100個作ったイースターエッグも、全て聖徒達の手に渡りました。

これからまた病院に出張礼拝に行ってきます。

尚、明日から明後日まで山梨・静岡へ出張に行きますので、火曜朝の早天礼拝の配信はありません。

礼拝説教メッセージ音声:死からいのちへの名義変更(2コリント5:14−17)
第一礼拝(日本語)礼拝全体音声:右クリックで保存
第二礼拝(韓国語通訳つき)メッセージのみ:右クリックで保存
週報/メッセージ(説教)概要:右クリックで保存

本日イースターはイエスキリストの復活を祝う日である。
なぜ今日のキリスト者は、そんな2000年前の出来事を祝うのだろうか。現代の私達と、どんな関係があるのだろうか。また、イエスは死と復活によって、私達に何をして下さったのだろうか。

私達は、生まれながらの状態にあっては自分の過ちと罪のために死んでおり、この世を支配する者サタンの支配下において過ちと罪を犯して歩み、神の怒りを受けるべき者だった。(エペソ2:1-3)
神の基準を満たす事は出来ず、むしろ罪の故の債務証書が私達を責め立てていた。
しかし私達の主は、復活の日、私達を訴える罪と言う債務証書を、流された血によって帳消しにし(コロサイ2:14)、努力しても決して届かなかった永遠の命という代金を、ご自分のいのちで払い済みにして下さった。
それは客観的事実であり、真理だが、その事は誰にも彼にも無条件に自動的に適用されるものではない。
その事を信じる事、すなわち「信仰」によって歴史上の人物イエスから、「私の主イエス」とする必要がある。

「信仰とは、望んでいる事がらを"確信"(ὑπόστασις フーポスタシス:実体、権利証書)し、まだ見ていない事実を"確認"(ἔλεγχος エレグコス:証拠、監査明細)する事である。」(ヘブル11:1)
即ち、「信仰とは、望んでいる事柄の権利証書であり、まだ見ていない事実の監査明細である。」
もし、この教会のビルの全所有権は天声教会のものである、という不動産権利証書があって、それを提示して主張するなら、ビル全フロアを教会にもできるし、監査証があるなら誰も文句を言う事はできない。
同様に、信仰があるなら御言葉に示されている莫大な権利の目録は私達のものとなるが、信仰がなければ、神に対して、永遠の命に対して、サタンに対して、何の権利を主張出来ない。
私達の所有はサタンからイエスへと、死からいのちへと名義変更された事を信じ、主張するべきである。

イエスのものに名義変更されたと信じた者には、どのような特典が与えられているだろうか。
「信じる者は、永遠の命を得、また、裁かれることなく、死から命へと移っている。」(ヨハネ5:24)
「信じる者は決して渇くことがない。その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる。」(7:38)
「主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです。」(2コリント8:9)
「あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。」(1ペテロ2:9)
「また、私の神は、キリスト・イエスにあるご自身の栄光の富をもって、あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます。」(ピリピ4:19)

また、信じる者には、次のような権威が与えられている。
「わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない。わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる。あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる。」(マタイ16:18,19)
「信じる者には次のようなしるしが伴う。彼らはわたしの名によって悪霊を追い出し、新しい言葉を語る。
手で蛇をつかみ、また、毒を飲んでも決して害を受けず、病人に手を置けば治る。」(マルコ16:17,18)

聖書は、にわかには信じられないほど絶大な権利が書かれてある証書である。
「すべては、あなたがたのものです。パウロもアポロもケファも、世界も生も死も、今起こっていることも将来起こることも。一切はあなたがたのもの、あなたがたはキリストのもの、キリストは神のものなのです。」(1コリント3:21-23)
しかし、信じない者には、この栄えある領域には足一本も踏み入れることが出来ない。
主イエスの流された血によって名義変更され、共に復活した者として、大胆にこの莫大な権利を主張し、行使する皆さんでありますように。イエス様の名前によって祝福します!

今、教会ではイースターエッグを作っている所です。

昨晩の徹夜祈祷会から泊り込んでいるメンバーと一緒に、合計80個ほど作っています。

ゆでている間に割れてしまったものは私が食べているので、もう5個くらいはおなかの中に入っています。

礼拝説教メッセージ音声:おっちょこちょい集団が出し抜く時(使徒12:12-19):右クリックで保存
韓国語通訳有 한국어예배

御使いによるペテロの奇跡的な救出劇に対して、教会の応対はどうだったか。
それは、記録さえしないでおれば格好が良いまま終わっていたのに、と思える程、おっちょこちょいな対応だった。

教会はペテロが助かる為に祈っていたはずなのに、いざ、その張本人が本当に助かって目の前に現れてみると、にわかには信じられなかったようだ。
彼らは「さあ祈るぞ」「ねえ聞いて聞いて」「気が変になったのだ」「守護天使だろう」など等、おしゃべりしたり盛り上がったりする事が、好きだったようである。
私達も本来の祈りの目的を忘れ、仲間内でおしゃべりしたり盛り上がる事を第一にしているなら、ロデのように、おっちょこちょいな者として永遠に記されてしまうかもしれない。

しかし主は、これは叶えられないだろうと人に思えるような祈りでも、あざやかに応えてくださる御方である。
当初、ヘロデ王も兵士達も、こんな弱くまとまりの無い集団を潰すなど朝飯前、と思っていたかもしれない。
ヘロデ王は国家権力を用い、二重の衛所に鉄の門、16人体制という抜かり無さでやっていたのに対し、
教会は、集って祈っていただけで、ペテロに至っては、単に寝ていただけである。

ところがその教会というおっちょこちょいで抜かり有りな集団のほうが、ヘロデ王達を出し抜いたのだ!
彼らには、キリスト者達に手を出すと痛い目に遭うぞ、と大いに印象付けられたに違いない。
私達の主イエスにより頼み、十字架の死に明け渡しているなら、このように、主が実に痛快な救いを与えて下さるのである。

「12:16 しかし、ペトロは戸をたたき続けた。彼らが開けてみると、そこにペトロがいたので非常に驚いた。」

天使は鉄の門をやすやすと開いたが、教会の門までは開かなかった。
確かに主は、私達を縛る鎖を断ち切り、行く手を阻む鉄の門も開く。
しかし、教会の門も、天の門も、天使にではなく私達教会に委ねられているのである。
「わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる。あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる。」(マタイ16:19)
為す術も無く滅んでいく者達や、主を知らない者達のために大いに祈り、教会の門を開き、そして呪いや悪しき者達に対しては、門を閉じるべきである。

「夜が明けると、兵士たちの間で、ペトロはいったいどうなったのだろうと、大騒ぎになった。
ヘロデはペトロを捜しても見つからないので、番兵たちを取り調べたうえで死刑にするように命じ」(使徒12:18)

当時の衛兵達は、囚人を逃がしてしまうと、その囚人の刑が科せられてしまうという決まりがあった。
聖徒達の痛快で朗らかな様子に対し、ヘロデの部下達は、何と悲惨な事だろう。
トップが呪われているなら、例え強く有用な者達が集まっていてもその組織は呪われている。
しかし、主イエスの名の下にある集まりであるなら、どんなに要領悪く弱い集団であっても、そこは祝福されているのだ。

主にしっかり繋がって痛快な救いを体験し、天の門をしっかり管理する皆さんでありますように。
イエス様の名前によって祝福します!

昨日は静岡の姉妹達が当教会に来て下さいました。

今年の初めには、末期がんで危ない状態、という事で祈りに覚えていたのですが、そうだったとは信じられないほど元気なご様子でした。

ご近所の方から「癌なんてうそだ」と思われた程だそうです。(笑)

天声の皆とも初対面だったのですが、全然そんな気がせず、祈りの会も交わりも祝福されすぎて、楽しすぎて、主はこれでもか!というくらい私達に恵みと祝福を押入れ揺すり入れして下さいました。

別れが名残惜しかったですが、主に癒していただいた暁には、ぜひ泊り込みでお交わりをしたいです。

交わりの後には、病院にお見舞いに行き、夜の祈祷会をした後、「Sister Act 2(天使にラブソングを2)」を観ました。

とても盛りだくさんな一日でした。

礼拝説教メッセージ音声:殺されるにしても生かされるにしても(使徒12:1-12):右クリックで保存
韓国語通訳有 한국어예배

教会は勢いを持って発展して行ったが、それを妬み歯軋りする者、サタンの攻撃もあり、ヨハネの兄弟ヤコブが殺された。
ペテロやヨハネと共に初期の段階から主イエスに仕え、主の近くで特別な場面も通ってきたかの弟子は、ヘロデ王が民に取り入るためのネタとして、剣で殺された。

この時ヤコブはなぜこのような殺され方で殺され、ペテロは奇跡的に生かされたのか、と思うかもしれない。
主は当然、ヤコブをも剣から救い出そうとするなら、救い出せた。
しかし、亡くなる側と生き残る側のどちらになるのか、また、どちらにつくのが良いのか、結局人には分からない。
それに、人が生きたいと願おうと召されたいと願おうと、生死の事は人に委ねられていない。
主だけが力ある御方であり、最善を知る御方であり、いのちは主のものである。
とにかく彼の死の結果、主に敵対する者達の邪悪さが明らかにされ、聖徒達の真剣な祈りが起こされ、
遂には、主につく側と敵対する側に対する神からの絶対的な格差、すなわち祝福と呪いが明らかにされた。

ヤコブを殺した事がユダヤ人たちの気に入ったのを見たヘロデは、ペテロをも捕らえた。
ペテロが連行された場所は、鉄の門と2つの衛所の奥という堅固な獄屋で、しかも四人一組の兵士四組体制で監視された。
たかだか一人の一般人を拘束するには厳重すぎるほど厳重に思えるが、過ぎ越し祭という民衆の盛り上がりが高みに達している時にペテロを引き渡す、いわば扇動イベントの重要なネタとしたかったのかもしれない。

当のペテロは、2本の鎖に両手を繋がれ、二人の兵士の間で眠っていた。
時は過越祭の夜、十字架に架かっているような有様で二人の人の真ん中に立ち、眠っている所を、脇腹を叩かれた。
この有様は、イエス様の十字架の場面と大いに重なる。
彼はこの時、死も同然の状態だったが、死といえば復活であり、十字架といえば救いである。
教会では彼のために熱心な祈りが捧げられていたが、主はその祈りに応えて下さった。

祈っている者達は、兵士のように力も無いし、社会的に弱く貧しいし、要領も良くない。
しかし神により頼んでいるなら、いかに大勢の権力者達から狙われようとも、王から狙われようとも、主は救い出す事が出来るのだ。

今の私達にも諸々の攻撃や困難があるが、主にあって守られ、誇り高く歩んで行ける皆さんでありますように。
イエス様の名前によって祝福します!

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