メッセージ - 礼拝メッセージ説教音声配信カテゴリのエントリ
礼拝説教メッセージ音声:決して引き離せない(ローマ8:31-39):右クリックで保存
韓国語通訳有 한국어예배
悩んでいる事を聞いて聞いてあげたり祈ったりした時はスッキリするけれども、家に戻ってみると、依然として思い悩む心が沸き上がってくる、という事がたまにある。
問題の解決は、誰かに祈ってもらうよりも、むしろ、その人自身が「何を信じているか」によって左右される。
私はそのような時、「あなたは誰を主としていますか?」と聞く事にしている。
そう聞くと大体の人は意外な表情をする。
しかし、どのようなお方を主としているか、というのが実はとても大切である。
ある人は「神様」を主としていると言うが、神様と呼ばれるものは世に沢山ある。
願いを叶えてくれる神様、やさいし神様、学業や恋愛成就の神様などなど。
しかし私達が主とすべきは、明確にイエス=キリストである。
イエスが主です、と言っても、その行いや醸し出す雰囲気に平安が感じられない場合、私は疑ってかかっている。
イエスと言っても聖書には「バラバ・イエス」や「バルイエス」、キリストでない「イエシュア」など、同名は多数いる。
私達の主イエス様は、死んだ方、否、むしろ、復活させられた方であり、神の右に座っていて、わたしたちのために執り成してくださる。(34節)
私達は、この主イエスと共に御座に座している者だ。(エペソ2:14)
キリストは死から勝利し、いつも共におり、私達の内におられる。
そして彼の愛から私達を引き離すものは被造物の中には何もない。
行き詰まることは確かにある。
しかしこれら全ての事の中にあって、私達を愛してくださるお方にあって、輝かしい勝利を得る事ができるのだ。
「死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、高い所にいるものも、低い所にいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです。」(ローマ8:38)
そのイエス様にあって、平安を保つ皆さんでありますように。
イエス様の名前によって祝福します!
礼拝説教メッセージ音声:共に天の王座に着かせられ(エペソ2:1-10):右クリックで保存
韓国語通訳有 한국어예배
「キリスト・イエスによって共に復活させ、共に天の王座に着かせてくださいました。」(エペソ2:6)
この言葉はそのまま聞くと、にわかには信じられない言葉だが、御言葉はそのまま受け入れるべき真実である。
イエスを主とした者は皆、間違いなくキリストと共に復活され、共に天の王座に着かせられている。
王座とは、権威を行使し、命令を発布する所である。
キリストと共に権威の座に座している時、限りない平安の内に権威ある言葉を語る事が出来る。
このエペソの御言葉はサタンが非常に嫌う所で、あらゆる手段、あらゆる思いの吹き込みによってそこから逸らそうとする。
もしサタンが
「天の所に座している?おまえのような罪人が?!ふざけるな!」
といった偽りの思いを吹き込んだとしても、
「御言葉にはこう書かれてある」
と言って対抗すれば、サタンは去っていく。
御座においては、世も、サタンも、この呪われた被造物も、イエスキリストの名によって支配されるのだ。
なぜ私達にこんなに特権が与えられているのか。
それは、私達自らの力や権力に拠らず、一方的な恵みによる(8節)。
自らの何かによって、大自然やサタンに対抗するなら、当然やられる。
サタンはかなりしつこく思いに攻めてくる。
「あの時ああしたじゃないか、こうしたじゃないか」
悪いことに、サタンの突く事には確かに心当たりがある。
しかし、私達にとってまことに都合が良い事に、私達の何かに拠って戦うのではなく、キリストイエスによって戦うのである。
行いに拠るのではない。行いによるのであれば到底不可能。
皆さんは恐らく昨日も一昨日も、罪を犯した事だろう。
私達が戦っていくのには、いかに力をつけるかではなく、どの立場に立つのかである。
私達が立つべきは、主イエスと共に、天の王座にである。
この天の御座から迷い出たりする事が無いように。
世に対し、サタンに対し、そして呪われた被造物に対し、主イエスの名によって命じる皆さんでありますように。
イエスの名によって祝福します!
礼拝説教メッセージ音声:祭りを祝えず悲しむ者を集める(ゼファニア3:14-20):右クリックで保存
韓国語通訳有 한국어예배
「その日、人々はエルサレムに向かって言う。「シオンよ、恐れるな、力なく手を垂れるな。
お前の主なる神はお前のただ中におられ、勇士であって勝利を与えられる。主はお前のゆえに喜び楽しみ、愛によってお前を新たにし、お前のゆえに喜びの歌をもって楽しまれる。」(ゼファニア3:17)
この希望に満ちた言葉は当然、誰にも彼にも、というわけではなく、悔い改めて主を呼び求める者に対してである。
実はゼファニア書の大部分は、恐ろしい災いの預言に満ちている。
ゼファニアはヨシヤ王の時代に活躍した預言者で、この王は自国から徹底的に偶像礼拝を取り除いたが、その前の王達は、偶像礼拝を広め、強い者達が弱い者を虐げる暴虐に満ちた時代であった。
それ故ゼファニアも、そのような者達に主の怒りの火が下ると1-3章まで預言してきたのである。
神はいてもいなくても同じ、と思っている人(ゼファニア1:12)は、恐ろしさを本当に知らない。
地獄は、確かにある。
私達はライターで簡単に火を点ける事ができるが、地獄ではそれよりも何倍も熱い硫黄による火が見える限り一面に広がり、サタンや偽預言者、イエスを主としない者達がそこで永遠に苦しむのである。
しかし、主は悪い業を悔い改め、心から主を呼び求める者を喜びとし、楽しみ、歌って下さる。
子を持つ親にとって、子供は存在だけでも喜びであるように、主イエスを信じる者は神の子とされ、子とされた者は特別扱いされる。
主は、信じる者のただ中におられ、どこにおいても救いの勇者であり、勝利を与えられる。
たとえ一人であっても、暗闇の中で寒さで震えていても。
「わたしは、祭りを祝えず苦しめられていた者を集める。彼らはお前から遠く離れ、お前の重い恥となっていた。
見よ、そのときわたしは、お前を苦しめていたすべての者を滅ぼす。わたしは足の萎えていた者を救い、追いやられていた者を集め、彼らが恥を受けていたすべての国で、彼らに誉れを与え、その名をあげさせる。」(3:18、19)
誉が与えられる者とは、主の祭りが行えないという事で苦しむ者達であり、主の祭りを祝えなくてもどうも思っていない者達に、誉は与えられない。
主を慕い、主の祭りを行えずに苦しんでいる者達には、主がプライドにかけて恥を除き、苦しみを取り払って下さる。
「そのとき、わたしはお前たちを連れ戻す。そのとき、わたしはお前たちを集める。わたしが、お前たちの目の前で、お前たちの繁栄を回復するとき、わたしは、地上のすべての民の中で、お前たちに誉れを与え、名をあげさせると、主は言われる。」(3:20)
主を恐れる者には、どのような災いの地においても繁栄を回復させ、地上における誉れとして下さる。
地震以来の1週間、主に信頼を置く皆さんを見て、世の人達は驚いたのではないだろうか。
こんな恐ろしい時世なのに、何故こんなに差別的に守られ、心に平安が保たれているのか、と。
主は、信じた者をプライドをかけて守ってくださり、誉れを与えて下さるからである。
その主に拠り頼み、苦しみには慰めを、恥には栄誉を、貧しさには富を、逆に頂く皆さんでありますように。
イエス様の名前によって祝福します。
良いニュースと悪いニュースが混在して入ってきますね。
祈りの手を引き続き緩めず執り成して行きたいと思います。
本日は静岡やイギリスからの兄弟姉妹が来られて、交わりがとても賑やかでした。
先ほどまでの交わり、とても楽しかったです。
礼拝説教メッセージ音声:日本のプリム祭となるように(エステル記、1テモテ2:1-8)
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今年は本日3/20がプリムの日、すなわちユダヤ民族が滅亡の危機から開放されたお祝いの日である。
エステルは捕囚先ペルシヤに住む、姿形の美しい従順な女性であり、ペルシャ王アハシュエロスに従順でなかったかつての王妃ワシュティに代わって王妃となった。(エステル2:17)
ある日、ユダヤ人に絶滅の危機が訪れる。
エステルのいとこモルデカイが、ハマンにひざまずかなかったため彼の怒りを買い、モルデカイだけでは飽き足らずユダヤ民族全員をも滅ぼそうという企てに王の印が押され、法として定められてしまった。
そのユダヤ人が殺されるべく日はハマンが「プル」と呼ばれるくじによって決め、その日がプリムの日である。
モルデカイが頑固なまでにハマンにひざまずかなかったのは、ハマンがキシュの子サウルの敵であったアマレク人の王アガグの子孫であったから、と思われている。
しかし結果、思いもよらない悪い事態に発展してしまい、ユダヤ人の間に大きな嘆きが起こった。
モルデカイは同胞達にリンチされてもおかしくない状況である。
ユダヤ人達は、言ってみれば自分を危機に陥れたようなモルデカイを糾弾する事はせず、また、高貴で安全な立場にいる王妃エステルの提案を怒って蹴る事もせず、ただモルデカイの提案に従い、3日間の断食をする事にした。
神はユダヤ人たちの祈りを聞いてくださり、その日はユダヤ人にとっての滅びの日とはならず、逆に彼らの敵を滅ぼす日となり、彼らにとって誉高き日となり、プリム祭の起源となった次第である。
ここではエステルやモルデカイにスポットライトが当たりがちだが、怒ったりせず清い手を挙げて祈ったユダヤ人一人一人こそ重要であり、祈りに応えた神こそが主人公である。
それと同様、今日本において救援活動している特定の働き人だけが重要なのではなく、聖徒達一人一人が手を挙げて祈って神に求める事も重要である。
今、日本のメディアでは様々な怒号が飛び交い、国中の論客達は、やれトップ対処が間違っていた、何であの時ああしなかったのか等と叫んでいる。
そんな中で聖徒達が為すべきは、1テモテ2:1-8に集約される。
1節「願いと祈りと執り成しと感謝とをすべての人々のためにささげ、王たちやすべての高官のためにもささげ」るなら、平和で尊厳に満ちた、品位ある生活が御言葉によって約束されている。
クリスチャンの中においても、社会情勢や上に立てられた権威に否定的意見があるが、それこそ善悪判断の路線であり、いのちから遠ざかる路線である。
復旧活動に当たっている働き人達の献身的・命がけの働きのお陰で、現在、状況は良くなりつつある。
このユダヤにおけるプリムの日も、日本におけるプリムの日として祝えるよう、私達も祈りたい。
今、実際的な助けを必要としている人達に、一刻も早く助けが備えられるように。
上に立てられている権威に良き知恵が与えられ、正しい判断によって混乱なく指示を出しますように。
今、被災地で救助活動しておられる働き人達の手が守られ、滞りなく進められますように。
分子の陽子・電子・中性子に至るまで、全宇宙の運行を全て支配し管理しておられる主・イエスの名によって、原発や地下プレートが、この国の人々に害する事を禁じます。
今、人を脅かしているあらゆる自然の活動に対し、地の深みから山々の頂に至る全地を統べ治めておられる主イエスの名によって、これ以上この国に害を及ぼす事を、禁じます。
人々を害為そうとしている邪悪な人的・霊的な存在には、自ら掘った墓穴に入るよう呪います。
陽子・電子・中性子から全宇宙の運行に至るまで、全て支配し管理しておられる、主イエスの名によって、日本を祝福します。アーメン。
今回は水曜昼の祈祷会でメッセージした内容を配信します。
メッセージした時点は、福島原発が爆発した事に加えて静岡で震度6強の地震が起きた翌日で、これからどうなるのだろうという状況でしたが、御言葉に留まって安息がありました。
今も予断を許せないですが、19日昼現在、神奈川は放射能レベルは通常状態で、原発も1・2号機へ送電復旧の目処が出てきたようです。
神奈川の環境放射線モニタリングシステム
http://www.atom.pref.kanagawa.jp/cgi-bin2/telemeter_map.cgi?Area=kawasaki_t&Type=WM
1・2号機へ送電復旧、19日にも 福島第一原発(朝日新聞)
http://www.asahi.com.cache.yimg.jp/national/update/0319/TKY201103190134.html
復旧作業が安全に進められるようイエスの名によって祝福し、一刻も早く安定な状態へ回復するよう、引き続きお祈りに覚えたいと思います。
佐藤直義(さとうなおよし)兄のために − 福島原子力発電所にて、電動パイプを接続する作業のリーダー
- カテゴリ :
- 礼拝メッセージ説教音声配信 » パスター日記
- 執筆 :
- pastor 2011-3-19 23:14
佐藤直義(さとうなおよし)兄のために − 福島原子力発電所にて、電動パイプを接続する作業のリーダー
祈りの要請が既に色々な方面で掲載されておりますが、こちらでも改めてお知らせします。
彼らの作業の守りと祝福を祈り、本日が日本のプリム祭のようになるようお祈りしましょう。
以下、転載。
-----
祈りの依頼主は福島第一聖書バプテスト教会、佐藤彰牧師です。
〔住所〕福島県双葉郡大熊町大野 197(原子力センター隣)
佐藤彰牧師は2〜3日まえから状況を教会のホームページで書いています。どうぞ読んでください。
福島原発の作業リーダーは福島第一バプテスト教会員です。
http://f1church.com/
今日、冷却するために電動パイプを接続する作業を行う予定です。
このプロジェクトを担当するのはクリスチャンの佐藤直義(なおよし)兄です。
どうぞ、彼のためにお祈りください。
このプロジェクトが成功すると、危険的状況から180度かわって来ます。
主がこの時、クリスチャンである兄弟をこの場において下さって、日本の人々のための器として使ってくださる事に感謝します。
-----転載ここまで
今年は本日3/20がプリムの日、すなわちユダヤ民族が崩壊の危機から開放されたお祝いの日である。
エステルは捕囚先ペルシヤに住む、姿形の美しい従順な女性であり、ペルシャ王アハシュエロスに従順でなかったかつての王妃ワシュティに代わって王妃となった。(エステル2:17)
ある日、ユダヤ人に絶滅の危機が訪れる。
エステルのいとこモルデカイが、ハマンにひざまずかなかったため彼の怒りを買い、モルデカイだけでは飽き足らずユダヤ民族全員をも滅ぼそうという企てに王の印が押され、法として定められてしまった。
そのユダヤ人が殺されるべく日はハマンが「プル」と呼ばれるくじによって決め、その日がプリムの日である。
モルデカイが頑固なまでにハマンにひざまずかなかったのは、ハマンがキシュの子サウルの敵であったアマレク人の王アガグの子孫であったから、と思われている。
しかし結果、思いもよらない悪い事態に発展してしまい、ユダヤ人の間に大きな嘆きが起こった。
モルデカイは同胞達にリンチされてもおかしくない状況である。
ユダヤ人達は、言ってみれば自分を危機に陥れたようなモルデカイを糾弾する事はせず、また、高貴で安全な立場にいる王妃エステルの提案を怒って蹴る事もせず、ただモルデカイの提案に従い、3日間の断食をする事にした。
神はユダヤ人たちの祈りを聞いてくださり、その日はユダヤ人にとっての滅びの日とはならず、逆に彼らの敵を滅ぼす日となり、彼らにとって誉高き日となり、プリム祭の起源となった次第である。
ここではエステルやモルデカイにスポットライトが当たりがちだが、怒ったりせず清い手を挙げて祈ったユダヤ人一人一人こそ重要であり、祈りに応えた神こそが主人公である。
それと同様、今日本において救援活動している特定の働き人だけが重要なのではなく、聖徒達一人一人が手を挙げて祈って神に求める事が重要である。
今、日本のメディアでは様々な怒号が飛び交い、国中の論客達は、やれトップ対処が間違っていた、何であの時ああしなかったのか等と叫んでいる。
そんな中で聖徒達が為すべきは、1テモテ2:1-8に集約される。
1節「願いと祈りと執り成しと感謝とをすべての人々のためにささげ、王たちやすべての高官のためにもささげ」るなら、平和で尊厳に満ちた、品位ある生活が御言葉によって約束されている。
クリスチャンの中においても、社会情勢や上に立てられた権威に否定的意見があるが、それこそ善悪判断の路線であり、いのちから遠ざかる路線である。
復旧活動に当たっている働き人達の献身的・命がけの働きのお陰で、現在、状況は良くなりつつある。
このユダヤにおけるプリムの日も、日本におけるプリムの日として祝えるよう、私達も祈りたい。
今、実際的な助けを必要としている人達に、一刻も早く助けが備えられるように。
上に立てられている権威に良き知恵が与えられ、正しい判断によって混乱なく指示を出しますように。
今、被災地で救助活動しておられる働き人達の手が守られ、滞りなく進められますように。
分子の陽子・電子・中性子に至るまで、全宇宙の運行を全て支配し管理しておられる主・イエスの名によって、原発や地下プレートが、この国の人々に害する事を禁じます。
今、人を脅かしているあらゆる自然の活動に対し、地の深みから山々の頂に至る全地を統べ治めておられる主イエスの名によって、これ以上この国に害を及ぼす事を、禁じます。
人々を害為そうとしている邪悪な人的・霊的な存在には、自ら掘った墓穴に入るよう呪います。
陽子・電子・中性子から全宇宙の運行に至るまで、全て支配し管理しておられる、主イエスの名によって、日本を祝福します。アーメン。
(以上、3/20天声教会主日礼拝概要より)
礼拝説教メッセージ音声:死はいのちに飲み込まれた(1コリント15:53-58):右クリックで保存
韓国語通訳有 한국어예배
テレビで津波が家々を飲み込んで行くのを見た時、そこにいる人達を思い、どうしようもない嘆き悲しみに襲われた。
私達はこの死の呪いに対して心の底から憎み、主イエスの名によって信仰を混ぜた御言葉で反撃し、死に対してはいのちを飲み込むべきである。
「死は勝利にのみ込まれた。 死よ、お前の勝利はどこにあるのか。死よ、お前のとげはどこにあるのか。」(1コリント15:54,55)
死のとげは罪であり、死が力を発揮するのは、罪が働くからである。
私は花粉症ではないが、地震の翌日、朝から頭が痛くて目が痒く、鼻水が止まらない症状が出、ティッシュボックスが手放せなくなった。
しかし、この症状は私本来の所有ではないと宣言し祈った所、その日のうちに症状が全く無くなった。
花粉症という呪いは、元々いのちのものではなく、人間の罪ある選択の結果導入されてしまったものだが、主イエスの名によって自分とは関係無いと宣言する事によって、害するものは無くなったのである。
花粉症に限らず、人に害為す自然の呪いという「死のとげ」は、信仰をもって主イエスの名によって祈り、無効である事を宣言する事によって、そのいのちは実体化し、癒しが起こり、自然の呪いは解消するのである。
昨晩も静岡で震度6強の地震が起きた。
その時この教会では祈祷会の最中だったが、大きな揺れにもかかわらず誰一人慌てる事無く祈りを中断する事もないまま地震は収まった。
一般人からすればおかしいかもしれない。しかし少なくとも、御言葉を宣言して祈っていた私達には平安があった。
死の恐怖が、いのちに飲み込まれたからである。
この世はのろわれているが、神の子たちの表れを、うめきをもって待ち望んでいる。(ローマ8:17-25)
被造物は呪われ人に害を為しているが、その被造物さえもうめきを持って神の子達のあらわれを待ち望んでいる。
以前は暗闇の中、悪しき者の圧制の元で震えていた私達は、今や御子キリストによって愛のご支配の内に移された。
その愛のご支配の内に私達は安息し、被造物は神の子達の正しい支配によって安息する事になる。
今、私達が被造物を支配する実際的な方法は、信仰を混ぜた御言葉による。
この揺れ動く地に対しては安息するように、暴走している原子炉に対しては止まるように、今被災地で実際的な助けを必要としている人達には、安息と守りが与えられるように、復旧に当たっている全ての働き人達の上には、その手の業が祝され守られるように、信仰を混ぜた御言葉をもって命じ、愛によって地を支配するべきである。
私達は競技場で格闘している格闘者と同じで、今この時代、信仰の先輩達が雲のように私達を囲んで、私達の為す事を見ている。(ヘブル12:1〜3)
今私達がイエスの名によって勇気を持って戦うなら、信仰の先人達も喜んでいるのである。
この一瞬一瞬も、疲れ果ててしまわぬよう、信仰の創始者また完成者であるイエス様を見つめながら、信仰の競争を走りぬく皆さんでありますように。
そしていずれ主の御前に出た時、栄光の冠をいただく皆さんでありますように。
イエス様の名前によって祝福します。
礼拝説教メッセージ音声:イエスが座す舟で(マルコ4:35-41):右クリックで保存
韓国語通訳有 한국어예배
主は向こう岸に渡ろうと言われ、弟子達はイエス様を艫のほうに座らせ、漕いで行った。
私達もイエス様を大切な座に座らせ、自分達の力によって世に漕ぎ出して行く。
順調な時は、イエス様が眠っていても別段問題を感じないが、突風に弄ばれ、大波に揺れ、水をたっぷり被って沈みそうになる時、私達は慌てる。
順風満帆の時はともかく、嵐になってもイエス様を起こしもせず、自分で何とかやって行こうとする事もある。
そして、どうしようもなくなった時、やっとイエス様を起こして
「先生、私達が溺れてもかまわないのですか?」と言う。
イエス様は一見ただの人で、湖よりも舟よりも小さい。
彼一人が起き上がった所で、あまり当てになるようには見えないが、彼が風を叱り、湖に言葉をかけるなら、自然は言う事を聞き、大凪となり、沈みそうだった船は助かるのである。
風も、湖も、言う事を聞くのである!
分子や原子の一粒から太陽、恒星にいたるまで、全被造物は言う事を聞くのである!
それは、彼がこの世の諸々を、ご自身の御言葉で創られたから。
分子や原子の一粒から太陽、恒星にいたるまで、このお方に拠らずして成った物は、何一つ無い。
その主が、信じる者一人一人の内に、幕屋を張って宿って下さった。
私達という小船の中にはその主がおられ、そして私達は無事に向こう岸へ導かれていくのである。
イエス様は「なぜ恐がるのか」「なぜ信じないのか」「信仰の薄い者よ」とお叱りになる。
私達という舟の中には、イエスが乗って折られるがゆえに、私達は、大丈夫だというのは言うまでも無い。
そればかりでなく、イエス様はもしかしたら、弟子達にも主の御名を用い、主の権威を行使して欲しかったのかもしれない。
悪霊や病気、突風や地震も確かに被造物ではあるが、そうした人間に害為すものは呪いの結果であり、本来あるべきではない被造物のカスである。
それらは呪いの産物で、神にも神の聖徒達にも属するものではない。
我々聖徒が信仰により、権威を用いて宣言するなら、それさえも言う事を聞くものである。
主は教会(召しだされた者達)に、イエスの名による権限を与えられた。
それはハデスの門さえも立ち向かう事が出来ない。
教会が地で繋いだものが天において繋がれ、地で解いたものは天においても解かれる。
私達はイエスの名を用いて世に対し、サタンに対して命じ、大胆にハデスの門を破って行く者達である。
この呪いに満ちた世界にいのちを宣言し、いのちで満たす皆さんでありますように。
イエス様の名前によって祝福します。
今日本中どこが安全か分からない状況ですが、静岡においても福島においても守られているのは、主の憐れみです。
引き続き、御国の祭司として祈り、執り成しましょう。





