メッセージ - 201106のエントリ

家きよめ

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礼拝メッセージ説教音声配信 » パスター日記
執筆 : 
pastor 2011-6-7 23:10

今日はある姉妹が引っ越したため、その家のきよめと祝福の祈りをして来ました。

家が祝福されるコツは、詩篇127編に書いてある通り、主に愛される事です。

そういう人は、寝ている間にさえ必要は満たされますが、そうでない人は、毎日寝る暇を惜しんで働いても空しいです。

主に愛される者とは、イエス様の命令を守り、イエス様を愛する者です。

「わたしの掟を受け入れ、それを守る人は、わたしを愛する者である。わたしを愛する人は、わたしの父に愛される。わたしもその人を愛して、その人にわたし自身を現す。」(ヨハネ14:21)

礼拝説教メッセージ音声:権威的上下関係(使徒19:11-22):右クリックで保存
韓国語通訳有

「神は、パウロの手によって並々ならぬ力ある業を行なわれた。彼の肌から手拭や前掛を取って病人に当てると、病気が去り、悪霊が出て行くほどであった。」(19:11,12)
パウロの前掛けや手ぬぐいそのものに病を癒したり悪霊が出て行くような超自然的な力が宿っているのではなく、癒す側、癒される側の、イエスキリストを信じる信仰による。
12年長血を患った女は信仰をもってイエス様の衣に触れ、イエス様も気付かないうちに癒しを引き出してしまった(マタイ9:20)ように、ツロ・フェニキヤの女も、イエス様に娘から悪霊を追い出して頂けると信じ抜き、イエス様のほうではその気は無くても、信仰告白によって娘の悪霊は出て行ってしまった。(マルコ7:24-30)

キリストを信じる者と悪霊や病は権威的上下関係にあり、暴力団は最終的に警察に屈するように、悪霊や病はキリストを信じる者に最終的に屈するしかない。
警察権威の象徴である制服を着て暴力団に権威を行使すれば、たとい警察署に座っている署長にその気はなくても暴力団は逃げていくように、イエスを信じる信仰によって命じれば、権威は力ある実体となり、悪霊や病、貧しさは逃げていくのである。

大祭司スケワの7人の息子達は巡回祈祷師であったが、試しに悪霊に憑かれていた者向ってイエスの名を唱えた所、「イエスのことは知っている。パウロのこともよく知っている。だが、いったいお前たちは何者だ。」と言い返され、裸にされ、ぞろぞろと逃げて行くはめになった。
イエスを信じてもいないのに、御名を用いて悪霊に向っていくのは、一般人が暴力団事務所に乗り込み、よく知られている警察長官の名を出して丸腰で喧嘩を売るようなもので、そんな事をすれば当然やられる。
霊との戦いにおいてはその人の素性や力、人数などは全く関係無く、イエスを信じる信仰が最も大切で、イエスを信じない大祭司の息子祈祷師七人よりも、子犬呼ばわりされてもなお信仰告白したスロ・フェニキヤの女一人のほうが、悪霊にとってはよほど怖いのである。

この七人に起きた事がエペソ中に知れ渡って、イエスの名はますます広まり、魔術を行っていた者達に悔い改めが生じた。
彼らは魔術の文書を皆の前で焼き捨て、その額は3〜5億円(銀貨5万枚)に相当した。
魔術は悪霊の力を用いるため、力を行使するのに暴力団組織の力を用いるようなもので、人を不幸に陥れるが、イエスという絶対権威は人を生かし、いのちを与える。
彼らはその構造が分かったから、誰かに売ったりせずに、焼き捨てたのである。

イエスを信じる信仰によって、悪霊だけでなく、病、貧しささえも追い出し、世の暗闇の権威構造を打ち壊す皆さんでありますように。
イエスの名前によって祝福します!

礼拝説教メッセージ音声:神の憐れみの説明責任(ヨナ書3,4章)
第一礼拝(日本語)礼拝全体音声:右クリックで保存
週報/メッセージ(説教)概要:右クリックで保存

魚の腹から3日目に生還したヨナに再び神から「わたしがお前に語る言葉を告げよ。」という召命があった。
ヨナはすぐに行って「あと四十日すれば、ニネベの都は滅びる。」と説教をした。(3:4)
ところがニネベの人々は、意外にも、ただその説教によって悔い改め、王から家畜に至るまで断食し、粗布をまとって悪から離れようと努力したため、神は思い直され、宣告した災いをくだすのをやめられた。
もしかしたら、ヨナが当初逆らった事によって大いなる事が起こり、そのために船に乗っていたあらゆる種族の人達が主の名ととヨナの名を轟かせ、それによってニネベは大いに恐れ悔い改めたのかもしれない。

外れる預言がある。それは、ただ「滅びる」だけを言う預言で、預言を受けた者がそれで悔い改めた場合だ。
ヨナは、ニネベが自分の預言によって悔い改めた事、主が恵みと憐れみの神であり、忍耐深く、慈しみに富み、災いをくだそうとしても思い直される方である事を、なんと、不服に思って、死んだほうがましだ、命を取って下さいとまで言った。
ヨナはニネベが滅びるのを期待して、遠くに仮小屋を作り、何が起きるか眺めていたが、神はヨナの命を取るのではなく、彼を自身の怒りから救うため、一本のとうごまの木に命じて彼の日陰になるように生えさせた。
ヨナはそれを非常に喜んだが、神は翌日、虫に命じてとうごまの木を枯れさせ、神はさらに焼けつくような東風に吹きつけるよう命じ、太陽もヨナの頭上に照りつけたので、ヨナは怒り、死ぬことを願った。
神はヨナに、おまえが労することも育てることも無く一夜にして生じ滅びたとうごまの木を惜しむなら、どうしてわたしは十二万人以上の右も左も分からぬ人と家畜のいるニネベを惜しまずにいられるだろう、と諭した。

なぜヨナが、これほどまでニネベが悔い改めて救われるのを嫌がったのかには、理由がある。
ヨナはヤロブアム2世の時代(B.C.793〜753年)に北イスラエル王国で活躍したと思われる(第二列王14:25)が、その時代のニネベとは、イスラエルに敵対する不道徳で強力な国・アッシリヤ帝国の首都であり、もしニネベのために助けるなら、母国イスラエルに滅びを招く手伝いをする事である。
ヤロブアム2世は悪い王だったにもかかわらず、ヨナに与えられた預言どおりイスラエルは領土回復した。
なぜ神は悪い王を助けたのかというと、その時のイスラエルの苦しみが非常に激しい事を憐れまれ、イスラエルが助かるための猶予を与えられた(第二列王14:23-27)からだが、イスラエルは悔い改めず、遂に30年後のB.C.723年に北イスラエル王国はアッシリヤによって滅ぼされてしまった。

もしあの時ヨナが遣わされて説教さえしていなければ、アッシリヤはそのまま神の怒りによって滅び、ひいてはイスラエルが滅びずに済んだであろうに、と思うだろうか?そんな事は無い!
神は「恵みと憐れみの神であり、忍耐深く、慈しみに富み、災いを下そうとしても思い直される方」だ。(4:2)
悔い改めない選びの民ではなく、悔い改める異邦の民のほうを神は助け、選びの民がどうしても悔い改めないのなら、悔い改めた異邦の民を用いてでも、裁きを遂行しなくてはならない義なるお方だ。
ニネベがいかに堕落し邪悪であっても、十二万人以上の右も左もわきまえぬ人間と無数の家畜を憐れまれたのなら、神は、選びの民イスラエルをどれほど愛され、悔い改める事をどれほど望んでおられただろう。
ヨナはうめいたが、愛と憐れみに満ちた神は、もっと葛藤し、さらにうめいておられたのではなかろうか。

その神は、1億2千万の右も左もわきまえぬ日本人や無数の家畜達を、どうして憐れまない事があるだろう。
我々は日本という国を愛するにしても嫌でたまらないとしても、御言葉を伝え、悔い改めを促すべきである。
あの邪悪な町ニネベが、単純な説教によって悔い改めたように、日本も意外に悔い改めるかも分からない。
もし嫌だからといって憐れみのチャンスを伝える事から逃げるなら、嵐に遭い、魚が口を開けて待っている。
国が滅びるのを期待して、遠くに仮小屋を作って眺めているなら、神はその者のとうごまを枯らし、焼けつく東風と太陽を送られ、死ぬほどの怒りに、のたうち回る事になる。
ヘブライ語の名「ヨナ」には鳩という意味があり、鳩といえばノアに裁きの終了と平和を伝えた鳥である。
主の平和を告げ知らせる使者として用いられる皆さんでありますように。イエスの名によって祝福します!
 

礼拝説教メッセージ音声:誰に浸し込まれるか(使徒19:1-10):右クリックで保存
韓国語通訳有

エペソでは、アポロが既にイエスの事を詳しく語り、イエスが救い主である事を明示してユダヤ人を論破していたが、ヨハネのバプテスマしか知らなかった。
パウロがエペソに下って来た時「信仰に入った時、聖霊を受けたのですか」とわざわざ聞いたのは、エペソの兄弟姉妹たちから聖霊の香りを感じなかったからである。

イエスが救い主である事を頭で知っていても聖霊を知らない者はいるし、聖霊は昔働いていても今は働きは終わっていると言う者達さえいる。
ヨハネのバプテスマとイエスの名によるバプテスマとはどう違い、また、聖霊のあるなしではどれほど違うのだろうか。
結構当たり前すぎて、逆にないがしろにされている所である。

バプテスマは元来「浸し込む」という意味で、ヨハネは水の中へ浸し込むが、イエスは聖霊と火の中へと浸し込ませて下さる。(マタイ3:11)

水のバプテスマは、罪を赦していただくため、人は必ず死ぬという「死」に浸しこまれる。
そこで終わっているクリスチャンは多く、罪赦されているので死んだ後は天国に行けるとしても、ただ教会に行ったり来たり往復するだけで力が無い。
悔い改めと死のみでは、さほど魅力は無いため、エペソの兄弟姉妹もわずか12名から増える事も無く、細々と信仰生活を守るしか無かった。

主イエスキリストの名によって、聖霊へ「浸し込み」がされると、力を受け、全世界にイエスキリストの復活の証人となる。(使徒1:8)
実際弟子達も、聖霊を受ける前と後では別人かと思われる程造り変えられた。
助け主、弁護者なる聖霊が与えられる時、主が御父の内におり、私達が主の内におり、主も私達の内にいる事が私達に分かり(ヨハネ14:15-20)、もはや一人ぼっちではなく、世の何者も奪う事の出来ない平安に満たされるのである。
イエスの名によるバプテスマは、悔い改めと死の向こう側、すなわち新しいいのちへと復活するバプテスマである。

「私は何々教団に属しています」「私は誰々牧師の元で養われています」といった「人の名」に浸しこまれているだけなら、力は無く、それはたとえ人類で最も偉大と言われたバプテスマのヨハネの名に浸し込まれていても、そうである。
しかしイエスキリストの名に浸し込まれているなら、爆発的な力を受ける。
エペソの兄弟姉妹は、それまでわずか12名で細々と信仰生活を守っていたが、聖霊を受けた後、エペソの生徒達は大いに活躍し、エペソだけでなくアシア州全体に主の言葉が伝えられて行った。
いつも主イエス様の名前に浸しこまれ、聖霊に満たされ、主の御名を大胆に伝えていく皆さんでありますように。
主イエス・キリストの名前によって祝福します!

今日は私の祖父の昇天2周年記念礼拝を司式しに茨城へ行きました。

叔父や叔母、いとこ家族、天声教会からも2名参加し、今までで一番にぎやかで、94歳になる祖母も嬉しそうでした。

祖母は戦争前から信仰を守り、今日まで欠かさず子・孫達のために一人ひとり名前を挙げて祈ってきました。

手前味噌ですが、とてもかわいくて元気で、皆おばあちゃんみたいに素敵な歳の重ね方をしたいと言っていました。

元気でかわいくて素敵な女の子ならいくらでもいますが、元気でかわいくて素敵な94歳のおばあちゃんは、高価な真珠のように珍しく尊いです。

礼拝説教メッセージ音声:アクラとプリスキラ(使徒18:18-28):右クリックで保存
韓国語通訳有 한국어예배

使徒18章の18節から23節までの間、パウロは最低でも2000キロの道のりを海陸移動しているが、著者ルカはわずか5節で表現し、駆け足で書いている。
パウロは、それまで主が異邦人の間で為してくださったいのちの広まりを、エルサレムとアンテオケに戻って報告し、しばらくそこに滞在した後、さほど落ち着く間もなく再び旅立ち、かつて行った事のある地方の兄弟姉妹達を訪ねて力づけた。
パウロは多くの人達を救いへと導き、教会を立てていたため、彼らに対する心遣いと主からの熱心に捕らえられ、自分だけが落ち着くなど出来なかったのである。
我々一般人から見れば、スーパーマンのように見えるかもしれない。

さて、パウロはエフェソにアクラとプリスキラを残して来たが、この町に巡回伝道者アポロがやって来た。
彼は雄弁家で聖書に強く、イエスのことを詳しく語るのだが、ヨハネのバプテスマしか知らなかった。
そこでアクラとプリスキラは彼を招き入れて、もっと正確に神の道を説明した。

目立たない天幕作りの夫婦が、雄弁で聖書に詳しいプロの伝道者を招いて、より正確に神の道を解き明かすのである。

この夫婦は、アポロほど自分の時間を捧げていなかっただろうし、彼ほど雄弁でもなく聖書に通じていたわけでもなかったかもしれない。
それでも神の道についてアポロに説明すべき事があるなら躊躇事無くそうしたし、アポロも謙虚に受ける事によって、より強力な伝道の武器を手に入れる事が出来たのである。
そればかりでなく、アポロが行きたがっていたアカイア州の聖徒達に手紙を書くことによって次の伝道地点までの手助けを為し、アポロもそこの聖徒達を大いに助け、そこの聖徒達もアポロから多くの影響を受けた。

神の働きは、パウロやアポロなどのフルタイム伝道者だけのものではない。
彼らのような表立った献身者の功績は確かに大きいが、表に立つ事のない多くの「アクラとプリスキラ」が背後にいるからこそ、彼等は活動出来るのである。

現代のアクラ・プリスキラとして、世の仕事を忠実に為し、同時に神の国の働きも立派に果たす皆さんでありますように。
イエスの名前によって祝福します!

ブティックでは、必要なお金が次々と満たされています。

○月○日までにこれこれの金額が必要なのだけれど、どうしても足りない。

でも、その日までに自分達の力を超えた所から備えられた、という経験を何度もしていて、不足に陥った事は一度もありません。

貧しい女性が自分でアクセサリーを買えなくても、愛する男性に買い与えられ、彼の望むまま、ただ飾られるように、自分を養う資力が無くても、愛する主からただ与えられるまま与えられ、ただ養われる事は、何と嬉しい事でしょうか。

私も愛する主にゆだねて、彼の望むままに愛のプレゼントを備えられ、ただ飾られる事を待つのみです。
 

迷い出た羊

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礼拝メッセージ説教音声配信 » パスター日記
執筆 : 
pastor 2011-6-2 22:10

長老夫婦の元に身を寄せていた兄弟が、一昨日の朝に出たまま戻って来ず、連絡をとる手段も無いので、とても心配しています。

先週の祈祷会で放蕩息子のメッセージを彼も真剣に聞いていたばかりでした。
音声(パソコンのみ): http://voice.of.christ.yokohama/media/2011/kitoukai/110527k_houtoumusuko.mp3

まことの羊飼いなる主が探し出し、肩に担いで、連れ戻らせて下さいますようにと皆で祈っています。
 

祈祷会メッセージ音声:放蕩息子(ルカ15:11-24):右クリックで保存

礼拝説教メッセージ音声:兄弟姉妹同士の争いは(使徒18:12-17):右クリックで保存
韓国語通訳有 한국어예배

コリントのユダヤ人達は一致してパウロに反対し、法廷に引き立て、彼が律法に反していると異邦人の総督ガリオに訴えたが、ガリオは取り合わなかった。
彼らは異邦人に訴えたりせず、御言葉に即してパウロを論破すれば良かったものを、パウロ達は真理に沿っていたため、結局反論できなかったから、こうして異邦人に訴えて排除しようとするしかなかったのである。
真理を不都合とする者達は、パウロもステファノも、そしてイエス様も、偽りを口実に不真実な者に訴え、ある時は追い出し、ある時は石打ち、ある時は十字架にさえつけるのである。

さて、私達聖なる者が兄弟姉妹を訴える事について、御言葉はどう語っているか。
1コリント6章でパウロは、兄弟姉妹の間で何か訴えごとが起きた時に、聖なる者達の間ではなく不義な者達の前でさばこうとするコリント人を叱責している。
もし兄弟姉妹達が間違っているなら、御言葉の知恵によって戒めるべきであり、御言葉を知らない異邦人に裁きを委ねるべきではない。

主が「右の頬を叩かれたら左の頬を差し出しなさい」と言われたのは「悪人」に対してであって(マタイ5:39)、兄弟姉妹に対しては、身勝手に兄弟姉妹を叩くような悪人たらぬよう御言葉をもって責め、戒め、勧めるべきである。(2テモテ4:2)
もし兄弟姉妹の不義をほったらかして甘んじるなら、その者を神と人との間で「不義な者」「兄弟姉妹ではない」と定め、その者の裁きを神に委ねる行為である。
だからもし大切な「兄弟姉妹」であるのなら、御言葉に従って不義を指摘し戒めるべきである。
もし「兄弟姉妹ではない」なら、甘んじて不義を受け入れ、その裁きを神に委ねれば良い。

そういうわけで、兄弟姉妹を御言葉に従って戒めないまま、異邦人の判断で裁いてもらうというののは、もっての他なのである。

今日、キリスト者は外部からどのように見られているだろうか。いらぬ紛争をしてキリストの名を貶めてはいないだろうか。
全ての事を御言葉に照らして兄弟姉妹を導くみなさんでありますように。
イエス様の名前によって祝福します!

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