• カテゴリ ネヘミヤ記 の最新配信
  • RSS
  • RDF
  • ATOM

メッセージ - ネヘミヤ記カテゴリのエントリ

礼拝説教メッセージ音声(音声のみ)
再建を邪魔する者の手口(ネヘミヤ記4章):右クリックで保存

# ネヘミヤ記4章に基づくメッセージ

 

## 【概要】

 

ネヘミヤ記4章は、エルサレムの城壁を再建する過程での困難と、それに対する信仰と祈りの力を描いています。私たちの人生における「城壁」はどのような状態でしょうか。

 

## 【聖書箇所】

 

- ネヘミヤ記4章1-21節

 

## 【励ましの言葉】

 

「彼らを恐れてはならない。大いなる恐るべき主を覚え、自分たちの兄弟、息子、娘、妻、また家のために戦いなさい。」(ネヘミヤ記4:14)

 

## 【戒めの言葉】

 

「彼らの知らないうちに、また見ないうちに、彼らの真ん中に入り込んで、彼らを殺し、その工事をやめさせよう。」(ネヘミヤ記4:11)

 

## 【勧めの言葉】

 

「私たちの神が私たちのために戦ってくださるのだ。」(ネヘミヤ記4:20)

 

## 【悔い改めの促しの言葉】

 

「彼らの都がを許すことなく、彼らの罪を見前から拭い去らないでください。」(ネヘミヤ記4:5)

 

## 【***詳細***】

 

ネヘミヤ記4章は、エルサレムの城壁再建における困難と、それに対する信仰の力を描いています。サヌバラテやトビヤといった敵が、ユダヤ人たちの努力を嘲笑し、妨害しようとします。彼らは「この哀れなユダヤ人たちは一体何をしているのか」と嘲り、彼らの努力を無意味なものとしようとします(ネヘミヤ記4:2)。

 

しかし、ネヘミヤは神に祈り、敵の計画を神に委ねます。「お聞きください、私たちの神。私たちは軽蔑されています。」(ネヘミヤ記4:4)と祈り、神の助けを求めます。彼は、神が彼らの敵の計画を打ち壊してくださることを信じています。

 

ネヘミヤはまた、民を励まし、恐れずに戦うように促します。「彼らを恐れてはならない。大いなる恐るべき主を覚え、自分たちの兄弟、息子、娘、妻、また家のために戦いなさい。」(ネヘミヤ記4:14)と語り、神が共にいることを思い起こさせます。

 

敵の攻撃が続く中、ネヘミヤは防御を強化し、工事を続けます。「その日以来、私に使える若い者の半分が工事を続け、他の半分は槍や盾、弓、鎧で身を固めていた。」(ネヘミヤ記4:16)と記されているように、彼らは常に備えを怠りません。

 

この章は、私たちが人生の中で直面する困難や妨害に対して、どのように信仰を持って立ち向かうべきかを教えてくれます。私たちの「城壁」が攻撃されるとき、神に祈り、信仰を持って立ち向かうことが重要です。

 

## 【結論】

 

ネヘミヤ記4章は、信仰と祈りの力を通じて、困難を乗り越えることの重要性を教えています。私たちの人生における「城壁」が攻撃されるとき、神に祈り、信仰を持って立ち向かうことが求められます。神は私たちのために戦ってくださるのです。私たちもまた、神の助けを信じ、共に立ち上がりましょう。

 

礼拝説教メッセージ音声(音声のみ)
建て直しを邪魔する者への対処(ネヘミヤ記2-3章):右クリックで保存

【概要】

崩された城壁のような人生の状態から、神の慰めによって再建される希望について。ネヘミヤがエルサレムの城壁を再建したように、主イエス様は私たちの人生を立て直してくださる。

【聖書箇所】

  • ネヘミヤ2:4

  • ネヘミヤ2:9-12

  • ネヘミヤ2:17-19

  • ネヘミヤ2:20

  • イザヤ62:4-5

  • マタイ4章

【慰めの言葉】

皆さんの城壁が崩されたままであっても、主は皆さんを慰めてくださいます。ネヘミヤという名前の意味は「神の慰め」です。崩されている都、それは再建されなくてはなりません。崩された皆さんの成り立ち、ぶんどられ続けてきた皆さんの人生、それはネヘミヤによって立て直しがなされなくてはなりません。皆さんを立て直すのは、神の慰めです。

【励ましの言葉】

天と地を作られた神である主は、皆さんが城壁を再建するのであれば、あらゆる援助を惜しみません。主は、皆さんのことを、花婿が花嫁を喜ぶように喜んでくださいます。なぜなら、皆さんが主を頼りとするからです。

【勧めの言葉】

唇で告白するべき時が来ております。「さあ、再建に取り掛かろう」と。城壁が崩されたままであれば、それに対して何もしないのではないでしょうか。それは10年20年と崩されたまま、火で焼かれたまま、敵に入りたい放題に入らせたままです。しかしエルサレムの住人がネヘミヤの言葉を聞いて勇気を奮い立たせ、再建に取り掛かろうと言った時から再建の業が始まるのです。

【***詳細***】

今日は、ネヘミヤ記の2章、9節から12節までです。ネヘミヤ記は、先週の水曜礼拝の時、1章やりましたね。ネヘミヤは、バビロン捕囚の後の時代、イスラエルに戻って、そして、このイスラエルの城壁を建て直した人です。

ネヘミヤは、元々、アルタシャスタ王という異国の王様の、そこの献酌官をしておりました。ネヘミヤはとても気分が沈んでいたんですけれども、しかし王様がそれを見て、あなたなんでそんなに気分が沈んでいるんだと尋ねました。

当時の王様はとても権力がありましたので、気分次第で献酌官を殺したりとか、そういったことをするほど結構身勝手な王様もおりましたし、権力もありましたので、彼はとても恐れました。そこで彼は天の神に祈ってから、この2章の4節に、「ではあなたは何を願うのか」と聞かれたとき、そこで私は天の神に祈ってから王に答えたと書いてあります。

「王様、もしよろしくてこの僕を憐れんでくださいますなら、私をユダの地、私の先祖の墓のある町へ送って、それを再建させてください」と祈りました。祈ってから王様に答えました。王様は非常に良い返事をくださるんですね。

皆さんが遣わされている職場、あるいは遣わされている家庭の場所において、本当に気分次第で人を平気で落としたり打ち叩いたり、そういった厳しいところに遣わされている兄弟姉妹もいるかもしれませんけれども、しかし天の神様に祈ってから望むとすれば、主が皆さんのそのことを必ず願いを聞いてくださり、そして皆さんにそこで悪いようにはなさらず、また例えば皆さんがそこの場所において退けられるとしても、それは神様の御手の支配のうちにあることですので、心配するに及ばないことです。

では、ちょっと前置きが長くなりましたけれども、2章の9節から読んでいきます。

ネヘミヤ2:9-12「私は川向こうの総督たちのところに行き、王の手紙を彼らに手渡した。それに王は将校たちと騎兵を私につけてくれた。ホロン人サヌバラテとアモン人で役人のトビヤはこれを聞いて非常に不機嫌になった。イスラエル人の利益を求める人がやって来たからである。こうして私はエルサレムにやって来て、そこに三日間とどまった。あるとき私は夜中に起きた。他に数人の者も一緒にいた。しかし私の神が私の心を動かして、エルサレムのためにさせようとされることを私は誰にも告げなかった。また私が乗った獣のほか、その中には一頭の獣も連れて行かなかった。」

いよいよネヘミヤがこのエルサレムに到着しました。エルサレムは非常にひどいありさまでした。城壁が崩されて、その門は火で焼き尽くされておりました。この12節の方から16節までの方を読んでいきますと、そのエルサレムは非常に凄まじく恥ずかしめられたありさまが書いてあります。

門が火で焼かれ、城壁が崩され、また乗っている動物が通れないような、そこまで崩され方がひどい瓦礫の山と化しているところもありました。

皆さんもですね、皆さんの成り立ちもある時、皆さん自身の悪い行動、皆さん自身のこの取った行動のゆえに、皆さん自身がこの崩された城壁のように徹底的に痛めつけられて崩されてしまうようなことがあるかもしれません。それどころか、まだ未だにその城壁の崩された跡という状況が皆さんの状況だという人もまたいるのかもしれません。

このネヘミヤの時代、エルサレムは廃墟と化して城壁がない状況でした。他の国が侵略しても侵略し放題、守るものがなかったんですね。皆さん自身でこの守る防護壁がない状態ですと、本当に敵は好き放題に皆さんにやって来て、皆さん盗んでいったり、好き放題してしまったりします。

先週の水曜日にお話ししましたが、もしお家でですね、コンセントが、いつの間にか見失ったコンセントがあって、それでなんだこのコンセントってたどって見ていくと、なんか上の家の方にまでコンセントが通じてて、勝手にいつの間にか電気が泥棒されていたとしたらどうしますかっていう話をしましたね。

城壁が崩されているということ、このように境界線が侵入されて、自分たちの内側にある守るべきリソースが好き放題ぶんどられて盗まれているような状態、それがこの当時のネヘミヤの時代だったんですけれども、このような状況は改善されなくてはなりません。

崩されている都、それは再建されなくてはなりません。崩された皆さんの成り立ち、ぶんどられ続けてきた皆さんの人生、それはネヘミヤによって立て直しがなされなくてはなりません。ネヘミヤという名前の意味は、神の慰めという意味でした。皆さんを立て直すのは、神の慰めです。皆さんがぐちゃぐちゃに崩されて、敵が好き放題、恥ずかしめられ放題のありさまは、まず慰められなくてはなりません。

ネヘミヤはこのエルサレムのところに来て、彼らは夜中起きて、そして他の数人の人たちと一緒にその崩されたありさまを視察しました。夜の暗闇の、月が照っていたかもしれませんけれども、その明かりの下で、おそらく彼らは秘密裏に行動したんでしょう。ですから、獣もたった一頭しか連れて行かずに、また数人のもと、夜中に行きました。

これは本当に暗闇の中に崩されている状況、エルサレムのこの状況は、なんとこれを見てネヘミヤは心を痛めたことでしょうかね。なんで彼らがこの暗闇の中で隠密に行動しなければならなかったかというと、それを面白がらない敵がいたからです。

10節の方に書いてありますが、好き放題ぶんどれる、好きなことし放題。この役人たちにとって、彼らにとって都合が良かったんですね。ぶんどれるから。

皆さん自身もですね、立て直される段になると、それを面白がらない人がおります。攻撃を受けます。皆さん自身が自分の城壁を立て直そうとアクションを起こした途端に攻撃が来るのは、これは覚悟しておいた方が良いでしょう。

敵はですね、皆さんが立て直されるのを面白がらないんです。皆さん自身、それまでの人生でサタンにぶんどられ続けてきた。悪しき者たちにぶんどられ続けてきた。としたら、その悪しき者たち、サタンがそれを嫌がるんです。皆さんが立て直されるのを。

ここにおいては、サヌバラテとかトビヤとか、それを聞いて不機嫌になりました。ネヘミヤが来た。奴はイスラエル人の利益を求める。

そういうわけで、ネヘミヤはこの敵に知られずに、隠密に行動したんですね。皆さん自身もですね、何でもかんでも正直に、あけっぴろげで皆さん自身の秘密を全部明らかにしていれば良いというものではありません。皆さんが隠すべきところはしっかり隠すべきなんです。皆さんの実情を知られてはならない敵がいるんですよ。

皆さん自身のあることを知ってしまうと、ある日、兄弟姉妹にとっても非常に厄介なことになってしまうようなことは、そういう人をですね、混乱に陥れたり、あるいは兄弟姉妹の中でそういう混乱を起こすような情報はわざわざ言わなくていいんです。いや、言うべきではないんですね。

イエス様もある人は、ある人を癒したときに、その人に対して、このことは誰にも知らせてはならないと固く口止め、ある人たちに対してはしました。不思議ですね。ある人に対しては、言って、あなたの身に起こったことをその地方の人たちに知らせなさいと言って、ある人に対しては、このことは誰にも話してはならないと。

例えば、イエス様がそういう口止めをしたケースの場合だと、だいたいその人はその約束を破るんですね。言いふらすんです。言いふらした結果、イエス様がもはやそこで行動を取れなくなってしまうほど、人々がイエス様のもとを押し寄せたり、きっとイエス様のことをある面だけ語って、ある面だけ語らなかったんですね。

例えば、イエスという男のところに行くと、パンがもらえるぞ、とか、イエスというところに行けば、病気が癒してもらえるぞって言って、それでイエス様は罪を許してくださるお方だとか、イエス様は永遠の王であるとか、天と地を造られた神、主のメシアだとか、そういった非常に重要なところを除いて、ある面を語って、ある面を語らずということがある。

だから人によってですね、明らかにしていい情報と隠すべき情報があるんです。そこもしっかりと見極めるべきですね。このネヘミヤは、このイスラエルの敵に対しては、隠密に行動をとりました。

そして一通り見終わった後ですね、ネヘミヤはそこのイスラエルの困難のうちにある人たちに言うんです。17節以降です。

ネヘミヤ2:17-18「それから私は彼らに言った。あなた方は私たちのことを知っている。私の当面している困難を見ている。エルサレムは廃墟となり、その門は火で焼き払われたままである。さあ、エルサレムの城壁を建て直し、もうこれ以上恥辱を受けないようにしよう。そして、私に恵みをくださった私の神の御手のこと、また、王が私に話した言葉を彼らに告げた。そこで彼らは、さあ、再建に取り掛かろうと言って、この良い仕事に着手した。」

このネヘミヤはですね、そこの困難の状況うちにある神の民、イスラエルの人たち、エルサレムの住人に対して、良い知らせを告げ知らせるんですね。アルタシャスタ王は、このエルサレムの再建に対しては意欲的だと、助けをしてくれる。

そしてまた、その王の上におられる天と地を造られた神である主が、このすべてのことをここに至るまで、一献酌官がお暇をもらってお国のために仕事をさせてくださいという言葉に本当に心よく承諾して、しかもその援助の物資も送って、また手紙を書いてくれる。

そのような状況だから、我々はこのエルサレムの城壁を建て直して、もうこれ以上、恥辱を受けないようにしようと言うんです。そしてこのエルサレムの人たちは、神の御手のこととまた王様が話してくれた言葉に励まされて言うんです。さあ、再建に取り掛かろう。

皆さん自身には、主はどのように語っておられるでしょうか。皆さんは、崩された城壁のままでしょうか。門は火で焼かれているでしょうか。敵は皆さんの内側に入りたい放題しているでしょうか。

でも、主は天と地を造られた神である主は、皆さんに良くなってほしい。そして皆さんが城壁を再建するのであれば、あらゆる援助を天地を造られた神である主は惜しみません。

皆さんもですね、唇で告白するべき時が来ております。さあ、再建に取り掛かろうと。城壁が崩されたままであれば、それに対して何もしないのではないでしょうか。それは10年20年と崩されたまま、火で焼かれたまま、敵に入りたい放題に入らせたままです。

しかしこのエルサレムの住人がネヘミヤの言葉を聞いて勇気を奮い立たせ、再建に取り掛かろうと言った時から再建の業が始まるんです。

この3章の方はですね、本当にいろんな人が出てきます。いろいろな人がここの城壁の区画をどこからどこまで取り付けて修復したというそのリストがこの3章です。結構32節までずっと続きますけれども、本当にいろんな人がいろんな区画をそこを修理している様が記されておりますけれども、でもそのままにですね、やっぱり邪魔が入るんですね。

面白く思っていない人たちは、この2章の19節の方で言っています。

ネヘミヤ2:19「ところが、ホロン人サヌバラテとアモン人で役人のトビヤ、およびアラブ人ゲシェムは、これを聞いて私たちをあざけり、私たちを侮って言った。お前たちのしているこのことは何だ。お前たちは王に反逆しようとしているのか。」

城壁というのは、外部の敵から身を守るための道具です。城壁を建てるということは、何か戦争的な、軍事的な連想をさせるから。だから、もしこのことを面白く思っていない人たちが、王に歯向かうという口実を、王に偽の情報として、それはちょっと厄介なことですね。

皆さん自身も、皆さん自身が、自分で強くなろうとしているときに、「なんで強くなって、人を傷つけたりするのか、そんな強い言葉を身につけたら、人をもっと傷つけやすくなりますよ」というような、そういう讒言に引っかかってはなりません。

ネヘミヤは、こういうとき、「お前たちは王に反逆しようとしているのか」と言われた言葉に対して、「いえいえ、滅相もない。王に反逆しようとなどしておりませんよ」なんていうふうに、そんなベタな言い訳をして、まさにドツボにハマるようなことはしません。

いちいちですね、「いや違いますよ、王に反逆しようとなんかしてませんよ」とか、「これは戦争のために使うものではなく、平和のために使うものですよ」とか、そういった、相手が言ったことに対して、こう、そのまま返すやり方は、それは下手なやり方です。

ネヘミヤはどういうふうに答えたでしょうか。20節です。

ネヘミヤ2:20「そこで私は彼らに言葉を返して言った。天の神ご自身が私たちを成功させてくださる。だから、その僕である私たちは、再建に取り掛かっているのだ。しかし、あなた方には、エルサレムの中に何の分け前も、権利も、記念もないのだ。」

アーメン。まずですね、ネヘミヤは自分の立場を宣言しました。自分は、天の神ご自身が私たちを助けてくださる。天の神、主に仕えるものだから、私たちはこの神の都であるエルサレムの再建に取り掛かっているのだと。

自分たちを僕であると告白してますね。天の神ご自身が私たちを成功させてくださる。だからその僕である私たちは再建に取り掛かっているのだと。

サタンのですね、こういう攻撃の唇の火の矢に対しては、そのまま返してはなりません。皆さんをあざけるもの、皆さんを言葉によって引き落とそうとするものは、だいたいこういうふうにですね、そのまま答えてしまったら罠に陥るタイプの質問をしてきます。

例えばね、パリサイ派の人たちはイエス様に「カエサルに税金を納めるのは律法にかなったことでしょうか、そうでないでしょうか」と質問したとき、もしイエス様がそれに対して「かなったことである」と答えても、「そうではない」と答えても、「お前はローマに反逆するのか」と言われます。

そういう時イエス様は何て答えたか。「カエサルのものはカエサルに、神のものは神に返しなさい」と真実を告白しました。

また、姦淫の現場で捕らえられている女を連れてきたパリサイ派の人たちがイエス様に質問しました。「この女は姦淫の現場で捕らえられた。こういう女は律法では石打ちするように命じられている。ところでイエス様、あなたは何と言うか。」

イエス様はその質問に対しても、女を許せと言ってもドツボにハマります。じゃあお前律法を無視しているんだなと、口実にされてしまいます。この女は石で打ち殺せとイエス様が言っても、お前が今まで説いてきた愛の教えは一体何なんだと、これまた訴える口実になります。

皆さん自身ですね、イエスと答えてもノーと答えてもドツボにはまる質問があります。また皆さんが、右に行っても左に行っても、どちらのルートをとってもドツボにはまる、そういう人生の選択の場面があります。そういう時皆さんどうするべきかというと、皆さん真理を告白するべきです。

私は神の子である。ここでネヘミヤは、天の神ご自身が私たちを成功させてくださると。だからその僕である私たちは、再建に取り掛かっているのだと言いました。

イエス様は、その姦淫の現場の女の時は、そのイエスの質問に答えることなく、その群衆に対して真理を突きつけました。その群衆たちの、その状況。イエス様はこう答えただけです。「あなた方のうちで、罪のない者が最初にこの女に石を投げなさい。」つまりイエス様は、群衆のイエスの質問ではなく、その群衆に対して群衆の罪の状況をあらわにしたんですね。その人自身がいかに厄介か。

このネヘミヤが答えた言葉も、この、「お前たちは王に反逆しようとしているのか」という、この世の正義において罠にはめようとした言葉に対して、「いや違う、私たちは天と地を造られた神様の僕であり、その神様に従っているだけだ」と。何の引っかかりもないですね、王に対して。このことを言っても反逆をしているような、ことを匂わせるニュアンスは一切ありません。

皆さん、相手を見たら罠に陥ります。イエスの質問、サタンが投げかけるイエスの質問に、そのままイエスと答えてはならないし、ノーと答えてもなりません。御言葉にはこう書いてあると答えるべきです。

イエス様は、荒野でサタンの誘惑を受けた時、サタンの誘惑に対して「御言葉にはこう書いてある」と3回返しました。マタイ4章でした。

皆さん自身も、人生のあらゆる場面において、サタンからの攻撃を受けた時は御言葉で返してください。

天と地を造られた神様は、皆さん自身が城壁が崩されたまま、皆さん自身の成り立ちが、この時代のエルサレムのように、ズタズタで、瓦礫に埋もれて、動物も通れないような、そのような成り立ちを主は慰めてくださいます。ネヘミヤは神の慰めという名前の意味でした。主は皆さんの城壁を建て直してくださいます。

最後に、イザヤの62章の方を、イザヤ62章の4節と5節。

イザヤ62:4-5「あなたはもう、見捨てられているとは言われず、あなたの国はもう、荒れ果てているとは言われない。かえってあなたは、私の喜びは彼女にあると呼ばれ、あなたの国は、夫のある国と呼ばれよう。主の喜びはあなたにあり、あなたの国は夫のある国となるからだ。」

5節の方ですね。「あなたの子らがあなたをめとり」とあるんですが、このあなたの子らというのは、ここは新改訳では、「あなたを再建する者があなたをめとり」と書いてあります。「そして花婿が花嫁を喜ぶように、あなたの神はあなたを喜ぶ。」

皆さんがですね、皆さんを再建されるお方である主イエス様を花婿として迎えるのであれば、花婿なるイエス様は皆さんを再建してくださいます。建て直してくださいます。そして、主は、皆さんのことを、花婿が花嫁を喜ぶように喜んでくださいます。

なぜなら、皆さんが主を頼りとするからです。旦那さんにとって、妻が皆さんのもとに保護を求めてくるのは、それは男にとってやりがいでしょう。男にとって喜びでしょう。女性を自分の手で守る。

それと同じように、イエス様も、皆さんがイエス様のもとに助けを求めてくるのを、イエス様はそれを誇りとするんです。誇りを持って皆さんを守ることを喜びとされます。

どうか皆さん自身が、主を迎えて、イエス様を主として、そしてこのお方に助けを求めて、皆さん自身に、もし、ネヘミヤの時代のような状況であるのであれば、皆さんを再建してくださる方が皆さん自身をめとって、そして皆さんの内で立て直しの業を行われることができるように皆さん自身が、どうか主をお迎えしてください。

そうすれば主は皆さんの内に入ってこられて、皆さんと共に食事をし、また皆さん自身の内で再建の業を果たしてくださいます。どうか主をお迎えして、いつでも主を主として、そしていつでもこの主から守っていただき、皆さんの城壁が完全に癒されて、そしてこのお方とその城壁の内で親しく喜ばしく主と共に生活していく皆さんでありますように。

イエス様のお名前によって祝福いたします。アーメン。

【結論】

崩された城壁のような人生の状態であっても、主イエス様を花婿として迎え、主に助けを求めるなら、主は皆さんを再建してくださいます。「さあ、再建に取り掛かろう」という告白から、立て直しの業が始まります。サタンの攻撃に対しては、御言葉で答え、真理を告白することが大切です。主は、皆さんが主を頼りとすることを誇りとし、花婿が花嫁を喜ぶように皆さんを喜んでくださいます。

礼拝説教メッセージ音声(音声のみ)
城壁を立て直せ(ネヘミヤ1章):右クリックで保存

ネヘミヤ記1章からのメッセージ

【概要】

ネヘミヤ記1章を通して、崩された城壁の再建について学びます。城壁は私たちの内側と外側を区別し、大切な時間、エネルギー、尊厳を守るために必要なものです。ネヘミヤのように祈り、悔い改め、御言葉に従順することで、神の慰めによって城壁は再建されます。

【聖書箇所】

ネヘミヤ1:1-11

【慰めの言葉】

ネヘミヤという名前は「神の慰め」という意味です。皆さんの城壁を建て直すのは神の慰めによるものです。神様が皆さんを慰めてくださるからこそ、崩された城壁を建て直してくださいます。

【励ましの言葉】

主と共に歩んでいくのであれば、皆さんの城壁はしっかりと再建されて、もはや敵の好き放題、攻め入られ放題にはなることはありません。

【悔い改めの促しの言葉】

城壁が崩されたのは罪の結果です。城壁を建て直したいのであれば、罪を告白して、それに対して悔い改めるべきです。主に立ち返って、主の命令を守り行うということを徹底しないのであれば、城壁はまたしても崩されてしまいます。

【勧めの言葉】

御言葉をこれからしっかりと従順しますと告白して、実際にこれから生活の中で御言葉に従順していないところに気づいたのであれば、そこを徹底して改めて、城壁を築き直していくことが必要です。

【***詳細***】

今日の箇所は、ネヘミヤ記の1章です。ネヘミヤ記はですね、聖書の3分の1ぐらいめくったところにあります。私がネヘミヤ記からメッセージするのは初めてだと思います。

ちょっとですね、開く前に、このネヘミヤ記はどういう書かというのをご説明したいんですが、まずネヘミヤというのは、イスラエルがバビロン捕囚に連れて行かれて、イスラエルが崩壊した70年後、イスラエルにクロス王の命令によって、捕囚の地からイスラエルにどんどんどんどん帰ってきている、その時代の人で、で、まだイスラエルがですね、城壁も崩されたまま、神殿も崩れたまま、また捕囚の地からやっと帰ってきて、その人たちの有様はまだまだ悲惨な状態だった。

そういう時代に、このイスラエル、エルサレムの城壁を築き直した人です。そのネヘミヤ記は10章くらいあるんですけれども、ずっとその中で、このエルサレムの城壁をいかにして築き直したかということが書かれてあるんですけれども、じゃあ一体なんで、その城壁がそんなに大事なのかというところですけれども、皆さん、城壁は大事です。

皆さん自身の囲いの内側と外側、外側の区別は皆さんちゃんとできているでしょうか。このエルサレムの城壁は、城壁がまだ崩されていたので、囲いの内と外の区別がない。だから敵は入り放題だったのです。悪いものは入り放題でした。例えば、みずほさんのお部屋ありますね。3-Aの部屋ですね。皆さんにも部屋があるかと思います。

ある時、皆さんがその部屋のところに、窓がちょっとだけ開いていて、その窓の隙間からコンセントの線が伸びていた。みずほさんのお家の壁のコンセントにそのコンセントが刺さっていて、窓の外をたどってみたら、上の階の住人のところにそのコンセントがビーッと伸びていて、みずほさん家の電気が盗まれていた。そういった場合、どうしますか?怒りますよね。電気が泥棒されていたんですね。

電気料金をこっち持ちで使われるのも困る。そうですね。これが城壁が侵害されている場合のことです。皆さん自身の中にですね、いろいろな大切な資源があります。今の話は電気だったんですけども、皆さん自身の、例えば、時間だとか、エネルギーだとか、そういったものは侵害されてないでしょうか。敵はですね、皆さんのその諸々の大切な、皆さんの大切な城壁の内側にて守られるべきものを侵略してこようとするんですね。

例えば、皆さんが寝るべき時間、夜中の2時とかに、突然なんか電話とかで、ねちねちねちねち電話してきて、夜中の2時とか3時とか寝るべき時間に電話してくる、それは時間が侵略されて、そういったケースです。子供たちを育てるときに、子供たちがお母さんのことをデブとか、お母さんのことをノロマーとか言う場合、これは親の尊厳が侵略されているケースですね。

非常に心当たりがある方がいるみたいですかね。そうです。とにかく城壁をしっかりと築いてですね、皆さんの大切な資源、守るべき尊厳を守らなきゃいけないですし、また時間も守らなきゃいけない、エネルギーも守らなきゃいけないんですね。だから城壁を築くということが大事なんです。城壁の概念がないともうやられっぱなしです。

だから2階からコンセントが伸びてくる、言われてきて、部屋の中に電気が刺さっていても、それを、あ、コンセントが刺さって電気が盗まれている。あ、でもちょっと厳しいことを言うのは、ちょっとはばかれるなとか、右の頬を叩かれたら左の頬を差し出しなさいと言われているから、これは盗まれっぱなしのままがいいのかなとか、だめです。皆さん自身には、聖なるもの、守るべき聖なるものがあるんです。

ネヘミヤは、その守るべき聖なるものを、城壁、それが守る壁なんですが、それが崩されていることを大いに悲しみました。

じゃあちょっとネヘミヤの1章を読んでみましょうか。

「ハカルヤの子ネヘミヤの言葉。第20年のキスレウの月に、私がシュシャンの城にいたとき、私の親類の一人、ハナニがユダから来た数人の者と一緒にやってきた。そこで私は、捕囚から残って逃れたユダヤ人と、エルサレムのことについて彼らに尋ねた。すると彼らは私に答えた。あの州の捕囚から逃れて生き残った残りの者たちは非常な困難の中にあり、また、そしりを受けています。その上、エルサレムの城壁は崩され、その門は火で焼き払われたままです。私はこの言葉を聞いたとき、座って泣き、数日の間、喪に服し、断食して天の神の御前に祈っていった。ああ、天の神、主、大いなる恐るべき神、主を愛し、主の命令を守る者に対しては、契約を守り、慈しみを賜る方。どうぞあなたの耳を傾け、あなたの目を開いて、このしもべの祈りを聞いてください。私は今、あなたのしもべイスラエル人のために、昼も夜も御前に祈り、私たちがあなたに対して犯したイスラエル人の罪を告白しています。誠に私も、私の父の家も、罪を犯しました。私たちは、あなたに対して非常に悪いことをして、あなたのしもべモーセにお命じになった命令も、おきても、定めも守りませんでした。しかしどうか、あなたのしもべモーセにお命じになった言葉を思い起こしてください。『あなた方が不信の罪を犯すなら、私はあなた方を諸国民の間に散らす。あなた方が私に立ち帰り、私の命令を守り行うなら、たといあなた方のうちの散らされた者が天の果てにいても、私はそこから彼らを集め、私の名を住まわせるために、私が選んだ場所に、彼らを連れて来る』と。これらの者たちは、あなたの偉大な力とその力強い御手をもって、あなたが贖われたあなたのしもべ、あなたの民です。ああ、主よ、どうぞこのしもべの祈りと、あなたの名を喜んで敬う、あなたのしもべたちの祈りとに耳を傾けてください。どうぞ今日、このしもべに幸いを見せ、この人の前に憐れみを受けさせてくださいますように。」その時、私は王の献酌官であった。

彼はこの時、王の献酌官をしておりました。イスラエルのことは、しかし彼の頭の内にはいつもあり、そしてそのエルサレムがどのようになっているか、その状況を聞きたいと思っていたのですが、たまたまその時、イスラエルに行って、そしてこのネヘミヤのところ、その人に聞きました。

あの、エルサレムはどういう状況になっていますかと。すると、3節ですね。非常な困難の中にあって、そしりを受けている。エルサレムの城壁は崩されたままで、門は火で焼き払われたままですと。この言葉を聞いて彼は座って泣いて、喪に服して断食して祈るんです。城壁が崩れているということは、そこまで悲しむべきことなんです。

皆さん自身の城壁はあるでしょうか。崩されたままになっていないでしょうか。敵が来て、やられっぱなしになっていないでしょうか。敵が皆さんの大事な領地の中に手を突っ込んできて、土足で踏みにじって、そして入ってきて、皆さんはどうでしょうか。皆さんの大切な聖なる、本来聖なる神様に捧げるべき時間やエネルギーなどなど侵略されていないでしょうか。

例えば、もし皆さん自身のエネルギーや時間、あるいは皆さんの思い、心が礼拝するべき時間に、それが、例えば、礼拝すべき時間に疲れて、もうこっくりこっくり眠ってしまうとか、あるいは礼拝すべき時間に、皆さんの頭で、あいつちょっと憎たらしいんだけどどうしようかとか、あるいは礼拝の中で、なんか別のこと、仕事のこととか、思い煩いにふけったりしないでしょうか。その時は、この城壁を皆さん自身が意識するべきです。

しっかり、例えば、時間の概念がない人に対しては、夜中の2時とかに電話がかかってきたら、今は寝るときなので、すみませんって言ってガチャって切る勇気を持つべきです。それが3度4度続けば、もうこの人にはこの時間電話かけても無駄だなっていう、もうその人にはわかりますし、また例えば子供に対しても、そういうことを言うとお母さん、とても気分が悪くなるとか、子供に相手に自分がそういうことをされたら不快であることを明確に伝えるべきです。

相手がどういうふうに、例えば相手が心がしおれるんじゃないかと思って、それをとどめていたりしてはならないんです。もし皆さん自身の城壁が崩れているとしたなら、このネヘミヤのようにまず悲しんで、そして祈るという概念をまず持ってください。城壁を持つという概念。それが大事なんですよ。ネヘミヤその人でした。

ちなみにネヘミヤという名前の意味なんですが、このネヘミヤ記のネヘミヤ、神の慰めという意味です。神の慰め。それでネヘミヤ記の1章から十何章かまではずっとその城壁の再建について書かれてあるんですが、皆さんの城壁を建て直すのは神の慰めによるものです。神様が皆さんを慰めてくださるからこそ、皆さん自身の城壁はこのネヘミヤという神の慰めの代理人がこのエルサレムの城壁を直しましたし、そして皆さん自身の崩された城壁もそれを建て直してくださるんです。

まずネヘミヤの祈りが4節、5節以降あるんですけれども、その祈りはですね、大きく4つに分かれます。まず第1が、この5節ですね。彼はまず、主がどういうお方であるのかを告白しております。ヨシャパテの祈りと同じパターンです。このネヘミヤの祈りも。まず、天の神、主がどういうお方であるのか。

その神は、天の神であり、大いなる恐るべき神。主を愛し、主の命令を守る者に対しては、契約を守り、慈しみを賜る方。まず主がどういうお方か告白します。そして第2に、自分自身の罪の告白ですね。この6節の後半の方を。私たちがあなたに対して犯したイスラエル人の罪を告白します。

誠に私も、私の父の家も罪を犯しました。城壁が崩されたのは罪の結果です。エルサレムが陥落したのは、エルサレムの中にいる人たちが罪を犯したからに他なりませんね。彼らが罪を犯したから、だから城壁が壊されて、そして敵が侵入していって、そして大切な宝物とかを奪い取っていったわけです。だから城壁を建て直したいのであれば、だから第2に罪を告白して、そしてそれに対して悔い改めるべきです。

そして3番目として、8節以降、御言葉で祈るということです。御言葉を盾にとって祈る。ヨシャパテも全く同じでした。御言葉を盾にとって祈ってますね。8節では、モーセにお命じになった言葉を、思い起こしてくださいと。

この二重鍵括弧の中が、これは申命記の中、神様がイスラエルのために約束してくださったことを、それをそのまま御言葉に対して祈っています。ここで、「あなた方が不信の罪を犯すなら、私はあなた方を諸国民の間に散らす。あなた方が私に立ち帰り、私の命令を守り行うなら、たといあなた方のうちの散らされた者が天の果てにいても、私はそこから彼らを集め、私の名を住まわせるために、私が選んだ場所に彼らを連れてくる」と。

この言葉を盾に取ったからには、この言葉の内容をそのままネヘミヤたちが守り行うべきなんです。つまり、9節に書いてあります。あなた方が私に立ち帰り、まず主に立ち帰り、立ち返るということなしには、城壁の立て直しはないです。そして命令を守り行うのだ。もしそうであるなら、散らされた者が天の果てにいても、そこから彼らを集めると。

この言葉を盾に取ったからには、ネヘミヤはその行動をしなくてはなりません。で、事実ですね、ネヘミヤ記の9章とか10章の方を見ると、ネヘミヤの前に、ネヘミヤが不在だった時にイスラエルの民が、結婚のことで罪を犯したりしているのを、徹底的に彼は悔い改めを促すんですよね、イスラエルのために。主に立ち返って、主の命令を守り行うということを徹底しないのであれば、城壁はまたしても崩されてしまうとネヘミヤは分かっていたからです。

だから、彼は結構徹底的にイスラエルの人たちを導くんですね。そうしてネヘミヤは最後に11節のところで、やっと自分のこと、願いを主の御前に申し述べます。11節。「ああ主よ、どうぞこのしもべの祈りと、あなたの名を喜んで敬うあなたのしもべたちの祈りとに耳を傾けてください。どうぞ今日このしもべに幸いを見せ、この人の前に憐れみを受けさせてくださいますように。」

ネヘミヤ自身がエルサレムに行って、そして城壁を建て直す仕事に取り掛からせてくださいと、本当に切にこの時最後に祈るんです。その時彼は王の献酌官で、アルタシャスタ王に仕えていなくてはならなかったんですけども、しかしその祈りが聞かれました。

彼は主の御前に出て、まず主の前に、主がどういうお方であるかを告白し、自らの罪、そして先祖たち、同胞たちが犯してきた罪を告白して悔い改め、そして御言葉で御言葉を盾にとって祈り、そして最後に彼自身の祈りを祈ったから、だからその祈りが聞かれました。2章の方では、彼の王がそのネヘミヤの願いを聞いてくれるんですね。

王はしかも、彼のためにいろいろな支援をして、そして無事にイスラエルまでの道のりを守って、そして手紙も書いて、無事に彼が仕事をしやすいようにと、とりはからってくれるんですね。2章以降、3章とか4章とか見ていくと、確かにいろいろな迫害や邪魔も入ります。

またイスラエルの中からも、この土くれの山を一体どうしようという、そういう心の内部からの気落ちもあります。内部からの攻撃もありますし、外部からの攻撃もあります。でもそうすると、このネヘミヤは心を奮い立たせて、そして主に祈って、主から力をいただいて、そしていよいよその仕事が完成します。結構早い後期で完成するんですね。

そうしてイスラエルの城壁はしっかりと建つことになります。私たちも自分の城壁が、どこかが破れているとわかったのであれば、あるいは崩されている敵が、もしそういうことであるのであれば、皆さん自身もこのネヘミヤのようにまず祈ってみてください。そして、まずどこから失敗したのか。

このエルサレムの城壁が破壊されたのは、その先祖の罪のゆえでした。その先祖の罪のために、罪を告白して、そして悔い改めて、そして御言葉をこれからしっかりと従順しますと告白して、実際にこれから生活の中で御言葉に従順していないところに気づいたのであれば、そこを徹底して改めて、そして城壁を築き直していくこと。

もちろん敵の妨害もあります。また内部からの気落ちなどもあります。私は果たして大丈夫だろうか。でも、主と共に歩んでいくのであれば、皆さんの城壁を知ってください。城壁がしっかりと再び再建されて、もはや敵の好き放題、攻め入られ放題にはなることはありません。

どうか皆さん自身も、このネヘミヤのように主の御前にまず祈って、そしてそれから直すべきところが示されて、そして、もはや敵が皆さん自身の人生や時間や、あるいは大切な家族、皆さんのお金、そういったものがもはやこれ以上奪われるようなことがないように、無駄な浪費をしたりすることもないように、サタンに無駄に見つぶようなことがないように、しっかりと皆さんの城壁を再建して守られて、そして生活していく皆さんでありますように、イエス様のお名前によって祝福いたします。アーメン。

【結論】

ネヘミヤは「神の慰め」という意味です。主が私たちの城壁を再建してくださいます。そのためには、まず主がどのようなお方であるかを告白し、自らの罪を告白して悔い改め、御言葉を盾にとって祈り、そして主に願い求めることが必要です。御言葉に従順し、城壁をしっかりと再建して、もはや敵が私たちの大切な時間、エネルギー、家族、お金を奪うことがないように守られて生活していきましょう。

メインメニュー
礼拝ライブ中継

礼拝ライブ中継!

礼拝ライブ中継!

過去の礼拝映像も視聴できます

メッセージ
このページを紹介!

 
 
 
礼拝週報
メッセージ音声
検索
Copyright ©Yokohama Voice of Christ Church 横浜天声キリスト教会
All Rights Reserved.
 〒231-0058 神奈川県横浜市中区弥生町2-17 ストークタワー大通公園?-201
TEL/FAX:045-326-6211

tensei.christ at gmail.com (atを@に変更して下さい)
© 2022 Powered by XOOPS Cube 2.1
Welcome Guest